第64話
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「まあまあいいじゃないの、物事には、なんにでも例外ってことはあるのよ。
この小槌だって、いつもはあたしが鬼の能力で仕舞い込んでいるから、地球上には存在しないことになっているので、問題はないのよ。
あれば便利でしょ、こういった時に役立つから。」
ナンバーファイブは、平然と答える。
「ま・・・まあ、そう言ってしまえばそうだけど・・・。」
ハルは尚も納得できていない表情だ。
「いいじゃないのよ、男の子なんだから、小さなことをぐじぐじ言わない。
ほら、並んで。」
ナンバーファイブは、ハルとミリンダ、ゴローを横一列に並ばせる。
そうして、3人に向けて小槌を振ると、見る見るうちに視界が下方に移って行き、ナンバーファイブの腰のあたりで止まった。
「一度に小さくしてしまうと、小さくなったハル君じゃこのサイズの小槌を振れないから、交代で小槌も小さく出し直しながら、小さくなって行くのよ。」
そう言って、ナンバーファイブは小槌をハルに手渡し、半分のサイズになったハルは机の上に昇って、今度は彼女に向けて小槌を振るう。
交代でお互いを小さくして行き、ついにはポックル達と同じ、人差し指サイズにまで小さくなった。
そうして、小さく出し直したスーツケースに小槌を仕舞い込んで、さあ準備は整った。
「お前たちすごいな・・・、神か?神の使いか?」
「そうだべさぁ・・・。」
「そうだべさぁ。」
ポックルたちが、その様子を見ていて、驚愕の表情で尋ねてくる。
「違うよ、僕たちは普通の人間。
これは鬼の能力って言って、元々は地球上を支配していた、恐竜人たちの神器を出したり消したりできるんだよ。
ウチーデノコヅーチって言って、人を大きくしたり小さくしたりできる、装置なんだって。
本当は、全て壊してしまったはずで、地球上に存在していないものは出せないらしいんだけど、彼女がこっそり持っていたものだから・・・。」
ハルが、バツが悪そうに答える。
「なんかわからんが、小さくなれたのは良いべ、これで一緒に行けるべさぁ。
じゃあ、行くべ。」
あまり深く物事を考えないのか、ポックルはそのままハルの部屋の隅の方へと駆けて行った。
そうして、角の板の合わせ目の隙間へ入って行く。
丁度、ポックルサイズの細い隙間ができているみたいだ。
「こんなところに・・・、道理で、冬になるとどこからか冷たい風が入ってきて、冷えると思っていたよ。
ここに隙間があったんだ・・・。」
この部屋に長年住んでいるハルも知らない隙間を通って、ポックルは尚も進んで行く。
ハルの家の外へ出ると、そこは身の丈をはるかに超える草木が密集して生える、まさに密林だった。
「ひえー・・・、このところ忙しくて、草むしりもしていないから、雑草が伸び放題だ。」
ハルが、反省しきりに呟く。
そうして草をかき分けて、何とか進んで行く。
「次は少し歩きやすくはなるが、落とし穴がいくつもあるから気を付けて進むんだぞ。」
ようやく庭を抜けると、ポックルが振り返って指示を出す。
通りに出て石畳を進むと、目の前には突然切り立った崖が・・・
「こっちだ、こっちへ回り込んで進むんだべさぁ。」
大きく右方向へ進んでいるポックルが、後ろのハルたちに呼びかけてくる。
ポックルの方向へ針路を変えると、段差の幅が狭くなっているので、そこを飛び越えて進んで行くようだ。
「道路わきの下水の側溝の上のコンクリートの蓋だね。
ブロックごとにある手を入れる隙間なんて、普段は意識しないで通っているけど、このサイズだと結構大きな障害になるんだね。」
ハルは、すぐ横の深い隙間を眺めながら、遅れないように駆けだしたが、更に目の前には巨大な障害物が。
