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船の揺れは次第に大きくなってきていた。しかし、狭い通路を歩くイーグルの足取りは何事も無いようにしっかりしている。やがて、イーグルは船長室の前で気後れするように足を止めた。暫しイーグルは居心地が悪そうに身繕いをしたが、ついに意を決して扉に手を伸ばそうとした時、中から大きな喚き声が聞こえてきた。誰かが大声で騒いでいるようだった。
その様子にイーグルは扉を開けるのを躊躇していたが、突然内側から勢いよく扉が開かれた。慌ててイーグルは飛び退ったが、狭い通路ではさすがに避け切れずに肩をしたたかに打ちつけてしまった。思わず肩を抱えてうずくまりかける。
「何、盗み聞きしてンのよ!」
頭上から罵声を浴びせられ振り仰ぐと、扉の向こうにいたのはヴァーサだった。さっきまで怒鳴り散らしていたのはヴァーサだったらしく、顔が紅潮している。
「ちょっとぐらい上手くいったからって、いい気になってるんじゃないよ!」
言葉と同時に力いっぱい扉を閉めると、そのままヴァーサは後ろも見ずに去って行った。
ヴァーサが見えなくなると、イーグルは小さくため息をつくと再び身繕いをした。大方沈没船を士官候補生が見つけたのが面白くなくて、船長に何か吹き込みにでも来ていたのだろう。そしてあの様子だと船長に取り合われなかったのだろう。つくづくセドフ船長の下で良かったと思う。あのヴァーサの下ではいくら命が有っても足りない事だろう。
今度こそイーグルは扉をノックした。
「入れ」
落ち着いた船長の応えを待ってイーグルは船長室に入っていった。船長は丁度窓から外を見ている所だった。窓には雨が降り付けていた。
「今夜は荒れるかな」
独り言のようにセドフが呟いた。どちらもヴァーサの事はおくびにも出さなかった。
「はい。海上は風が速いです」
イーグルは手に持っていた鐘をセドフに手渡しながら答えた。セドフは受け取った鐘を繁々と眺めた。そこには鷹の紋章とイングリアの文字が刻まれている。セドフは促すようにイーグルを見た。
「沈没していた船の物です。その船には明らかに砲撃された後がありました」
「ふむ……<青鷹>は駄目だったか」
その時、不意に大きな揺れが2人を襲った。咄嗟にイーグルはセドフを庇ったが、庇い切れずに2人とも床に倒れこんでしまった。
「怪我は無いか?私はブリッジへ行く。子供達を頼む」
「はい」
2人は起き上がるとそれぞれの目指す場所に急いだ。




