第90話
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「次は、左手の紐を内側にひねりながら、右手の紐の下をくぐらせて引っ張るのよ。
絶対に、紐の先端を掴んだまま離さないでね。
そうすればほどけるわ。」
ようやくミリンダの、長い長い手順の説明が終わった。
結び目を思い出しながら説明するものだから、思いもかけないほど時間を使ってしまったようだ。
「えーと・・・、上下逆だから、左手の紐を外側にひねって、右手の紐の上側をくぐらせて引っ張る・・・。」
竜の化身が、レオンに指示を出す。
「分った・・・、これをこうやって・・・、出来た・・・。」
ようやく紐が外れた様子だ。
「じゃあ、ほどけた紐をいっぺん思いきり左右に引っ張って伸ばして。
そうすれば、次に巻きつけるまで、紐は伸びたままになるわ。」
「はいっ・・・、じゃあ上下逆だから・・。」
「もう、逆に考えなくてもいいの。
ただ伸ばすだけ、いい?」
「はっはい・・・、ミリンダお嬢様。」
ミリンダに促され、レオンが紐を目いっぱい引き延ばす。
そうして一本の長い紐と化した。
「ふう、これでようやく魔力を解放できるわ。
離れていてよ・・・、雷撃!!!」
『ドン』閃光と共に鈍い衝撃音がミリンダの背中に発生し、両手を結び付けていた手錠のような装置が、ポロリと外れた。
「へっへえー・・・、雷の電気を一点に集中して落としたのよ。
魔法力を消す装置だって言っていたから、電気的な物で動いていたのでしょ。
もっと強力な電気を流せば、壊れてしまうのよね。
仙台市から送られてきたレンジとかっていう便利な装置、物を温めるのも早いし便利で、中でバチバチと雷のような稲光が時々起るものだから、もっと効率よく温めようと、雷撃を唱えたら一瞬で壊れて動かなくなってしまったのよね。
あとで、おじいさんから大目玉をくらってしまったわ。
それからは、電気で動く装置には、決して雷撃は唱えないって決めていたのよね。」
ようやく自由になった両手首をさすりながら、ミリンダがほっと一息をつく。
「さあ、みんなが心配しているかも知れないから、早いところここを抜け出しましょう。
まずは、扉の鍵を開けなくっちゃね。」
そう言いながら、ミリンダが頑丈そうな鋼鉄製の扉に近づく。
「巨大化して、叩き壊しましょうか?
これぐらいの扉なら、何とかできますよ。」
レオンがミリンダの背後から声を掛ける。
「いいわよ、そんな騒動を起こしたら、すぐに周り中からチビ恐竜人たちが押し掛けて来るでしょ。
この円盤の中から逃げる時間を稼ぐためにも、誰にも悟られずに逃げ出すのよ。
大丈夫、こういった扉ってのは鍵をかけていても、結局は受け側の柱に扉から出たピンが突き出ているだけだから、それを外せばいいのよ。
どれだけ精巧な鍵を作って複製できないようにしても、フックを直接動かせば簡単に開くのよ。」
そう言いながら、ミリンダが扉のノブの辺りを掌でまさぐっている。
『カチャリ』「よし、外れたわ。」
ミリンダがドアノブを回すと、扉は音もなく少し開いたが、ミリンダはそのままもう一度ゆっくりと閉じてから振り返った。
「へえー・・・、こりゃまた・・・、大泥棒の才能があるみたいですね。」
竜の化身が、ミリンダの顔をまじまじと見つめる。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ、傀儡の術を使って、フックを直接動かしただけよ。
義手や義足を魔法で自由に動かす訓練をすれば、誰にでもできるわよ。
それに、最終戦争後の日本では、泥棒なんて物騒なものはいないから、どこの家でも鍵なんかかけていないわよ。
それよりも、あんたずいぶんと影が薄くなってきたわよ。
透明になってきて、向こうが透けて見える位。」
ミリンダは、そう言って心配そうに竜の化身の体を透かして見る。
「は・・・はい・・・、どうやら、現世に留まっていられる時間も限界のようですね。
でも、ミリンダさんの拘束が解けて良かった。
私も少しはお役に立てたでしょう・・・。」
そう言って竜の化身は、緑の石に戻った。
ミリンダはその石を拾って、紐を括り付けると、またネックレスのように首から下げた。
「ふーん・・・、限界まで一緒に居てくれたという訳ね。
感謝するわ、おかげで助かったんだし・・・。」
何時になくミリンダが、感慨深げに緑の石を眺める。
「じゃあ、行くわよ。」
一呼吸おいてミリンダが命じると、ミリンダの体を、薄く伸びたレオンが包み込み、その姿が周りと同化して見えなくなる。
すると、誰も居ない廊下に、ひとりでにドアがゆっくりと開き、そうして又閉じた。
さらに、長い廊下の先のドアが、ガチャリと言う音と共に、ゆっくりと少しだけ開く。
そうして、何事もなかったかのように、又閉じた。
「おい、さっき連れて来た人間の子供はどうした?
