第88話
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「そんなに怒らなくても・・・、ちゃんと言われた通りにほどこうとしましたよ。
ほらこうやって・・・、それからこう、そうしてこう・・・。」
竜の化身が、ミリンダの目の前で実際の動きを披露してみせる。
「えっ・・・、うーん、ちょっと待って、えーと、こうやってこうだから・・・。」
ミリンダが目を細めながら、手順を再度思い出そうとする。
「ええっ・・・、今のやり方は合っているじゃない。
本当にそう言う手順でやった?だったら絞まって行く訳・・・。」
ミリンダが、悔しそうに竜の化身を見つめる。
「いえ、でも・・・、ちゃんと言われた通りに・・・。
右手がお箸を持つ方で、左手がお茶碗を持つ方で・・・、右手に緑と赤と青と黄色の混じった紐で・・・」
竜神が再度右手を上げて、動かすそぶりを見せる。
「ちょっと待ってよ・・・、あんたがやっているという事は、向かい合っているから左右逆に・・・、いやいや、後ろからほどこうとしているのだから、左右逆にはならないのよ、ちゃーんと考えたんだから・・・。
ああっ・・・!そうか・・・、両手を後ろ手に回されているから、後ろからあんたがほどこうとしても、左右はそのままあたしから見た方向で間違いがないけど、上下が変わって裏向きになってしまうのね。
うーん、そうなると、右手と左手をクロスさせる順を反対に・・・、いやまってよ・・・。」
ミリンダは、ようやく状況を飲み込めたようすだが、今度は、どうやって手順を説明しようか悩み始めた。
「ああそうですか・・・、手の向きが裏返っているのが原因という訳ですね。
ほどく手順ぐらい、きちんと把握されていないから、こういう事になるのですよ。」
竜の化身も、あきれ顔だ。
「仕方がないでしょ、本来は何とかして自力でほどくべき紐なんだから。
後ろ手に縛られたら、歯で咥えてほどこうにも届かないし、仕方がないからあんたに頼んでいるんじゃない。
自分でやれれば、結び目を見ながらやって行けるんだけど、見えないから結んだ順を頭で描きながら逆に戻して、しかも上下逆さまに動かさなくてはいけないのよね・・・・相当に厄介だわ。
仕方がないわ、じゃあねえ、左手で・・・。」
ミリンダが、しばし悩みながら再度手順を指示しようとする。
「とりあえず、今絞まった分をほどいちゃいましょう。
言われた手順は覚えているので、それを上下逆にすればいいんだから・・・、何とかできますよ。
たしかに、結び目を見ながら出来るから、多少は予想もできますしね。」
竜の化身は、ミリンダの背後でごそごそと、紐を操り始めた。
すると、ミリンダの青白くなっていた手に、血色が戻ってきた。
「ふう・・・・、ようやく左手が楽になって来たわ。
まだ少ししびれているけど、もう平気。
じゃあ今度こそ、魔封じの紐をほどくようやり直しよ。」
ミリンダが目を閉じて、竜の化身に手順を説明しようと、紐の状態をイメージし始めた。
「見えない円盤は、遠隔操作で無人で動いているのだと思っていましたけど、どうやら人が乗って操縦していたみたいですね。
これからは、やみくもには攻撃できませんよ。」
一方こちらは恐竜人大陸、ハルが、毛皮のパンツ一丁の男を連れて、みんなの元へやって来た。
チビ恐竜人たちの巨大円盤が強電磁波の檻を破って浮上してしまい、体勢を立て直すために集合を掛けたのだ。
「姿格好から察すると、おまえは鬼のようだな。
黄泉の国を抜け出したという、チュロンボ一家のものか?」
ミライが、腰から下げた剣を抜き、剣先を男の顎に押し当てて尋問をする。
「ふん・・・、同じ恐竜人でありながら、神である小さな恐竜人様に敵対をする愚かな者よ。
お前たちの命運は尽きたぞ。
この星は、小さな恐竜人様たちのものだ。
それは、遥かなる太古から、そうしてこれから先も含めて、変わらぬ事実なのだ。」
男は、つきつけられた剣を恐れもせずに、ミライを睨みつける。
「まあまあ・・・、対抗意識を燃やさなくても・・・、あなたは捕虜として捕まった身。
丁重に扱うことを約束いたしますから、まずはお名前だけでもお聞かせ願えますかね?」
一触即発の雰囲気漂う、ミライと鬼の男の間に、所長が割って入って来た。
「ふん!わしの名はチュロンボだ。
たかが人間風情が・・・、随分とえらくなったような口のきき方だな。」
チュロンボと名乗る鬼は、所長の顔を見て、厳しい表情のままふいっと横を向いた。
「たかが人間とおっしゃれましても、ここ数千年間は、この地球上に君臨していた種族ですからね。
偉いとか偉くないとかは別としてお聞きします、あなたたち鬼は黄泉の国の番人として、これからも地上で生活する生き物たちの、魂の成長に手を貸す役割を担っていくと言って見えました。
その為、1時はチビ恐竜人たちに加担しておりましたが、それも家族を人質に取られたような形で、無理やりやらされていたという判断で、本心からは、我々人類や魔物たちなど、現状の地上で生活する生物たちに敵対意識はないとして、元の役割にそのまま戻っていただきました。
ところが、黄泉の国を脱したと言うあなたたちチュロンボ一家は、チビ恐竜人たちを救い出すべく、まずは魔法を与えるなどという偽情報を流して、ハル君をおびき寄せるとその魔法力の源であるオーラの大半を吸い取ってしまいました。
そうして、見えない円盤とやらで巨石像を操ると、吸い取ったオーラの魔法力で攻撃を仕掛け、我々人類の防衛軍に多大な被害を与えました。
それらは全て、チビ恐竜人たちの円盤を解放するための陽動作戦と同時に、恐竜人たちの神器であるウチーデノコヅーチの所在を、明らかにするための手段として行われたことですね。
どうして、あなたたち一家は、そこまでしてチビ恐竜人たちに加担しようとするのですか?
