第7話
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ハルには淡い期待があった。
黄泉の国の中でどれだけ時間を過ごしても、現世への扉を使って戻れば、入った時と寸分たがわない時間に戻ってこられるのだ。
それがどういうことを意味しているかというと、出た後にすぐ黄泉の国へ入ると、前に入った自分と数分差で黄泉の国へ入ることになる。
つまり、前回入った自分に黄泉の国の中で出会えるはずなのだ。
話し相手のいないハルにとって、自分の分身であっても仲間ができることはうれしかった。
何よりも、人数が増えれば特訓の方法も広がって行くのだ、対戦訓練なども出来るだろう。
そんなことを考えながら、最初の特訓を終えたハルなのだったが、残念ながら前回の自分の背中を見ることは出来なかった。
入出時間をほぼ同時に修正してしまう、黄泉の国の設定上、こういった不合理が発生してしまう事は、すでに予想されていたのだろう。
なにせ、同じ時間軸に自分が何人も存在することなどできないのだ。
仮に、2回目にハルが入って1回目のハルに出会ったとすると、そのハルは1回目のハルとは別人なのだ。
なにせ、1回目のハルは2回目以降の自分とは出会っていなかったのだから。
では、1回目のハルはそれ以降に入ってくる自分たちと出会ったとすると、どうだったのか。
その出会う自分たちの回数分だけ繰り返し黄泉の国へ入り直すことになるのだが、団体での特訓の成果で自分は十分に力が付いたと、その途中で考えてしまったら、そこで黄泉の国へ入るのを取り止めてしまう。
すると、以降の自分はいなかったことになり矛盾が生じてしまう。
そうしなくても、今のハルには黄泉の国での事は記憶されてはいないのだ。
毎回変わらずに、黄泉の穴を目指すかどうか、未来が確定している訳はない。
そう言った矛盾が生じないように、アクセスする度に次元が変わっているのか、ハルは今回もたった一人で特訓を続けることになる。
しかし、今のハルには前回自分が考えていた、過去の自分に出会う期待もなく、また、これが2度目の特訓であることさえ分ってはいなかった。
それでも、吊り橋のダンジョンでは、多少の恐怖心は感じたが、それでも足の震えもだんだん収まってきて、踏板を冷静に見る余裕も出来てきた。
そうして最後には、普通の道を歩くかのように、揺れる吊り橋をすたすたと歩いて向こう岸へ辿りついた。
その他のダンジョンも同様に、短時間でクリアーして行き、最終ダンジョンでは、泳げなかったはずの自分に驚きながらも、何とかギリギリでクリアーできた。
「へえ、もう一度やってみようっと。」
ハルは調子に乗って、各ダンジョンを10回ずつクリアーしてから、地獄ステージで瞑想を重ね、またもや現世への扉を使って戻って行った。
そうした特訓を重ね、自分が通り抜けた回数が分るように、現世への扉の脇の柱に付けた傷が、8本目になるときには、黄泉の国の中でのことが現世への扉を使って戻っても引き継がれるまでになっていた。
10回目の黄泉の国での特訓では、吊り橋は全速力で駆け抜け、極寒ダンジョンも灼熱ダンジョンも、雷のダンジョンでさえも体の周りのオーラに包まれただけで、そのまま駆け抜けることができた。
針のむしろでは、靴が傷むので裸足のままでチタン板を使う事もなく、そのまま駆け抜けても何ともなくなった。
更に、風や地震にひるむことなく、また激流をものともせずに突き進んだ。
そうして、現世への扉を使って戻り黄泉の穴から出て来た。
数年分の修業を終えた感じだ。
「1日に10回までだったよね、黄泉の国へ入れるのは。
じゃあ、行こうかな。」
ハルの表情はすがすがしかった。
やれることはやったという満足感に支えられ、最終決戦地へ出向く。
そこは、竜神が倒され、ミリンダ達と離れ離れになってしまった、新大陸と数十キロの距離の小さな島だった。
ハルはそこへ一気に南極から瞬間移動した。
感知されることは承知の上だった。
案の定、遥か陽炎の向こうから無数の黒い粒がこちらに向かって飛んでくるのが伺える。
「ようし、やるぞ!」
ハルはその光景を遠目に見ながら身構える。
「うん?」
その時に、数メートル先の地面に光る丸いものがあるのが見て取れた。
「なんだろう。」
ハルがその光に呼ばれるようにして近づいて行く。
それは、綺麗な透き通った玉だった。
「あれ?封印の玉かな?
