第72話
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「ええーっ・・・、おじいさんもミッテランおばさんが帰ってくるのを、毎日毎日指折り数えながら待っているのよ。
マイキーさんの国の魔術者たちは交替で順に帰国したりしているのでしょ?
それなのにミッテランおばさんは、ずっとここに居続けじゃない。
そんなの不公平よ。」
ミリンダが、思い切り頬を膨らませる。
「まあ、そう言ってくれるな。
マイキーさんの国の魔術者だけに任せておくわけにもいかないから、仕方がないのだ。
ミリンダやハル君は学校があるので、そちらを優先にする必要性がある。
魔法力に関しては、現状は圧倒的に人間側の方が強いから、やはり魔法力に長けた者も、チビ恐竜人たちの監視に当たった方がいいのだ。
日本からは、私とトン吉が代表で監視業務に当たっている。
他国任せにはしておけないから、仕方がないだろう。」
剣術など体術に関しては、ほぼ互角か、やはり体格に優れた恐竜人たちの方が有利だから、体術に秀でた恐竜人と魔法力に優れた人間と、お互いに補い合って、ようやくチビ恐竜人たちの科学力に対抗しうると考えている。
それは、銀河警察に心配されるまでもなく、とっくに分っていたことだ。
「だったら、あたしが代わりにここに残ってもいいですよ。」
深刻そうにしている話を聞きつけたのか、ナンバーファイブが、声をかけてくる。
「それは駄目だ。
ファイブ君は、ようやく学校という教育施設に通う事が出来たばかりだ。
それだったら、おいらが代わりにここに残りますよ。」
ジミーも話の輪に加わって来た。
「いえ、先ほども言った通り、剣技など体術に関しては、恐竜人の方がレベル的には勝っているでしょう。
トン吉は別にしてですがね。
だから、必要なのは魔法技術に長けた担当です。
日本で魔法が使える者は、私以外は全て学生なので、やはり学業を優先してもらって、ここは私が代表で残ります。
元々の帰国予定は3週間後だったのが、1ヶ月後にほんの少し伸びただけだ。
それでいいだろう?」
ジミーからミリンダへ視線を移して、ミッテランはやさしい笑みを浮かべる。
「ま・・・まあ仕方がないけど・・・。」
ミリンダは、唇を尖らせたまま、渋々頷いたように見える。
「おや、どうしたのかな?
別れが惜しいと見える。
ミッテランさんがこちらに残ってくれて、本当に助かっている。
なにせ、力だけでチビ恐竜人たちを押さえつけるのは、本当に骨が折れるからね。
彼らが、化学兵器で攻撃を仕掛けようとしても、障壁を張れるというだけで、最初からあきらめてしまう。
十分な抑止力になっているようだ。
なにせミッテランさんは瞬間移動とやらで、どこへでも瞬時に移動可能だから、各所で反乱を起こそうとしても無駄な事は、奴らにもはっきりと認識されているからね。
隙のない体制を見せつけられて、奴らはあきらめたのか、最近は我々を見習って農耕を始めたところだ。
しかし、家族と離れて長期間暮らすのは本当に申し訳がない。
これは、ヨーロッパの国の魔術者の家族にも渡しているものなのだが、通信装置だ。
モニター画面に向かって、対面で会話ができる。
申し訳ないが、暫くはこれで我慢していただけないだろうか。」
通路での会話を知ってか知らずか、ミライはタブレット型のモニターをミッテランとミリンダにそれぞれ手渡してくれた。
スイッチを入れると、お互いの顔がモニターに映し出される。
「これって・・・。」
タブレットを手にしながら、ミリンダがミライに視線を向ける。
「ああ、この端末を持っていれば、地球上ならどこででも・・・、恐らくは太陽系内であれば通話が可能だ。
しかもモニターは紙のように折り曲げが可能だから、折りたたんでポケットにしまっておける。」
ミライが言うとおり、A4サイズの四角いモニターは、畳んでみると手のひらサイズになる。
しかも、厚みは感じられず、薄いまま折りたためた。
「あ・・・ありがとう。
おじいさんも喜ぶわ。」
ようやく、ミリンダの顔から笑みがこぼれる。
「では、これで。」
基地の上の広場まで見送ってくれたミライ達に別れを告げて、ハルたちは瞬間移動する。
そうして、3週間ほどは何事もなく平和な日々を過ごした。
「じゃあ、今日の所はここまで、お疲れ様ー」
『ありがとうございました』
元気な挨拶をして、子供たちがグラウンドを後にしていく。
「ハル君は、今週末は何か用事があるかな?」
魔法学校が終わって帰る準備を始めたところ、アマンダ先生に呼び止められた。
「いえ、今週の授業の復習とこれからの予習をするくらいで、とりわけ予定はありません。
後は、ミリンダ達と遊ぶくらいで・・・。」
ハルは質問の意図は判らなかったが、別にどうしてもやらなければならない用事がある訳でもないので、そのまま答えた。
「そう、だったら、悪いんだけど私を南米まで連れて行ってもらえないかしら。」
アマンダ先生は、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、俯き加減で話す。
「な・・・南米ーっ!」
その言葉に、真っ先に反応したのはミリンダだった。
「ど・・・どうしたんですか?