もう一度繰り返しますが、黄泉の国の鬼たちは、地上の覇権に対して中立の立場ではないのですか?」
所長は、チュロンボの態度に構わずに、質問を続ける。
「おうさぁ・・・、わしら鬼は、地上世界をどんな生物たちが支配しようと、それを見守って行くことが役割だぁ。
そう、閻魔大王様から指導されているもんだからなぁ。
それを一体どうして・・・。」
横からダロンボも、参加してきた。
「ふん!お前こそ、わしらが存在する理由をはき違えておるぞ。
わしらの創造主である小さな恐竜人様たちは、原始哺乳類からわしらの先祖を派生させた。
いわゆる、創り出したという事だ。
その役目は、地上を監視して、時々の支配者たる生物たちを把握して、小さな恐竜人様たちがお戻りになった時に、すぐにとってかわって地上を支配できるように、そいつらの弱点を見つけて的確に攻撃する糸口を見出しておくことだ。
今現在、地上に君臨している人類という種族は、文明レベルが向上したがために、本来持っていたはずの魔法力が薄れ、ごく一部のものだけしか使用することができなくなっている。
だから、その魔法力による攻撃が有効であると踏んで、魔法力の強いものから抜き取った魔法力を利用して、攻撃を仕掛けたのだ。
巨大な石像を使って攻撃すれば、おのずと巨大化して戦わざるを得なくなり、ウチーデノコヅーチを使用するだろうという期待もあっての事だがな。
わしら一家は、鬼としての使命を全うしているだけだ。」
チュロンボは、ハルに対してしたことですら、悪びれずに答えた。
「それはどうでしょうかね、例えば百歩譲って、数千万年前までは、この地球上は恐竜人たちが支配していたと認めましょう。
しかし、本来はチビ恐竜人ではなく、ミライさんたち地球で誕生した方の恐竜人たちが支配していた訳です。
それを、チビ恐竜人たちは睡眠学習だか何だか知らないけど、だまし討ちのような事をして、こっそりと盗み取っただけではないのでしょうか?
そんな奴らを神として崇めますか?
さらに、闇の王子だか闇の存在だか呼び方は色々とありますが、彼によって存続を危ぶまれた奴らは、すぐさま安全な別次元へ逃げ込み、脅威が去ることをただひたすら待ち続けた。
自分たちは何もせずに、ただひたすら誰かが闇の王子を葬ってくれるだろうと言う事に期待をして。
いうなれば、誰かが一生懸命頑張って、住みやすい環境を作り上げるのを待って、成し遂げた途端に、それらを奪い取ってしまおうと、陰でじっと見ていただけですよ。
そんな奴らが戻って来たからと言って、それに協力をするつもりですか?」
所長は、どうしてチュロンボがチビ恐竜人たちを神とあがめ、それに味方するのか理解が出来ないでいた。
「別に何もしなかった訳ではない。
奴隷として従えた、土着恐竜人どもに地上の監視業務をさせ、更に我々鬼にも使命を与えたもうた。
わしら鬼たちが、闇の存在の監視役として任されていたことが、何よりの証拠だ。」
チュロンボは、自信を持って答える。
「いえいえ・・・、ただ見ていただけですよ、何もしていないではないですか。
たまたまトランさんたちのような、膨大な魔法力を得た人たちが闇の王子に加担をして、地上から人類を抹消しようなんて恐ろしいことを計画したがために、それに対抗してハル君たちとの戦いになり、最終的に闇の王子は封印されました。
我々の側にも、貴重な存在の犠牲者が出ましたが、ようやく勝利できたわけですね。
その時に、あなたたちは何をしましたか?