「鈴木さんちの、お花栽培用のプランターだね。
これじゃ通れないよ。」
ハルたちが、自分たちの何倍もの高さがある、巨大な植木のプランターを見上げる。
「こっちだ、ここを登る。
少しは安全に進めるが、途中に猛獣がいることがあるから気を付けろ。
寝ている隙に、声を出さずに通り抜けなければ、食べられてしまうべ。」
ポックルは、すぐ脇の塀にしがみついていた。
そうして、木の表面のとげやくぼみに手足をひっかけて、すいすいと登って行く。
ハルたちは、飛行能力で塀の上まで飛び上がった。
そうして、ポックルの後を追って塀の上を駆けて行く。
そこには毛むくじゃらの巨大な物体が・・・、
「鈴木さんちのミケじゃない・・・、暖かくなってきたから、外で寝ているのね。」
「すぴーすぴー・・・、んみゃっ・・・・にゃーご」
名前を呼ばれたミケは、反射的に飛び起きる。
「ばかっ・・、だから、静かに通れと・・・。」
そおっとに猫の体の上を通り抜けようとしていたポックルの仲間の一人が、ミケの前足に捕まり、もてあそばれはじめた。
「こらっ、ミケ、よしなさい。」
ミリンダが、そんなミケに対して、毅然と命じる。
「みゃー・・・みゃー・・。」
ミケは、ミリンダの言葉が分るのか、小さくなったミリンダを不思議そうに見つめながら4つ足で立ち上がった。
「今のうちに進むのよ。」
ハルたちは急いでミケの下を通り抜ける。
「おまえ、すごいな・・・、神か?神の使いか?」
ポックルが、感心したように振り返ってミリンダを見つめる。
「だから、違うわよ、ただの人間。
いつもここを通るたびに、かわいがって頭を撫ぜてあげているから、なついているだけよ。
さっ、早く行くわよ。」
ミリンダの号令で、再スタートだ。
塀の終わりの所で地面へ降り立ち、延々と続く真直ぐな道をひたすら駆けて行く。
「次が最大の難関だ、ケルベがいる・・・、恐ろしい魔物だべさぁ。
恐ろしく耳が良いから、そっと通り抜けようとしても、気づかれてしまうべ。
だから、ダッシュで駆け抜けろ、捕まったら命はないだべさぁ。」
ポックルは振り向くと真剣な表情で告げる。
「ぐるるるー・・・・」
その先には、うなり声をあげる巨大な影が・・・
「斉藤さんちのケンタじゃないか・・・、ケンタ、おとなしくしていて。」
ハルが、果敢にもその巨大な影の前に立ち、両手を大きく広げて命じる。
「くんくんくんく・・・きゅーん・・・。」
ケンタは、自分よりはるかに小さな人影の匂いを嗅ぐと、すぐにおとなしくなった。
「はっはっはっ・・・・、べろん・・・」
「うゎっっぷっ・・・、さっ、今のうちに。」
ハルの後ろを素早くポックル達が通り過ぎる。
「お前すごいな・・・、身を挺してポックル達をかばってくれたべ。
食われたべ?・・・、食われたのに生きているべさぁ・・・すごいな。
神か?神の使いか?」
ポックルが、またまた感心したように、ずぶ濡れのハルの姿を見つめる。
「食べられたんじゃないよ、舐められたの・・・、歓迎の挨拶だよ。
でも、大きな舌だったから、体中べとべとだよ・・・。」
ハルはそう言いながら、顔をしかめた。
「これで地上ではもう危険な場所はないべ。
先を急ぐぞ。」
そう言ってポックルは尚も走り始めた。
長い道のりを駆けて行き、やがて地面が露出した広い場所にたどり着いた。
「ここは、学校手前の公園だねえ・・・。」
ブランコや、シーソーなどの遊具を抜け、公園の奥の木立の中へと入って行く。
「ここだ・・・」
ポックルは、公園の端にあるオニグルミの木の根が地表に浮き出たその隙間へと入って行く。
どうやら、その先は空洞になっている様子だ、ポックルの仲間の小人たちも後に続く。
つられて、ハルたちも中へ入って行く。
「暗いね・・・、何か灯りが欲しいよ。」
