第95話
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「ここが本当に円盤の中だっていうの?外の世界と全く変わりないわね。
違いと言えば、お天道様がない事を除けば・・・、強いて挙げれば畑や田んぼがないことぐらいかしらね。
公園みたいな場所はあるみたいだけど、ずっと歩いていても耕作地が一つもなくて、家かビルか倉庫のような建物しかないわね。
釧路みたいな田舎は当たり前だけど、仙台市っていうすっごい都会の町でも、ビルは確かに多いけど、その脇には野菜や果物を作っている畑や果樹園なんかがあるのよ。
人間、食べる物食べなきゃ、死んじゃうんだからね。
あんたたちは、一体何を食べているの?
野菜とかお米とか、ニワトリとか、牛や豚なんか、食べたりはしないわけ?」
センティアの後をついて行くミリンダが、周囲を見回しながら、ふと思ったことを口にする。
「うん?畑とか田んぼって・・・、野菜や果物なんて、工場で作るんじゃないの?
肉っていうのが僕が知っている食べ物と同じものだとしたら、それも工場で作られているよ。
野菜は水耕栽培っていう、肥料が混じった水が流れている所に根を張った野菜が光を浴びて育っていくんだ。
肉などは、クローン技術って言って、大きな槽の中でだんだんと細胞が大きく成長していくものだよ。
赤身100%がいいとか、脂肪を少し付けたほうがいいとか、やっぱり肉は霜降りに限るだとか注文を聞いて、仕上げて行くんだ。
僕も、夜は野菜工場に務めているから、品質にはうるさい方だよ。
と言っても、装置に設定を入力するだけで、後は装置に異常がないか点検を行って、状態を監視するだけなんだけれどね。」
センティアは不思議そうな顔をする。
「ええっ・・・、肉って・・・、牛とか豚とかニワトリとかを飼って大きく育てて、肉にするんじゃないの?
そりゃ、殺す時はかわいそうとは思うけど・・・、あたしたちが大きくなるための栄養になってくれるんだから、命に感謝していただくのよ。
野菜だってお米だって、苦労して畑や田んぼを耕して、害虫がつかないかとか、強風で飛ばされないかとか、日は当たっているかとか、雨が少なければ水は足りているだろうかとか、常に天候にも気を使って育てて行くのよ。」
ミリンダはセンティアが言っていることは、一つも理解できないでいた。
「ああ・・・、野菜を土に植えて育てるっていう方法だろ?
効率は落ちるが味は格段に良くなるということで、元老院メンバーの食事用に耕作を行うって事になっていた。
地球へ戻って来たからには、土に種を植えるって最初は言っていたんだけど、少し前に戦闘状態へ移行するから、工場での食物生産に戻すって指示されたんだ。
工場っていうのは、目の前にあるひときわ大きく高い建物さ。」
そう言ってセンティアは、目の前の巨大なビルを指した。
数十階建てはあるだろう、巨大な建物だ。
このような建物の中で、野菜や米などばかりか、肉なども生産されているという事だろうか。
「ふうん・・、道理で同じような外観のビルが多いと思ったわ。
で・・・、周りにみんなが住んでいる建物が建っていて・・・、それでこの円盤には3000万人も住んでいるって言っていたわね。
いくら体が小さいからって、すごい人数よね。
円盤中が部屋に仕切られてその中に住んでいるって考えていたけど、こんな空間があっても、それだけ住めるの?」
ミリンダが、立ち並ぶ巨大なビル群と、空を眺めながら呟く。
風景的には、ちょっと近代的な街並み程度で、ビル群が密接して立ち並んでいる訳ではない。
空と見えるのは、恐らく円盤の内壁なのだろうが、遥か高くに見え、時々車のような箱型の飛行物体が飛んでいるのが見える。
センティアは、そう言った飛行物体からも見つかりにくいようなルートを選んで、進んで行っているようだ。
「いや、円盤は中央を境にして上下に分れているんだ。
中央部分が地面でそれぞれ円盤の外側に向かって、空が広がっている。
中央部分に重力発生装置が組み込まれていて、円盤の外壁に半重力装置が貼りついている構造のようだ。
それによって地球上で上下逆さまになっていても、不自由は感じないのさ。
それぞれ1500万人ずつ住んでいるという事だ。
と言っても、僕たちのような平民は、円盤内の片方でしか行動は出来ない。
円盤の反対側の世界へのアクセス権がないんだ。
この円盤の反対側の世界や、更に別の円盤への移動も含めて、そのような権限は、選ばれた人たちにしか与えられていない。
元老院はじめ皇族という、その家族及び関係者たちだね。
この円盤の中に、たった1万人しかいないごく一握りの特権階級という訳だよね。
もっと言ってしまうと、ここが円盤だと言う事ですら、僕が農業指導員となって初めて知った事実だ。
円盤の外で耕作を始めるために、一部の平民にはその事実を教えてくれたんだね。
だから、この事実は今でもトップシークレットとして、多くの平民たちは、この中が我々の故郷の星だと信じている。
重力的に安定しているから、星だと信じて疑わないんだ。
長い間、次元をさまよっていたというのにね。
僕は衝撃的とも言える事実を知って、どうしてそのような状況になっているのか調べて行くうちに、現在教育というか、我々が習っている歴史の矛盾点に気づいて行ったという訳さ。
僕と同様、農業指導者となって外の土地を耕作する為、一旦は円盤の外へと出た者達とその家族が、レジスタンスの主だったメンバーという訳さ。」
センティアが、呆れた様に両手をあげる。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ・・・、じゃあ、そんな1万人の為に、あんたたちは働いているってわけ?
