第89話
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「そこで、紐の端を掴んだまま大きく持ち上げて、その内側に左手を通して紐をクロスさせてから、左手の紐を掴んだままで右手の紐の外側からつまみ上げて引っ張るの。
絶対に放しちゃ駄目よ、親指と人差し指で掴んだままで、右手の紐の外側から中指と薬指を使ってつまみ上げるよう、パスするのよ。」
ミリンダが竜の化身に魔封じの紐をほどく手順を、目をつぶりながら思い出し思い出し指示をする。
「はいはい・・・、えーと、上下逆だから・・・、この紐の外側をとおして、よっと・・・。
親指と人差し指でつまんで・・・、ああっ!そ・・・そうか、まあいいや一旦おいてから・・。
あ・・・あれ?だ・・・駄目だ・・・、ひ・・・、紐が勝手に巻き付いて行ってしまう・・・。」
突然、竜の化身が叫びだす。
「ばっかねえ・・・、紐の先端を掴んだままでって言ったでしょ!
さっきも言った通り、魔封じの紐は特殊な編み方で癖がついているから、そのままにしておくと勝手に絡み合って結ばさって行くのよ。
あたしに接していれば、その力は弱いから、最初のうちは簡単にほどいて行けるのだけど、ある程度ほどけてくると、よれた部分が長くなっていくから、紐の先端をつまんでいなければ、今度は先端から絡まり始めるのよ。
だから、手を放しちゃ駄目なのよ。
あーあ・・・、もう一度最初からやり直しね・・・、仕方ない・・・。」
もう少しでほどけそうだったのに、ミリンダはがっくりとうなだれる。
「でもですね・・・、ほら、見てくださいよ、私の手の指は3本しかありません。
先ほどミリンダさんがおっしゃったとおり、親指と人差し指でつまんだのですが、パスする先の中指はともかく、薬指がございません。
仕方がないので、一旦放して手をくぐらせて掴もうとした途端に・・・。」
竜の化身は申し訳なさそうに、俯く。
どうやら基本的な要件で、不具合がある様子だ。
「ええー・・・、じゃあどうすればいいのよ。
魔封じの紐は両端をつまんだまま、片方の紐にくぐらせたりしなければ、ほどけていかないわよ。
参ったわねえ・・・。」
ミリンダは途方に暮れてしまった。
「こいつにやらせてみては、いかがです?
えーと・・・、ミリンダさんのお仲間の・・・確かレオンとか言いましたでしょうか・・・、魔物ですが。
彼も指が足りないでしょうかね?」
竜の化身が、突然おかしなことを言い始めた。
「何馬鹿なこと言っているのよ。
レオンだったら、鬼の攻撃を受けて砕け散ってしまったわよ。
第一どこに居るっていうのよ、見えないじゃない・・・って・・、まさか・・・お化け?
い・・いやよ、あたしはそういった話にとっても弱いんだから・・・。」
ミリンダは、蹲ってがたがたと震えだした。
「違いますよ、レオンは確かにここに居ます。
外観の色を変えて見えなくしているだけです。
でも、随分と小さくなったと思っていたら、そうだったのですか、攻撃を受けて砕けたのですね。
ここに居るのは、かつてレオンだった魔物の破片というか一部と言ったところでしょうか。
ミニサイズになった我々と、ほぼ同じくらいの大きさですよ。」
竜の化身は、そう言いながら部屋の隅の一点を見つめる。
「ほ・・・本当にレオンがいると言うの?
じゃあ、あの攻撃を受けて砕けたレオンの一部が、あたしにくっついたまま、ここまで一緒に来ていたという訳?」
ミリンダが、同じく部屋の隅を目を凝らせて凝視する。
「そうですね、でも確かに傷ついて震えているようです。
いま、治療して差し上げましょう。」
そう言って竜の化身は、部屋の隅に向かって短いその手を翳す。
すると、その手の平から暖かなオレンジ色の光が・・・・。
「まあ、癒しの光を当てる位しか出来ませんが、少しは元気になった様子です。
まだ怯えていますから、やさしく声をかけてあげてください。」
竜神がそう言って振りかえる。
「レオーン、そこに居るの?
