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(今までは子供扱いされて来たけれど、今日こそははっきりと私の意見を聞きいれてもらわなければ……)
今日は乳母の早過ぎるという一言で今まで袖を通す事が無かった、特にお気に入りの白いドレスを着ていた。これは子供部屋と共に母から譲り受けた数々のドレスの中から、飛びっきりだと思えるものだ。年老いた乳母が丁度留守だと知って用意させたのだった。そして髪を思いっきり高く結い上げてある。お陰で背中が大きく開くことになるが、普段着させられている子供っぽい物より遥かに自分を綺麗に見せてくれる。これなら立派な貴婦人に見えるはずだ。親子とはいえ無下には出来ないだろう。
そんな目論見を知ってから知らずか、ファナギーアはのんびりと口を開いた。
「さて、突然の王女殿下のご来訪とは喜ばしい限りじゃ。なんぞお困りの事でもあろうか?」
広い謁見室の中には涼しい風が入り込み、エトワールの竪琴の弦を僅かに動かした。エディラはこの女王ファナギーアの言葉に顔を引き上げ、真直ぐにその顔を見返した。
(はて、今日は本当にどうしたのやら)
ファナギーアは遠慮無く我が娘を眺めた。背伸びをするように大人の装いをした娘が可笑しくもあり、いとおしくもあった。しかし一方でこれだけの器量ならば、どこへ出しても大丈夫だと冷静に計算する統治者の顔も持っていた。
(もっとも、私の娘なら親の決めた所になぞ行きはしまいな)
しかし、口に出してはこう言った。
「エトワール殿、王女殿下の気持ちをほぐすような曲をなんぞたもれ」
エトワールはすぐに一礼して明るい双子神の曲を奏で始めた。エディラはしばらくエトワールをにらんでいたが、立ち去る気配が無いのを見てあきらめて女王の方を向いた。
「私は私の護衛を選ぶ権利があったと理解しておりますが」
「もちろん。今までも、これからもそのとおりじゃ」
「それでは、今朝ほど私の護衛と称して来た者は何かの間違いだということですね」
(なるほど、その事か)
ファナギーアはにこやかな笑顔のまま頷いた。
「ああ、もしやソルランデットの事かえ?」
「やっぱり、お母様の差し金だったのね。なんであんな子なんか……」
口調が砕けて、早くも大人のふりごっこの終わってしまった事を残念に思いながら、ファナギーアは口をはさんだ。
「とすると、姫はこのファナギーアの薦めるソルランデット殿がお気に召さぬと言う事かえ」
「もちろんです。私の護衛はゲオルグと決まっていたはずです」
「しかし、城に顔も出さない者に大事な姫を任せるわけにはいかない」
「それは……」
「それにシスヴァリアス提督も着任したばかりで、一人でも多くの賛同者を得たい所だと思うが、それには息子が姫の護衛を任されるのが最も良いかと思ったのにの。そんなに嫌なら誰が良いのじゃ」
そこまで言われてエディラは気がついた。アーディ宰相とシスヴァリアス提督の仲が現在非常に悪い事を。そしてここでソルランデットを降ろせば、その後にはきっとアーディ派の者がその後に来るだろう事を。エディラはシスヴァリアスの事が好きだった。早くに父を亡くしたエディラが密かに父と慕う人物だったのだ。そのシスヴァリアスの不利になるような事は絶対にしたくなかった。
「いえ。お母様のお奨めどおりにいたします」
今や、エディラには自室を出てきた時の勢いはすっかり無くなっていた。そして一礼をすると、そのままうなだれるように退出して行った。
「大分交渉事というのが解ってきたのかの。詰はまだまだ甘いが……」
「御歳12にしてあのご利発さ。殿下のお導きの賜物かと」
エトワールはさり気なく口を挟んだ。振り返ってファナギーアは口元をほころばすと、こう告げた。
「さて、口直しになんぞ楽しい曲を」
エトワールは竪琴を抱えなおした。




