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ファナギーアは少女の頃から、船遊びが大好きだった。青い空と、それよりも更に青い海の上を真っ白な帆を一杯に膨らませて走る優美な船で過ごすのは、年頃の少女にとって全てが窮屈に思える王宮での生活を忘れる一時だった。けれどもその気晴らしは彼女が玉座につくのと引き換えに失われてしまった。彼女の身の安全を理由に元老院が固く禁止したからである。この決定を泣く泣く飲んだファナギーアにしかし元老院は一つの贈り物をした。
それがこのシェリアース庭園だった。この庭園はよく訓練された4人の小姓の手によって22の水門を開閉することによって自在に水流を作りだしてゆくものだった。水路のそこここにはイングリア島各地から集められたものだけではなく、大陸からもたらされた珍しい草木も植えられている。この人工の水の庭園を事のほか喜んだ女王は以後多くの時間をここで過ごすこととなった。
今、女王ファナギーアは忙しい毎日の中、煌くしずくのような楽しい時をお気に入りの廷臣と過ごしているはずであった。しかし、今もたらされた話はその僅かな一時を翳らせるに十分な効果を持っていた。
「……それで?」
しかし、何気ない風にファナギーアは聞き返した。シスヴァリアスは答えを予期していたらしく即答した。
「只今、情報を収集中です。元々、処女航海ということで近海にいるはず……近く何らかの情報が入るか、と。その代わりといっては何ですが、<金獅子>を急がせております」
「そなたが旗艦にと、心血を注いでおったのに、の」
女王の言葉の抑揚からは、何の感情も感じ取れなかった。
「話はそれだけかの?」
女王の問いかけに自然、シスヴァリアスの表情は固く引き締まった。
「いえ。実は<金獅子>の事なのですが、船長にある人物を迎えたいと考えております……」
しかし、女王は最後まで聞かずに手を振った。
「よい。そなたに任せる。そなたも手足となって働く者が欲しいであろう。期待しておるよ」
女王はにっこりと微笑むと、手を叩いた。小姓たちが素早く行動し、小船は直ちに船着場の一つに停止した。
「今日のような日には楽の音でも聞きたいの」
これで今日の謁見は終わりを告げた。女王の言葉によって、楽器を持った青年が直ちに船に乗りこんで来る。なかなかに整った顔立ちの青年であった。確か、声も良かったと記憶している。シスヴァリアスは立上がりながら青年を見つめた。青年は提督に会釈をすると、女王の足元に胡座を掻いた。そのまま大陸風の礼の姿勢を取る。
「私は、これで」
シスヴァリアスは女王に臣下の礼を取って、船着場に立った。特に女王も引き止めることも無く、やがて小船は新しい流れに乗って去っていった。初夏の花が咲き乱れる庭園にはむせ返るばかりの花と水の香りが満ちていた。