うーん、闇の王子のだったら怖いけど・・・、大きさがそれほどでもないから7聖人のだよね。
どうしようか・・・、トランさん以外の7聖人で封印された人には、あんまりいいイメージがないけど・・・。」
そう言いながらハルは少し悩んでいた。
恐らく、所長に頼まれて船室へ取りに行った封印の玉が入った箱からこぼれたものの一つだろう。
所長たちが全滅して、箱も破壊されて玉が散らばったという事は十分に考えられる。
それでも、封印したナンバーツーたちの事を考えると、封印を解くのに躊躇いがある。
まあでも、あの時とは事情が全く異なる。
海中から突然出現した、恐竜系民族による人類支配なのだ。
うまく説明できれば、協力してくれるかもしれない。
ハルは、玉の封印を解くことにした。
「なもはーじゃーらー・・・・・」
ハルが何度か聞いて覚えた封印解除の経を唱える。
しかし、何も起こらない。
「あれ、おかしいなあ・・・、既に魂が解放されて、誰かに憑りつこうとして出て行った後かな?」
ハルはそう言いながら、その玉に触ってみた。
ハルが南極まで歩いた時間を考えても、半年以上は優に経過しているはずだが、風雨にさらされたはずなのに全く曇りもなく、美しく輝いている。
すると、突然玉が光り出して、そこから大きな人が出現してハルの両手に乗った。
「あれ?僕ちゃんじゃない・・・、竜神の奴に封印されたはずだけど・・・、あたしのことが忘れられずに、封印を解いてくれたの?
ありがとう、チュッ!」
ハルに抱きかかえられたままの、爆乳でメイド服の女性は、そう言いながらハルの頬にキスをした。
ナンバーファイブだ。ハルは竜神が言っていたことを思い出した。
恐らく竜神が会わせたい人というのは、彼女の事だったのだろう。
彼女の封印を解くから、仲間に入れてやってくれと言いに来たはずなのに、恐竜人たちによる突然の征服宣言で大騒ぎになってしまった為、果たせなかったのだ。
更に、予期せぬ戦いにまで発展して、この地で竜神が果てる時に、誰かが触れば封印が解けるよう、仕込んでおいたのだろう。
「あ、あのー・・・、ナンバーファイブさん・・・。
僕はハルと言います。
それで・・・、」
ハルはナンバーファイブを下ろすと、彼女が封印された後、ミリンダ達に発見されて日本へ帰ったこと。
ナンバーフォー以外の7聖人たちと、闇の王子もミリンダ達と一緒に戦って、既に封印したことを告げた。
そうして、そのおかげでこの星の支配権を主張する者たちが、突然海中から湧いて出て来たことも・・・。
ミリンダ達仲間を失ってしまい、自分は黄泉の国で特訓を続け、力をつけて改めて戦いを挑もうと、この島へやってきたことを説明した。
「ふうん・・・、まだ若いのに、大変な経験をしたんだねえ、ハル君・・・。
中学2年で、間違いがないんだよね?
今日は・・・、おむつは付けていないのかな?
まあ、そんな趣味は、そのミリンダちゃんとかいう子と一緒の時だけしか行わないのかな?」
ナンバーファイブはそう言いながらじろじろと、ハルの体を見回す。
「おむつは、特訓の初日以外は付けていません、変な趣味とかいうのは持っていませんからね!
今は進級して、中学3年です。でも、半年近く学校へは行けていませんけど・・・。
それに、ミリンダとは・・・ただの幼馴染で・・・、本当はミリンダの方が3っつ年上で、でも、鋼鉄化で3年固まっていたから同い年ってことで良いって・・・、た・・・ただの友達で、変な関係じゃありません!」
ハルは、ナンバーファイブの質問に、不満たらたらに頬を膨らませながら答える。
「あれ、怒っちゃった?
ごめんごめん、封印を解いてくれたっていうのに、本当にごめん。
でも・・・、そのミリンダって子と本当に仲がいいんだね、さっきからハル君の話の中に、何回も出て来るもんね。」
ナンバーファイブは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらハルの顔を覗き込む。
「で・・・でも、そのミリンダが・・・、いや、ミリンダだけじゃなくって、ジミー先生にミッテランさんに所長さん、ホーリゥさんやゴランさんにネスリーさん・・・、マイキーさんたちだって・・・、みんなみんな・・・」
ハルの頬を大粒の涙が伝い落ちる。
「ストーップ・・・、ハル君の仲間たちとこの島へ来て、その恐竜人たちとの戦いになった。
でも、ハル君は途中から竜神に跳ね飛ばされて、遠くの大陸へ飛んだ。
だから、仲間たちがどうなったのか、見てはいないんでしょ?