飯を食わせろだの、拘束を解けだの色々とうるさかったようだが、随分とおとなしくなってしまったぞ。
先行きをはかなんで、自殺してしまったんじゃなかろうな。」
廊下の脇にある詰め所の部屋の中で、恐竜人兵士が、別の恐竜人兵士に問いかける。
「ああ、情報を取り出した後は、肉として食われちまうって話してやったらショックを受けたみたいで、すっかりおとなしくなっちまった。
それでも、こんなごつい体つきをした、俺達恐竜人に囲まれたって平然として飯を食わせろなんて言っていた珠だ、自殺なんてことはしないだろう。
恐らく観念して、ご先祖様にでもお祈りしているんだろう。
まあ、死んじまっても脳が壊れていなければ記憶は取り出せるんだから、構わねえけどな。
俺たちと会話していた奴を、食肉用に絞め殺すっていうのは・・・、あんまり気分のいいもんじゃないからな。
自分で死んでくれていた方が、こちらとしてもありがたいくらいだぜ。」
「ああ、そうだな、そう言った汚れ仕事は、平民である我々に回ってくるからな。
元老院はじめ、皇族の方々は、我々が苦労して育てた肉や野菜を、ただお召し上がりになるだけだ。
それでも遥かなる太古、我らの種族が飢えて絶滅しかけたところをお救い下さったのが、今の皇族様たちだ。
本来ならば、俺もおまえも生まれてくることもなかったのかもしれないのだから、感謝こそすれ、不満に思ってはいけないぞ。」
不満げな態度を取る恐竜人に対して、もう一方の恐竜人がたしなめる。
「はいはい・・・、そう言った歴史は何度も何度も繰り返し学習させられて、しっかり頭の中に入っておりますよ。
感謝の気持ちも忘れたことはございません。」
そういって、たしなめられた方の恐竜人は何度もうなずく。
この件に関しての2人の会話はここまでで、先ほど収容した部屋を確かめようともしない様子だ。
そんな恐竜人たちの会話をそれとなく耳にしながら、更に、廊下を進んだ先の扉が自然と開く、その先は階段だった。
長い長い階段を昇った先の右側のドアを開けると・・・、そこは日差しがまぶしいビル群の一角だった。
「や・・・やりましたよ、ミリンダお嬢さん。
脱出成功ですよ、家に帰れる。」
レオンはすぐに擬態を解いて元の姿に戻り、ミリンダも眩しい光に目を細める。
「こ・・・ここは・・・、どこかの街のなか・・・?
って違うでしょ、あたしたちは今、チビ恐竜人サイズに縮まっているのよ、そのあたしたちの大きさの街ってことは、チビ恐竜人たちの町のはずよ。」
ミリンダの言うとおり、周囲は高いコンクリートのビル群が立ち並んでいるようだが、どのビルも今のミリンダ達の目線に、ビルの1階部分の窓や扉がある。
「これは一体どういう事?
チビ恐竜人たちの円盤に乗せられて、奴らの母星に連れ込まれたって事かしら。
だったら、ここは遠く離れた銀河の星ってこと?
どうやって帰ろうかしら・・・。」
ミリンダが、不安を感じながら周囲をきょろきょろと見回す。
「き・・・君は、人間・・・かい?
ここに居ては危険だ、こっちへ。」
不意に背後から声がかかり、振り向くとそこには、一人の恐竜人が立っていた。
「えっ・・・。」
突然の事にミリンダはどう対応していいか分らず、固まってしまう。
「いいから、こっちへ、君も一緒に。」
恐竜人はミリンダの左手を掴むと、レオンに目配せをしてから、ビルの間の路地へと入って行く。
「ちょ・・・ちょっと、どこへ行こうっていうのよ・・・。」
「来れば分る。」
日が差し込まず、昼間でも薄暗い路地の中を、右へ左へ、ビルが途切れるたびに辻を変えて進んで行く。
かなり歩き慣れている様子だ、広い通りには少しもかからずに、延々と進んで行き、レオンもそれに従ってついて行く。
「ちょちょっと・・・、いい加減にしてよ、一体あんたは何者?