だったら姿を見せて・・・、無事でよかったわ、安心した。」
ミリンダが、何もない部屋の隅に向かって、語りかける。
しかし、何の反応もない。
「本当にいるの?
まさか、こんな場面でドッキリじゃないでしょうね、居もしないレオンがいるなんて・・・。
悪い冗談よ、笑えないわ。」
ミリンダが、真顔で竜の化身を睨みつける。
「そ・・・、滅相もない。
竜の化身は決して嘘など申しません、確かにここにレオンがいます。
もっと優しく声をかけてあげれば、彼も気をよくして・・・。」
竜の化身が、おどおどしながら答える。
「だったらいいわよ・・・、レオン、居るんでしょ。
3つ数えるうちに姿を現さなければひどいわよ、いい?
ひとーつ、ふたーつ・・・」
ミリンダが、イラついたように声を荒げた。
「そ・・・そんな・・・、脅してしまっては元も子も・・・。」
竜神はあきれ顔だ。
「みーっつ!」
「は・・・はい、れ・・・レオンただいま参上いたしました。」
突然部屋の隅に、トカゲ系の魔物が出現した、レオンだ。
レオンは、直立不動の姿勢で、ミリンダの前に立つ。
「へえ・・・、本当に居たんだ、しかも無事で・・・、よかったわね。」
ミリンダの顔に笑顔が戻る。
「は・・・はい・・・、あの時、攻撃が直撃しまして、レオンの体はバラバラに・・・、でっでも、ミリンダお嬢様だけは絶対に守らなければならないと・・・、そうしなければトン吉親分に申し訳が立ちませんので・・・。
最後の力を振り絞って、お嬢様の体に貼りついて・・・、それから先は意識が・・・。
何のお役にも立てませんで・・・、申し訳ございません。」
レオンは、力なくうつむく。
「ううん・・・、いいのよ、捕まっちゃったのは、仕方がないわ。
それよりもあんた、粉々にされちゃったみたいだったけど、大丈夫なの?」
ミリンダには、レオンの体がどうなっているのか不思議だった。
右左と体を振って、レオンの体の隅々まで観察する。
「は・・・はい・・・、体自体はバラバラになりましたが、元々我々魔物は色々な魂がくっついた集合体って、所長さんに教えていただきました。
生まれてから今までの記憶もちゃんと残っておりますから、恐らくその魂の大部分が、今ここにある体の破片にくっついてきたようで、ほぼ、元のレオンと変わりはありません。
多分、特訓で身に着けた能力で、巨大化することも可能ではないかと考えております。」
少し元気を取り戻したのか、レオンは笑顔で答える。
「そう・・・、だったらよかったわ、巨大化とかは追い追い確かめて行けばいいものね。
それよりも、何とかここを脱出しなくちゃ。
レオン、悪いけど、魔封じの紐をほどいてちょうだい。」
そう言って、今度はレオンに向かって背中を向け、手首の紐を指示した。
「ミリンダさんの手が裏返っているので、指示を上下逆にしなければならないのですが、私はもうそれに慣れましたから、私が手順を解釈して説明いたします。
レオンは言った通りに紐を操作してください。」
竜神が、レオンをミリンダの傍まで誘導し、紐の両端を持たせる。
「わ・・・分った、まずはどうすれば?」
「右手に持った紐を・・・」
竜の化身が、とりあえず分っている途中までの手順を、細かくレオンに指示していく。
「ミライさんが仲間って言っただけなのに、人間のしかも女の子だって・・・。
あれは絶対に、ミリンダちゃんの事を知っている素振りよね。
ミリンダちゃんを、返す気はないっていうつもりの様ね。」
今までチビ恐竜人たちの姿が映っていた空を見上げながら、ナンバーファイブが呟く。
「うーん、恐らくそういう事のようだね。
それにしても、自分たちが自由になった最大の功労者である、チュロンボ達を見捨ててまでミリンダちゃんに固執する目的はなんだ?」
所長が納得できずに、うなりながら考え込む。
「恐らく、ここに居る鬼たちに、何の価値も見いだせないと言う事なのだろう。
奴らはいつもそうだ、奴隷として従えていたからだろうが、我々が味方として働いていた時ですら、捨て駒として評されていたくらいだからな。
それよりも、彼女から得られるであろう人間たちの情報の方が、よほど使い勝手があると言う事なのだろうね。」
ミライが、苦虫をかみつぶしたような表情で語る。
今にも、襲い掛かって行きそうな剣幕だ。
「これでもまだ、チビ恐竜人たちの味方をするつもりかね?