そんなの数が多いんだから、反乱を起こしてやっつけちゃえばいいじゃない。」
ミリンダが過激な発言をする。
「いや、大半の平民たちは従順だから、変なことを言うとすぐに警察に訴えられて捕まってしまうよ。
警察官だって、我々土着の恐竜人の仲間だから、決して傷つけたくはないし、どうやってみんなの目を覚まさせるか、考えあぐねていたんだ。
だから、君に協力してもらおうと考えたという訳さ。」
センティアが明るく微笑みかける。
「そう・・・、だったらあたしは構わないけど、具体的にはどうすればいいの?
魔法なら結構使えるから、戦いは得意よ。」
ミリンダが、魔法を唱えるポーズに入る。
「待った待った・・・、伝説の魔法という技術だよね。
我々にもその能力は備わっているという事は最近分かったのだが、この円盤の中では厳禁だ。
町中至る所に精神感応検知装置が仕掛けられていて、どこかで精神感応を使うとすぐに警察が来て、対象者を連行していく。
政府転覆をもくろむ、不法な輩を逮捕したと発表されていたんだが、調べて行くうちにそういう事だと分かった。
我々土着の恐竜人たちが持っている、魔法という精神感応力を恐れて、生まれつきその能力が強いものを排除していく仕組みのようだ。
戦いとなれば、そう言った能力も必要となるかもしれないが、今のところはそのスタート地点にすら立ててはいないのが現状だ。
まずは我々レジスタンスの本部へ来てくれ。
そこで、ビデオメッセージを残してもらう。
メッセージの放送は、君が脱出した後に行うから、君の身に危険は発生しないはずだ。」
センティアは、焦ってミリンダを制すると、自信満々に告げた。
「へえ、あたしはすぐにここを脱出できるっていう事?
そんな方法があるんだ。」
ミリンダの顔に笑顔が戻ってきた。
「ああ、僕たちは円盤の外で耕作をしていたって言っただろ?
