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船上のクルゼンシュテルンは面白くも無さそうにこの海戦を眺めていた。敵との距離がありすぎて、陸戦の経験しかないクルゼンシュテルンには今一つ、戦闘中である実感が沸かない。そもそも血飛沫も築かれる死体の山も無い戦いなど、ただの訓練にしか思えなかった。
一方のハインガジェルは真剣に敵船に目を向けていた。しかし、じきに薄い笑いを浮かべると呟いた。
「射程も長い。整備も優秀。これがイングリアの強さだな。だが、奇襲の利はまだこちらにある……か。砲手長!」
すぐに、船員の一人が近付いてくる。
「向こうは左舷後方が、がら空きだ。回り込んで狙え」
「はっ」
すぐに指示が飛ばされ、船首が向けられる。互いの距離が徐々に詰められ、確実に射程内に相手を捕らえて行く。こちが追い風なのもついている。<我が女神号>からの反撃の準備はまだ十分とは言えない。こちら側の攻撃の変化に有効な手立てが打てず、一方的な攻撃にさらされる事となっていた。
「ハイン。ちょっと来てくれ」
突然船長が血相を変えて飛んで来た。
「なんだ?今、いい所だぞ」
自分の指示が上手く効いている事に満足して、気楽に応えたハインガジェルはしかし、船長の顔色に真顔に戻った。船長は身振りで着いて来るように促すと先に立って船尾に向かった。この様子を見ていたクルゼンシュテルンも黙って後からついて来た。
そこには今、水から引き上げたばかりと思われる男がうずくまっていた。