南米奥地のジャングルで、古代遺跡が発見されたとでも・・・?」
小学校の低学年を受け持っている先生だが、元々の専攻は古代史であったことを知っているミリンダが尋ねる。
「そ・・・そんなんじゃないのよ・・・、でも・・・、それに近いかな?
実は、大阪のロビンさんからの情報なのだけど、アメリカ大陸の生存者が発見されて、米軍の大部分が大陸へ戻って行ったのだけど、北米だけではなく南米の生存者たちも支援しようと、南北アメリカ大陸を再捜索しているらしいの。
すると、今週の始めに南米の密林の奥地に数人規模の集落があって、そこの人は魔法が使えるっていう情報が伝わって来たんだって。
魔物や野生動物に囲まれた、過酷な環境で生き残るために、魔法が使えるようになった、丁度北海道の釧路と似たような状況だったのではないかって言っていたわ。
しかも、そこでは魔法を人に与えているらしいのよ。
教えるのじゃなくて、与えるらしいの。
つい最近、実際にその土地へ行って、炎の魔法が使えるようになった人がいるらしいの。
まあ、1時的な効果だったらしくて、すぐに使えなくなったらしいんだけど、すごいでしょ?
そこへ行けば、私も魔法を使える様にならないかなって思ったのよ。」
緊急無線担当のアマンダ先生は、大阪やマイキーの国などから無線が入るたびに、それぞれの地区の担当者とあいさつを交わすようになり、それなりに親しくなったようだ。
大阪のロビンとも無線連絡を通じての仲なのだろう。
「それで、ハルに瞬間移動で、南米へ連れて行ってほしい・・・ということ?」
ミリンダが確認する。
「ええ・・・、ハル君は昨年初に竜神様に南米に飛ばされて、そこから南極まで歩いて旅したでしょ?
だから、南米なら大体のところまで瞬間移動で行けるかなって思って。
魔法効果が1時的だっていう事は、充分に判っているつもりなのよ。
でも、魔法が誰でも使える自然の力なんだって、信じることが肝心って習っているでしょ?
1時的にでも効果的な魔法が使えれば、心の底から魔法の力を信じることになれるんじゃないかと思って。
それが、魔法を覚えるための一番の早道でしょ。
だから、おねがい・・・、黄泉の国へ行って特訓するっていう話もどうやらすぐには無理みたいだし、歳を取ればそれだけ頭が堅くなって、魔法を信じることができにくくなるって言うし、私もこれが最後のチャンスじゃないかと思うのよ、ねっ、お願い。」
アマンダ先生は、両手を顔の前で合わせて拝み始める。
「はあ、いいですよ。
もしそれが本当なら、すごい事ですよ。
ミッテランさんだって、魔法力はすごいし魔法を教える技量はあるけど、人に魔法力を授ける事はできないだろうから。
うまく行けば、所長さんやジミー先生だって、魔法を習得できるようになるかもしれないですよね。」
ハルも少しは乗り気な様子だ。
「そう?助かるわ。
実をいうと、大体の場所は聞いて分っているのだけど、米軍も広い大陸中の生存者たちに当面の支援を行わなければならないので忙しそうで、とても手が回らないらしいの。
だから、こっちで行ってもらえたら助かるって、ロビンさんも・・・。」
アマンダ先生はそう言って舌を出した。
どうやら、大阪からの依頼もあったらしいのだ。
「面白そうね、あたしも一緒に行くわ。」
ミリンダも目を輝かし始めた。
「うーん、南米は永い時間かけて歩いたから、土地勘はある程度出来たし、釧路から1度で瞬間移動できる自信はある。
でも距離が遠いし、回数を重ねなければ、一緒に行けるのは1人までだね。
だから、ミリンダは一緒に行けないよ、ごめんね。」
ハルが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ええっ・・・そうなの?