いい加減、目を覚ましてはもらえないだろうか・・・。」
所長が、チュロンボに向かって、再び説得を始める。
「ふん、神には神なりのお考えがあるのだろう。
こんなことぐらいで、わしの信仰心は一向にゆるぎないわ。」
そう言ってチュロンボは、またもやそっぽを向いた。
「あ・・・あたしはもう・・・、こんなこと続けるつもりはないわ。
何でも話すから、あたしたち一家を罰しないで、お願い。」
そう言ってチュロンビは、跪いて両手を合わせる。
「ああ、助かるよ、まずは君たち一家の事と、武器や装備の事を聞かせてくれるかな。
それと、どうやって神であるチビ恐竜人たちと連絡を取り合っていたのかも知りたい。
まずは、ここにいつまでも居ると、円盤の標的にされそうだから、基地へ戻ろう。」
協力者が得られたようで、とりあえず恐竜人基地内へ戻って行くこととなった。
「円盤が2機になったが、この大陸の上空に浮かんだままだし、更に我々がその場に居たにもかかわらず、何の攻撃も仕掛けてこなかったのは、不気味だったね。
我々が、素直に降伏すると信じているという事だろうか・・。」
会議室に戻って開口一番、所長がチビ恐竜人たちの円盤の様子を気にする。
「恐らく、強電磁波の檻を無理に脱出しようとして、奴らの円盤もそれなりのダメージを受けたのだと思う。
推進装置部分から煙を上げていたから、惑星間航行は出来ない状態なのだと思う。
その為、地球上に留まっているしか方法はない訳だ。
まあ、今となってはイオンビーム砲の脅威もないので、地球上に留まっていても安全は確保されている訳だ。
上空に留まって、向こうから脅威を与え続けるつもりも、あるのかも知れんしな。」
ミライが冷静に分析する。
「ふうむ・・・、一緒に円盤に搭載された武器も使えなくなっていてくれると、助かるのだがね。
まあそれは良いとして・・・、君は我々に協力してくれると言うのだね。
チュロンビさんと言ったか、君たちが操っていた装置の事を聞かせてくれないか?
どうやって、姿を見せないようにしているか、分るかい?」
所長が、チュロンビと呼ばれた女の子に向き合う。
見た目から言うと、人間の20歳くらいの女の子と言った感じだ。
顔の印象としてはナンバーファイブと同い年くらいなのだが、体つきは一回りも二回りも大きい。
「はい、あ・・・・。」
「ばかっ・・・、話してしまったら用済みとなって、殺されてしまうぞ。」
会議室の隅でタイガたちに押さえつけられているチュロンボが、大きな声で叫ぶ。
「そんなことは決してないから、正直に話してもらいたい。」
所長が、やさしい目つきでチュロンビに話しかける。
「あたしたちが乗っていたのは、キントーンっていう神器で、神隠しっていうボタンを押すと、周囲の景色と同化して、見えなくなります。
音もなく空を飛ぶので、誰にも気づかれずに移動できます。
それから、蜘蛛の糸ボタンを押すと、見えない糸が出て、糸がくっついた物を操ることができます。
糸は6本あってそれぞれ独立に動かせるので、かなり大きなものでも簡単に操れます。」
チュロンビは、素直に話しはじめた。
「キントーンっていう乗り物で、姿を消して巨石像を操っていたという訳だね。
巨石像に仕込んだ、鬼でっぽうとやらで、ハル君から奪った魔法を使っていたのだろう。
君たちのおかげで、我々には多大な犠牲者が出ているんだよ。」
所長は、至極残念そうに眉をひそめる。
「ほらみろ・・・、敵討ちだと言って、我々を処刑するつもりだろう。
最初から分かっていたんだ。
だが平気だ、創造主である神の為に働いて、その見返りとして処刑されるのだ。
我らが魂は、天へと昇るだろう。」
そう言ってチュロンボは胸を張る。