だったら、絶対に死んだなんて考えちゃ駄目よ!
みんな死んでしまったから、そのかたき討ちだなんて思って、たった一人で絶対に負ける戦いを挑もうとする。
それが今の僕ちゃん・・・、ハル君の姿だよ。
こんな島に一人でやってきて、それでどうかなると思っていた?
瞬間移動だって、あんな蜃気楼みたいに見える陸地じゃ、行けないよ。
飛んでくるもの魔法で叩き落して、それで憂さ晴らしでもしようっていうの?
それじゃ駄目だね、もし仮にハル君の仲間たちがやられて、天国でハル君を見守っていてくれたとしても、絶対にハル君にそんなことをしてほしいなんて望んでいないと思うよ。」
ナンバーファイブは、少し屈んでハルと目線を合わせながら、やさしく微笑みかけた。
「だ・・・だって・・・、他にどうすれば・・・。」
ハルの大粒の涙は止まることがない。
久しぶりに人と出会い話をすることで、押さえていた感情が一気にあふれ出したようだ。
「うーん・・・。」
ナンバーファイブは腕を組みながら、そうして遥か彼方に見える大陸の様子を眺めた。
「ハル君は、今南極から来たって言っていたよね。
あたしを連れて、もう一度南極まで戻れるかな?
あたしは、この島の位置関係が分らないから、瞬間移動できそうもないから。」
「そ・・・、そりゃ、出来ないことはないけど・・・。」
ハルは、ごしごしと涙を服の袖で拭いながら答える。
「じゃ・・、じゃあ、そう言う事でよろしく。
なんか変なのが一杯飛んできたから、急いでね。」
そう言いながら、ナンバーファイブはその体をぴったりとハルの体に押し付けてくる。
しぜんと、その胸がハルの肩から顔にかけて当たり、暖かさと柔らかい感触が伝わってくる。
ハルは、顔を真っ赤にしながらも、何ともない風を装おうと顔を反らしたが、ナンバーファイブの言うとおり、銀色の球体と円盤が一団となって飛んでくるのが見えた。
「わ・・・、分りました。」
次の瞬間、ハルたちは中空へ掻き消えた。
「あー、懐かしの我が家・・・。」
ナンバーファイブは、南極基地に着くなり、懐かしそうに目を細めた。
そうして基地の中へ入って行くと、奥へ進み何かごそごそとやっている。
ハルは、広間で一人彼女が戻ってくるのを待っていた。
戻ってきた彼女は、大きなスーツケースを2つも抱えていた。
「へっへえー、あたしの着替え・・・、と言ってもほとんどがメイド服の替えだけどね。
はい、食料・・・、ハル君は持っていた方がいいよ。」
そう言いながら、傍らの段ボール箱から缶詰を取り出してハルに手渡してくれた。
「遭難者が来た時の為にって言って、ナンバースリーがいつも缶詰を出しては溜めていたんだよ。
あたしは鬼の力で何でも出せるけど、ハル君はそこまでの力はないでしょ。」
「あ・・・、ありがとうございます。」
そういえば、日本から持ってきた缶詰はとっくに無くなっていたのを思い出した。
黄泉の国では、別に食べなくてもよかったので、持っていた干し肉が無くなってからは、何も口にしていなかったのだ。
黄泉の国で食べても現実世界の物は無くならないので、その干し肉は少しカバンに残っているのだが、食べるのは忘れていた。
お腹が空いているのを思い出したので、干し肉を少し噛んだ。
「う・・・。」
肉のうまみが口中に広がり、なぜか涙がまた流れ出す。
久しぶりに、食べるという人間的な感覚が戻ったからだろうか・・。
「ふーん、大分無理をしていたんだねえ・・・、よーしよし、えらかったねえ。」
ナンバーファイブが、そんなハルをぎゅっと抱きしめる。
巨大な胸のふくらみが、何ともふわふわで心地いい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何時の間に寝てしまったのか、ハルはいい匂いと、ふわふわと空中に浮いているかのような心地よい感覚に包まれながら、ふと目を覚ました。
「ふぁっ!」
ハルは驚いて飛びのく。
そこは、ナンバーファイブの膝の上で、彼女の胸に顔をうずめたまま眠っていたのだ。
「ご・・・ごめんなさい。」
ハルは恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めた。




