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雨が降り始めていた。波も次第に高くなり始め今夜は荒れる航海になりそうだった。しかし、船倉部にある食堂はその狭さに負けずにくつろいだ雰囲気に溢れていた。サグレスが扉をくぐると、気づいたらしく中からすぐに声が掛かった。
「お手柄だったじゃないか」
「お疲れ。メシだってさ」
中には、シナーラ、デワルチ、グァヤスが席について食事の真っ最中だった。他に食事を採っている者はいない。
「後の2人は?」
サグレスは皿と匙を配膳台から取りながら聞いた。
「グロリアとラディックはワッチだって。あ、サグレスは俺と組みで一番最後だよ。3交代だってさ」
テーブルの皿を脇に寄せて、サグレスの座る場所を作りながらシナーラが声をかけた。
「これでやっと、船の仕事につけるなー」
嬉しそうにグァヤスが匙を振り回した。
「何言ってんだ。昨日までげろげろやってたヤツがさ」
「なんだと!デワルチだって人の事笑えないだろ!!」
グァヤスが思わず椅子を蹴って立ち上がる。この航海が始まってまだ日も浅いと言うのにどうもこの2人は寄ると触るといがみ合いになる。狭い船内でのストレス発散という感じでそれなりにガス抜きにもなっているらしいのだが、今回はグァヤスがテーブル越しに頭ひとつ大きいデワルチの胸倉を掴んだ辺りで、どうにも収まりがつかなくなって来た。
「やめなよ。2人とも」
慌てて、シナーラが止めに入るが、お互いに睨み合うばかりでどちらも引く気配が全く無い。サグレスも皿を抱えて避難する。しばらく睨み合った2人だったが、それぞれに身構えた瞬間……
ビィィィィィィィィン……
突然、目の前のテーブルに包丁が突き刺さった。柄が細かく振るえている。4人の顔から血の気が引いた。
「遊んでねーでとっとと食え!」
奥の厨房からシークラウドが現れた。前髪に隠れてその表情はよく分からなかったが、その奥の瞳がキラリと光った気がする。誰とも無く椅子に座り、慌てて食事を平らげ始めた。
凍りついたその場を和らげ様とサグレスはシークラウドに話しかけた。
「あ、あの……人魚って見……」
しかし、最後まで言う前に残りの言葉はサグレスの口の中に消えた。シークラウドが黙ってテーブルの上の包丁を引き抜きサグレスの目の前につきつけたのだった。
「海に引きずり込まれたくなかったら、二度とそんな言葉は口にすんじゃねーぞ」
「……はい」
「良い子だ」
シークラウドはニヤリと笑って、踵を返して厨房に戻って行った。
「まずいよ。サグレス。船乗りは迷信深いから人魚なんて口にすると海に叩きこまれるぜ」
小声でデワルチがささやいた。
「なんでさ?」
つり込まれてサグレスも小声になる。
「人魚に見込まれると海に引きずり込まれるっていわれているんだよ。人でも船でも」
サグレスはさっき見た海中の光景を思い出して、背筋が寒くなった。皆、後は黙々と匙を口に運んでいる。
突然、船が大きく横に揺れ始めた。船に慣れ始めていたサグレス達にも経験したことの無い揺れ方だった。




