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甲板の上には船員達が整列していた。サグレス達も慌てて後ろに着く。そこへ4・5人の人間がタラップを上がってきた。甲板上の船員達に緊張が走る。セドフ船長以下、上級士官達が戻ってきたのだった。セドフ船長が通過する度に幾人かの船員が報告を行っていく。エスメラルダも半歩前へ出た。
「本日、リンガ士官学校より士官候補生6名お預かりしております」
「うむ。手間をかけるがよろしく頼む」
セドフ船長は少し立ち止まり、新顔の士官候補生達を一瞥するとエスメラルダにうなずいた。そしてそのまま船内へ降りて行った。
船長の姿が消えると甲板の上の動きは途端に慌しくなった。既にぼんやりしているのは士官候補生達だけになっていた。互いに目を見交わせながら、次に取る行動を考えている。けれども怒声・罵声の飛ぶ中、所詮彼らに出来る事はエスメラルダを探す事ぐらいだった。
と、向こうからエスメラルダが近づいてこようとしているのが目にとまった。しかし、彼も他の船員から用を言いつけられるらしく、なかなかこちらへ来る事が出来ない。仕方なくエスメラルダは大声で叫んだ。
「イーグル!後を頼む!」
振りかえるとちょうどデワルチの後ろでロープを手繰っていた背の高い細身の青年が振りかえった。彼は異国人のように見なれない灰色の髪と目をしていた。エスメラルダは青年が頷くのを見ると安心したように下りて行った。
「ようこそ<我が女神号へ>俺はイーグル。同じく士官候補生だ。よろしく頼む」
イーグルは簡単に自己紹介すると、サグレス達を2組に分けそれぞれにロープを持たせた。
「これから出港準備に入る。俺が合図をしたら、それぞれロープを引くんだ」
「はい」
既に、タラップは外され、後方のブリッジでは士官達のミーティングも終わったらしくそれぞれの配置についている。セドフ船長はいつものように命令を下した。
「本船はザルベッキアへ向けて出港する」
伝声管へも命令が繰り返され、すぐさまデッキへも伝えられた。錨が巻き上げられ、岸に繋いであったロープが外される。船はゆっくりと岸を離れて行った。
「それ、ロープを引けー!」
マストの一つに登っていたイーグルが声をかけた。一斉にロープが引かれる。しかし、ロープは意外に重く3人でどうにかなるようなしろものとは思えなかった。
「これは、めちゃくちゃ重い!」
グァヤスが悲鳴を上げる。既に他の者も汗みどろである。
「口開けてると、怪我するぞ!」
するすると器用にマストを降りて来たイーグルは、ロープの後ろについて引き始めた。
「大丈夫ですか?」
いつのまにか現れたエスメラルダも、もう一本のロープに取りついている。徐々にロープは動き出し、それに従ってマストに畳まれていた真っ白な帆が広がって行った。しかし、折からの風を受けてますますロープは重くなっていく。
「こっちはまだか?」
シークラウドも様子を見に来たようだ。みれば他のマストは既にすべての帆を広げている。最後の力を振り絞って、ロープを引く。そして、遂にすべての帆は広げられた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
すべてのロープが固定されると、サグレス達はその場に崩れ落ちた。皆、肩で大きく息をしている。
「これから毎日だぜ。まぁ、がんばれや」
シークラウドはにやにや笑いながら、船内に下りていった。雨上がりの空は青く澄み渡り、気持ちの良い風が吹いていた。帆は風を孕み<我が女神号>は海上を滑るように走り始めている。
「あれ……?」
何気なく、ベリアの港を振り返ったシナーラは桟橋の先に赤い炎を見つけた。