あたしをどうしようっていうの?
おいしそうだから、食肉用にっていう魂胆?
それとも、余りにかわいいものだから、ペットにでもしようっていうつもり?
あんた達、チビ恐竜人から見たら、人間なんてのはどうせそんな程度の存在なんでしょうけど、どっちもあたしはごめんだわ。
あたしは、何としても地球って星の、日本っていう国へ帰るんだからね。
邪魔をしないでよ。」
ミリンダは、捕まれた手を勢いよく振りほどくと、目の前の恐竜人に向かって叫ぶ。
「ああ・・・、仕方がないね、ここまでくればもういいだろうから、まずは自己紹介をしておくよ。
僕の名前はセンティア、レジスタンスさ。
君を如何こうしようっていうつもりは全くない。
無事に帰してあげる手伝いをするつもりさ。
それに、君は勘違いをしている、ここはまだ地球の上だよ。
チビ恐竜人って君が言っているけど、そのチビ恐竜人の円盤の中さ。
元老院が地球の知的生物を捕まえたっていう情報が入ったから、探ろうとして元老院本部を見に来てよかった。
今は戒厳令中だから、昼間でも通りの人通りは少ないが、表通りを歩いているのを見つかると、一般人でも掴まって収容所行きだからね。
結構危険な行為だったけど、君を見つけることができたんだから、その甲斐があったよ。」
センティアと名乗るチビ恐竜人は、ミリンダに右手を差し伸べる。
握手を要求しているようだ。
「あ・・あんた・・・は・・・、レジ・・・?」
「レジスタンス・・・、いうなれば反政府運動家さ。
君は知っているかな、今は君たち人間の味方をしている、元地上監視部隊だった体の大きな恐竜人たち。
彼らは、元々この星土着の恐竜人たちだった。
それをチビ恐竜人たちが別の星からやってきて、瞬く間にこの星を支配して、土着の恐竜人たちを奴隷化して働かせていたんだ。
訳あって地上に住めなくなり、チビ恐竜人たちは別次元へ逃れ、地上の監視は奴隷であった土着の恐竜人たちを冷凍睡眠させて交代で見張らせていたんだね。
その土着の恐竜人の奴隷というのは、一緒に別次元へ逃れた中にも結構多く居て、我々の祖先がそうだ。
睡眠学習で、チビ恐竜人たちに作られた歴史を学ばされた我々だったが、チビ恐竜人たちをご主人様として崇めていた生活を続けていると、様々な矛盾に行き当たった。
一体我々はどこから来て、チビ恐竜人たちはどうやって現れたのだろうかってね。
そうして疑問を感じて資料を当たっているうちに、洗脳が解けた一部の恐竜人たちが、仲間を募って組織したのがレジスタンスさ。
僕たちもチビ恐竜人たちと同じくウチーデノコヅーチで体を小さくされてしまったけど、土着の恐竜人たちの子孫であり、地上監視部隊の仲間だった恐竜人さ。
というより、彼らの先祖と言った方がいいかな、彼らとは時間の進み方が随分と違う次元で過ごしていたからね。
僕たち同様の奴隷として扱われている恐竜人は、この円盤の中に大勢いるが、その大半はこの事実に気づいていない。
下手に接触しようとすると、僕たちを犯罪者扱いして通報しようとするから、おおっぴらに活動は出来ないんだ。
まだ組織は出来たばかりだし、ほんの一握りの仲間しか出来てはいない。
地上の生物を捕獲したと言う事で、地上監視部隊の恐竜人と接触のあるものであれば、我々の処遇を証言できるかも知れないから、これで一気に奴隷として従わせられている同胞たちの目を覚ますことができるのではないかと踏んだわけだ。
勿論、君を危険な目に合わせるつもりはない。
まずは、仲間の力をフルに使って、全力で君を地上に返してあげるよ。
その見返りとして君には、同胞たちを説得する為に、映像を残してくれればそれでいい。」
「み・・・、ミライさんたちの仲間の恐竜人たちのまつ・・・、いや先祖ってこと?
だったら、あたしたちと一緒にチビ恐竜人たちと戦っているわよ。
なにせ、突然他の星からやって来て、地球を支配した嫌なやつでしょ。
いいわ、協力する、何としてもチビ恐竜人たちを倒しましょう。」
そう言って、ミリンダはセンティアの右手を力強く握りしめた。




