11
イングリア王宮の庭園の一つシェリアース。庭園と言われながらも、そこには迷路のような水路が縦横に張り巡らせてあり、今、その中を一艘の小船がゆっくりと流れていた。
薄絹を何層にも張って強い日差しを遮った瀟洒な小船には、2人の人物が涼をとって水遊びの真っ最中だった。一人は赤い髪が燃え上がるかのような女性。そしてもう一人は壮年の男性。そう、イングリア女王ファナギーアその人と、シスヴァリアス海軍提督だった。
「そなたが舟遊びとは珍しいの……」
からかう様にファナギーアは手にした扇を動かした。それに対してシスヴァリアス提督は軽く頭を下げただけだった。
「皆、元気か?」
ごく、さり気なく扇を開きながら、ファナギーアは聞いた。庭園の木々が滑るように流れ去って行く。
「……お蔭様で……」
やや、困惑の色を浮かべたシスヴァリアスを見てファナギーアは明るく笑い出した。
「それは結構」
ファナギーアの目は面白くて仕方が無いといった風だった。ひとしきり女王の笑い声が辺りに響き渡ったが、海軍提督が一緒に笑う気が無いのを見ると唐突に真顔で顔を近づけて来た。ひそめる声には誰にも聞かれないようにといった配慮でもあったのか。
女王といってもまだ十分に若く美しいファナギーアを間近に見て顔色ひとつ変えずにいられるところは流石といったところである。
「それで?何か話があるのであろう?」
珠のようなファナギーアの声音に少し躊躇してしまう。未だにシスヴァリアスは彼の女王のこういうところに慣れなかった。ファナギーアにしてみれば、臣下に親愛の情を示しているだけだとしても、である。
「山のような仕事を抱えた新任の海軍提督が、このような所で水遊びなどと……誰も信じはしまいよ。特に我々の親愛なる宰相殿はね」
口元には相変わらずの微笑を浮かべて開いた扇を優雅に扇ぎながらファナギーアは促した。しかし、当のシスヴァリアスはまるで宰相が傍で聞いているとでもいうように更に声を低めた。
「<青鷹>が行方不明になりました」
扇がはたと止まった。