円盤の外への出入り口を当然知っているさ。
そこが僕たちの秘密基地でもあるのだがね、もうすぐそこさ。」
センティアが示すその場所は、3階建ての平たい建物だった。
その建物から、まっすぐに果てしなく天へと続く、太いパイプのような物が伸びている。
センティアは、その建物の入口から入って行く。
「さっき言った、地上での耕作をするための出入り口、名称は天空エレベーターさ。
こちら側の世界は、地球上では下向きになった状態で、外周は地上側を向いている。
だから、こちらの空の壁を開けると、そこは地上という訳さ。」
センティアはエレベーターホールで上向きのボタンを押すと、開いた扉にミリンダを導きいれた。
『天空ホールへ向かいます。』エレバーター内でセンティアが最上階のボタンを押すと、機械音声が発せられ、エレベーターが動き出した。
『反転します。』数秒後に、もう一度機械音声が発せられ、緩い衝撃が生じたが、エレバーターは再び動き出した。
しかし、今度は下向きだ。
「あれ?戻っているじゃない。
何か忘れ物でもした?」
ミリンダが、エレベーターのランプが下降方向に進むのを見て、センティアに振り向く。
「いや、天空側では外壁面が下だから、途中で重力の向きが切り替わるんだ。
だから、さっきと進んでいる向きは変わらないんだけど、このエレベーターボックス自体が上下反転して、進み直したという訳さ。」
センティアが笑顔で答える。
『チン』という音と共に、エレベーターの扉が開いた。
「さあ、ここが僕たちレジスタンスの基地だ。
今は作業が中断している、外での耕作作業の拠点だった場所だ。
僕たちメンバーはいつでも作業が再開できる様準備を怠らないっていう名目で、ここを自由に使わせてもらっている。
ここなら地上の監視の目も届かないから、レジスタンス活動にはぴったりという訳さ。」
『ようこそ、我らが基地へ』エレベーターが着いた先は、広い部屋の中だった。
中には十数人の恐竜人たちが見える。
みんな、ミリンダの姿に一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔で声をかけてきた。
「こんにちは、ミリンダよ。
人類代表ね、あんたたちが言っている、土着の恐竜人である地上監視部隊だったミライさんたちとも知り合いよ。」
ミリンダが笑顔で答える。
「へえー、そいつはいいや。
すごいゲストを連れて来たな。」
ひときわ体の大きな恐竜人が、笑顔でミリンダを傍らの席へ案内してくれた。
「彼が、我々レジスタンスのリーダーである、スタットだ。
カリスマ農業指導者で、彼だけが家畜を飼育して、食肉を加工した経験を持つ。
我々平民の中では珍しい、地球在住の頃からの生存者だ。
と言っても記憶操作されていて、その事を思い出したのは、地上へ耕作に出た時かららしい。
その隣がレーナ、彼女は情報処理のエキスパートでスタットの娘さんだ。
断片的ながら過去の記憶がよみがえったスタットの疑問を解決する為に、政府の機密情報へアクセスして、我が民族の歴史を掘り起こした、いわゆる立役者だ。
そのまた隣は・・・」
センティアが、主だったメンバーを紹介して行ってくれる。
現状メンバーは、今ここに居るものに加えて、政府内部にも少数だが協力者がいて、総勢50名ほどだと言う。
3000万人からの民族を束ねる政府機関に対する抵抗組織というには、余りにも小規模だ。
「ここの2階下が、円盤の外壁であり、そこの扉を開ければ地上に出られる。
まずは安心する為に、そこを見に行ってみるかい?」
センティアが、明るく話しかけてくる。
「ええ、ぜひ見ておきたいわね。」
ミリンダもこっくりと頷く。
「おお、そうだね。
捕虜として捕まったのなら、ご家族も心配していることだろう。
ここの地下から地上に出られるから、そこから帰るといい、レーナ、一緒に行ってあげなさい。」
スタットに促されて、レーナという女性の恐竜人も一緒に行ってくれるようだ。
ここからは階段だった、長い長い階段を下りては折り返し、また降りるを繰り返し、ようやく最下層まで辿りついた。
見上げると、降りてきた先の入口が、遥か上方にあり、周りは組んだ鉄骨がむき出しの無機質な風景だ。
「このボタンを押すと、タラップが降りて地上に出られる。」
センティアが、床についたボタンを押すと四角く扉がスライドし、強く空気が吸い出されていき、一緒に飛ばされて行きそうなほどだ。
「なあに?何にも見えないじゃない・・・、ただ真っ白なだけ・・・。」
ミリンダがごうごうとうなる風切音の中、センティア達の顔を見回す。
家に帰れるという期待を砕かれた様に、がっくりと肩を落としている。
「あれ?おかしいなあ、今朝見た時点では、ここを開けると下は赤茶けた土が・・・。
ちょっと待ってくれ、遥か下には緑が所々に・・・、そうかここは、空の上という訳か。」
センティアの言うとおり、真っ白な空間は雲に覆われているようで、時々雲の切れ間から地上の様子が垣間見える。
「どうやって、ここから降りるの?
あたしは飛行能力が使えるけど、こんな高さじゃ無事に地上まで降りられる自信はないわ。
瞬間移動だって・・・、ちょっと高過ぎよ・・・、真上から見るだけじゃ、距離感もわかないわ。
第一、体が小さくなっているから、見た目だけで行くのは、危ないわね。」
ミリンダが強風にあおられながら、残念そうに下を見下ろす。
「先ほど、珍しく強い揺れを感じたけど、どうやらその時に地上を飛び立ったようね。」
レーナも下の景色を眺めながら呟く。