ダロンボさんは、闇の王子を封印するための剣と玉を出す協力をしてくれましたが、それは、チビ恐竜人からの指示に基づいた行動ではなかったはずですよね。
あくまでも黄泉の国の運営を守ろうとして、それを害する存在を排除するための、バックアップでしかなかったはずです。
ではその時、チビ恐竜人たちは、いったい何をしましたか?
何もしてはいないでしょう・・・、あくまでも人任せで、ただ時が過ぎるのを待っていただけだ。
そんな奴らが、ただ単に地上が安全になったからと言って、当然のように戻ってきて、当然のように地上に君臨しようとする。
そんな奴らに加担することが正しいと、本心から思っていますか?」
所長は、頑なな態度のチュロンボに、尚も問いかける。
「うるさい!どんなことがあっても、神は神だ。
わしらは、神様のご意向に従うだけだ。」
やはり、チュロンボの態度はゆるぎないようだ。
「もう一人捕まえたわよ。」
ナンバーファイブが、毛皮のブラジャーとパンツ姿の少女を連れてやって来た。
鬼の少女のようだ。
「ちょ・・・チュロンビ・・・、おまえまで捕まってしまったのか。」
強気な態度を貫いてきたチュロンボに、始めて動揺の様子がうかがえる。
「父さん、もうやめようよ、こんなこと・・・。
あたしたち鬼が、人を殺めたりしてはいけないんだよ。」
チュロンビは、申し訳なさそうに、うなだれながら話す。
「ええい、何を言っている。
神官である我が一族は、古くから小さな恐竜人様たちを崇め奉ってきた一族だ。
神様が地上に降臨されたら、先祖伝来の神器を駆使して、その先鋒として戦うことを義務付けられてきたんだぞ。
そのお役目が、わしの代に当たったことは、大変光栄なことだ。
絶対に、そのお役目を全うするのだ。
まだ、わしら一家には、チュロンバとチュロンベが残っている。
必ず彼らが、意志を継いでくれるさ。」
チュロンボは、どうあっても自分の考えを貫く様子だ。
「まあわかった、どうやっても考えは変わりそうもないし、敵対意識を持ったやつを拘束しておくのは、危険な事だ。
お前たちには別な意味で役に立ってもらおう。」
そう言いながら、ミライは持ち上げていたインカムのマイクを下ろした。
「ライゼル、聞こえるか?
こちらミライだ、応答願いたい。」
それから、マイクに向かって話始めた。
「おうおう・・・、ようやく延々とかかった相談がまとまったようだな。
降伏を申し込むという訳だな?
先ほども言った通り、この荒れ果てた地上を我らが済みやすい環境に整えるまで、労働力はどれだけあっても余ることはない。
特に怪力のお前たち恐竜人は重宝だ。
奴隷として使ってやるから、ありがたく思え。
人間どもも、おとなしくさえしていれば、家畜として扱ってやる。
それでいいな!」
再び大空のスクリーンに、チビ恐竜人の姿が映し出され、得意げに胸を張る。
「そんな事ではない、実はお前たちに逃げられてしまった訳だが、我らにも収穫はあった。
お前たちに協力して、各地で騒動を起こしたり、今も強電磁波発生装置を破壊しようと攻撃を仕掛けてきた鬼たち家族の一部だ。
彼らを捕虜として拘束しておくことも出来るのだが・・・、どうだろう、お前たちも先ほど我々の仲間を捕まえただろ?
仲間ひとりに対してこちらは2人だが、それでも構わない。
捕虜交換と行こうじゃないか、損な話ではないだろ?
お前たちが自由になれた、最大の功労者たちとの交換だ。」
ミライが、空を見上げながらマイクに向かって話す。
どうやら、ミリンダを解放させるために、チュロンボたちとの交換を申し込むようだ。
これには、ハルたちもほっと胸をなでおろした。
もうすぐミリンダが帰ってくるのだ。
「うん?何を言っている?
人間の少女など知らないぞ、我らが家畜のごとき人間どもをさらったりすることなどありえん。
どこからの情報かは知らんが、そのような事実はない。
お前たちが捕まえたという鬼たちは、お前たちがどうとでも自由にするがいい。
我らの役に立ちたいと言う者達は、まだまだたくさんいるのだからな。
今後は、こういったつまらぬ用件で呼びつけるな。
お前たちが、降伏すると言う申し出以外は、受け付けんぞ。」
そう言って、映像は消え無線も途切れた。




