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 その日、予定していた謁見者の急な欠席により女王ファナギーアは思いもかけない一時の休息を得る事が出来た。早速お気に入りの楽士である、エトワールを呼び寄せる。青年はじきに女王の前に細身だが決して弱々しくは感じられないその姿を現した。そして異国風の優雅なお辞儀をしてから、エトワールは女王の足元に座を占めた。むろん腕には竪琴を抱えている。ファナギーアは思わず顔がほころぶのを押さえきれなかった。今日も暑い一日だったが、窓外の噴水からは涼しい風が流れこんでくる。

「今日はどのようなバラッドをお聞かせいたしましょうか?」

 エトワールは年に似合わず、驚くほど多くの詩や神話を知っていた。それに、諸外国の事も。それは、この島国から出た事の無いファナギーアにとっては夢のような物語であり、同時に大事な情報源でもあった。迷っているファナギーアを察して、エトワールは有名な神話の題材を挙げた。

「月の女神が少女に化けた物語はいかがでしょう」

 しかし、ファナギーアは少し考えてから首を振った。

「今日のようなよい日にそのような悲しい物語は気が進まぬの……さて、以前に聞いた《深緑の妖魔》が確か途中だったか……廃城の奥深い塔に囚われた姫はどうなったのであったか」

「御意に」

 エトワールは2、3度竪琴をかき鳴らして調音すると、静かに最初の和音を奏で始めた。気を利かせて、前に終わった所より少し戻って始めるのを忘れない。

 エトワールの喉からは高く低く物語が紡ぎ出されていく。じきにファナギーアは囚われの少女の歌声に惹き込まれていった。


「王女殿下がおいでになっておられますが」

 曲の合間に侍女が告げた。物語に深く心を奪われていたファナギーアは、最初何の事か分からなかった。囚われの姫君が現れたのであろうか?

 しかし、すぐに女王の顔に戻るとエディラ王女を呼び入れるように合図した。扉が開かれると、緊張に頬を引き締めた娘の顔が現れた。

「女王陛下のご機嫌を、伺いに参りました」

 大人びたドレスに身を包んだエディラ王女は正式な臣下の礼をとると、作法どおり女王から声を掛けられるのを頭を下げて待った。

(いつもなら、膝にまつわりついてくるはずなのに、珍しい事もあるものよ。また、何か新しい遊びでも始めたのであろうか)

 ファナギーアはいつもと様子の違う娘を見て、可笑しい反面内心嬉しくもあった。


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