その中は、真っ暗だった。
それまでは、夜とはいえ月明かりがあったので、ぼんやりとではあったが、皆の姿を確認することができたが、その明りも射し込まない空間では、右も左もわからない。
「こっちだ・・・、こっちへ進むんだべさぁ。」
ポックルの声のする方向へ、手探りで障害物にぶつからないように、恐る恐る進んで行く。
下り傾斜の道を少し歩くと、目が慣れて来たのか、段々と周りに居る皆の存在が分るようになってきた。
ポックル達の後を、ハルたち4人が早足でついて行っている。
そうして辿りついた先は、地底湖といえるような大きな湖だった。
遥か上の方は地上と通じているのか、ほんのりと薄明りが漏れてきていて、水面が碧く輝いている。
「この先だ。」
「えっ・・・この先って・・・?」
ポックルの示す先は、湖の遥か沖合だった。
「これに乗って行くべ。」
ポックルは、湖の周りの蕗の茎に抱き付くと、全身で持ち上げ根ごと摘んだ。
そうして、それを水面に浮かべると、大きな蕗の葉の上に乗りこむ。
「へえ、便利ねえ・・・、蕗の葉の船ね。」
ミリンダが感心しながら葉の上に乗りこみ、ハルたちも後に続く。
蕗の葉の浮力はとても大きくて、ハルたちが乗ってもびくともしない、そうして、蕗の葉の船は静かに湖面を進み始めた。
穏やかな水面をゆっくりと蕗の葉は進んで行く。
「体を低くして、何かに捕まれ。落ちるな。」
ところが、蕗の葉の進んで行く先は、大きな渦の中心の様だった。
「きゃーっ」
悲鳴と共に葉ごと渦の中に飲み込まれていく。
「・・・・・・・・・、うん?」
暫くして、気が付いたハルが辺りを見回すと、そこは花畑の中だった。
「う・・・うーん、ここはどこ?」
ミリンダやナンバーファイブ達が次々と目を覚ます。
「気が付いたか、ここ、ポックル達の国。」
地底湖の渦にのみ込まれたはずなのに、日が差し込んできているかのように明るいが、色の無い灰色の世界だ。
そこには、たくさんの小人たちが暮らしている様だ。
あるものは、牛の様な大きさのバッタにロープを付け、その先の大きなクワで畑を耕していて、またあるものは雀の背中に乗り空中を自由に飛び回って種をまいている。
みんなポックルのようにおかっぱ頭で、袖口の広い着物を着ている。
「へえ・・・、こんなところがあったんだ。
ここって、地下なのかな?」
ハルが珍しいものを見る様に、きょろきょろと辺りを見回す。
上空を見上げても、太陽など見当たらないが、空全体が明るく光っている。
「ついて来い。」
ポックルはそう言うと、灰色の丘を歩き始め、ハルたちもその後について行く。
畑の脇の古びた井戸の前でポックルが立ち止る。
「この井戸は、止水鏡といって黄泉と現世を繋ぐ井戸だべさぁ。
ここから黄泉が見える、見ろ。」
井戸の中を覗き込むと、なぜかそこは赤茶けた大地で、枯れ果てた草木が続く砂漠の様な荒れ地だった。
目線を変えながら、その先を見て行くと、巨大な細長い影がうごめいていた。
その影は、悲しいのか何度も何度も泣き叫んでいるように見えた。
よく見ると、体中を幾重にもロープでくくられていて、その端が地面に杭打ちされている。
身動きできないように、がんじがらめに縛られているようなのだ。
「あ・・・あれって・・・。」
「そ・・・そうよ・・・。」
ハルもミリンダも、その姿を見て絶句した。
その懐かしい姿を見ていると、自然と頬を涙が伝ってくる。
「ポチ・・・ポチじゃないの・・・、やっぱり生きていたんだね。ポチーッ!」
「竜神様ー、大丈夫ですかーっ、どうすれば、そのロープから抜けられますか?」
ハルもミリンダも、あらんかぎりの声で呼びかける。
しかし、ハルたちの声は届かないのか、竜神はただ苦しそうに、もがいて叫んでいるだけだ。