ナンバーファイブさんはどう?南米は行ったことある?」
ミリンダは、すかさずナンバーファイブの方に向き直る。
「あたしは・・・、南極とここ、日本くらいしか知らないから・・・。」
ナンバーファイブは、少し恥ずかしそうにうつむく。
「ゴロー・・・は、行ったことがあるかもしれないけど、何千年も前の事なのよね。
それに、瞬間移動できないし・・・。」
ミリンダは残念そうにうつむき加減で首を振る。
「いやあ、いくらなんでも何千年てことは・・・、数百年ほど前かな・・・、行ったのは。
今でも蝙蝠になれば行けないことはないとおもうけど・・・、でも何週間かかかるよね。」
ゴローが後頭部を掻きながら、答える。
「悪いけど、今回はアマンダ先生と二人だけで行ってくるよ。
結果次第では、ジミー先生や所長さんたちも連れて行くことになりそうだし、ミリンダが行くのはその時にでもいいでしょ。」
「仕方がないわね、でもおいしい食べ物を見つけたら、必ずお土産に持って帰る事。
特にお菓子類は、その作り方まで聞いて覚えてくる事。
いいわね!」
「はいはい・・・・」
何とか、ミリンダの了承を得て、ハルとアマンダ先生が、週末の土曜と日曜を使って南米へ行くことになった。
翌日夕方近く、数日分の携行食を詰めたリュックを背負って、ハルが学校のグラウンドへ現れた。
南米との時差を考えて、このくらいと予想しての出発時間だ。
2人とも、昼寝をして十分に体を休めてから、来ると言う約束になっていた。
「おはよう、ハル君。
準備はいい?」
「は・・・はい、僕の方はいいですけど・・・、先生はその格好で行くのですか?」
迷彩柄でこそないが、ダークグレーの厚手のジャケットにズボンと、軍用の底の厚い靴を履いて来ているハルに対して、アマンダ先生はというと、ヒラヒラフリルの付いたスカートの薄手のノースリーブワンピースにレースの帽子、手にはバスケットを持っている。
「ええ、今日は早起きして、2人分のお弁当をこしらえて持ってきたのよ。
ハル君の好みが分らないから、サンドイッチとおにぎりの両方を準備して、おかずは鳥のから揚げとハンバーグと・・・」
ちょっとしたピクニックにでも出かけるような服装のアマンダ先生は、いい匂いのしてくるバスケットの蓋を少し開けながら説明する。
どうやら昼寝どころか、朝早くから2人分の弁当を作っていた様子だ。
「ああ、お弁当を作って来てくれたのですか、それはありがたいですね。
でも、その格好で南米のジャングルに行くのはちょっと・・・。」
ハルが申し訳なさそうに告げる。
「ええっ・・・そうなの?
さすがにヒールはまずいと思って、靴はスニーカー系にしてみたのだけど・・・、厚底靴の方がよかったかしら。」
総天然系のアマンダ先生は、ヒラヒラのスカートの裾を翻しながら、自分の格好を見直す。
「いえ、靴はそのままでもいいのですが、服装はもう少し動きやすい格好で、肌の露出も控えたほうがいいですよ。
南米のジャングルは、今はもう人の手が入っていないですから、蛭や蚊に悩まされますし、スカートよりズボンの方がいいかな・・・。」
ハルがやさしく指摘する。
結局、運動着に着替えてもらい、バスケットもリュックに取り換えることとなった。




