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甲板の上では船員達が慌しく作業をこなしていた。船は水平線上に見える一隻の船に向けてしきりに砲撃を繰り返している。その船尾にはイングリアの旗が翻っていた。しかし実際にはその相手方の船の周囲に派手な水柱を上げるのみで、はかばかしい効果は得られていないようだった。その甲板上で作業に加わらずにその様子を見守っている二人の青年がいた。
「威嚇、とすればまあまあかな」
細身の青年がやや明るめに呟いた。その浅黒い肌には引き締まった筋肉がつき、ひ弱な印象は与えない。しかし、隣にいる青年が面白くなさそうに鼻を鳴らしたのを聞いて慌てて付け加える。
「まぁ海上では火薬も湿りやすいですからね。4割まともに撃てれば上々でしょう」
「ずいぶん暢気なものだな」
青年は攻撃の的となっている船から目を離さずに呟いた。こちらは大陸風の衣服に身を包んでいるため、他の船員達とは明らかに様子が違って見える。内地産まれの生真面目な性格が表れているかのような顔かたちである。辺りは一面火薬の臭いが充満している。
「まあ、そう言わずに。海上では船体に火がつくか穴が開けば勝負はつくものなんです。なにせ船は木で出来ていますからね。この間を思い出してください」
「ふん」
相変わらず面白くなさそうに腰に帯びた大陸風の大剣に手を添えてクルゼンシュテルンは海上の船に目を注いでいる。隣に立つ青年を選んだのは彼だった。それは海の無いエスネン生まれのクルゼンシュテルンにとって彼の主の命を遂行するために必要な事だった。実際この異国の港町で育った青年は実によく役立ってくれた。
クルゼンシュテルンが物思いに耽っている間に、相手方も応戦を始めたようだった。目先に水柱が上がり、クルゼンシュテルンと隣の青年-ノーリン・ハインガジェル-にも細かな水飛沫が降り注いだ。
「大丈夫なのか?」
当惑気味にクルゼンシュテルンが問いかけた。
「……やや向こうの方が射程が長いか?」
ハインガジェルは緊張を隠せなかった。やはり、イングリアの軍船ともなれば一筋縄ではいかないものか。しかし、ここで引き下がる訳にも行くまい。ハインガジェルの表情が引き締まる。




