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「なんとかは高い所が好きだからねぇ」

 と、よく引き合いに出されるイングリアの英雄エンリアの言葉に表されるように、シスヴァリアス邸はベリア湾を一望出来る小高い丘に建てられている。その優雅な佇まいに似合わず、実際には見晴らしの良い高台に建てられ、幾砲もの長距離砲を備えた邸はベリアの港町を通り越した遥か海上の敵船を打ち砕く戦力を備え、万が一にも背面の山を越えて王都に侵入しようとする者を盾となって撃破する城砦とも成り得る力を備えたものとなっている。ここに常に女神の傍らに立ち、その片腕となって戦い抜いた伝説の英雄ダイウェン(後のシスヴァリアス卿)のこだわりが感じられる。この邸が建てられて後も、幾度と無く他国の侵攻に遭ってきたイングリアだが、その度に城砦と化したシスヴァリアス邸に阻まれ、海側からは最強と評される海軍によって、王都は難攻不落の城として世界にその名を知られるようになったのである。

 その邸内は落ち着いたトーンでまとめられ、イングリア一の武人の心を和ませたといわれている。今、その血筋にあたるシスヴァリアス提督の執務室の前に小さな人影がひとつあった。まだまだ子供とくくられる年頃の少年は先程から執務室の扉の前で行きつ戻りつ、時々ため息をつきながら扉の向こうを覗っている。その気弱そうな幼い顔には、不安が色濃く映し出されている。

 やがて、執務室の中から人の気配がすると、扉が大きく開かれて旅装を整えた3人の人物が出てきた。

「ソルランデット」

「はい。父上」

 扉の前に立っていたソルランデットと呼ばれた少年はとっさに隠れようとしたが、諦めて父親の前に立った。

「こんな所でどうした。王女殿下にはお会いしたのか」

「その事ですが……エディラ様がぼくを必要ないって、とても怒っておられて……」

「まだそなたは今がどれだけ大事な時か判っていないのか。王女殿下のお立場も少しは考えてみなさい」

 シスヴァリアス提督は静かではあるが、諭すようにソルランデットに言葉をかける。

「でも……」

「シスヴァリアスを名乗る者なら、たとえ何が起ころうと王家の方々の身をお護りする事を第一に考えなさい。私はしばらく留守にする。殿下の身を守る事の出来るのはそなただけだと肝に命じて勤めなさい」

「はい……」

 シスヴァリアス提督はせめて年相応の振る舞いを期待しているのだが、この少年は生来の気弱さが何かにつけて、その行動を遅らせる傾向がある事を常々歯痒く思っていた。しかしその事はおくびにも出さずにこう言った。

「では、後を頼んだぞ」

 そしてシスヴァリアス提督はソルランデットの頭を撫でると、2人の部下を伴ってやがて館を出立して行った。


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