第62話
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『お疲れ様でした、さようなら。』
「授業中も眠そうにしていたけど・・・、一体どうしたっていうの?」
魔法学校が終わった後、今日もミリンダが心配そうにハルの顔を覗き込む。
いつもなら、退屈な現国の授業は居眠りの時間なのだが、辛そうにしているハルの事が気がかりで、おちおち寝ても居られなかった様子だ。
「な・・・何でもないんだ・・・。本当に。」
ハルは、大きく首を振って答える。
「何でもない訳ないでしょ?そんな眠そうな顔して。
話しなさい!」
そんなハルに対して、ミリンダが厳しい口調で問い詰める。
「じ・・・じゃあ話すけど・・・、絶対に笑わないでよ・・・。
何かわからないんだけど、寝ていると耳元で何かを囁いてくるんだ。
何を言っているのか、よく聞こえないんだけど、どうする、どうするって言っていたような・・・。」
ハルが、仕方なしにうつむき気味に答える。
「へっ?寝ている時・・・って・・・、夢じゃないの?
どうせ変な夢を見て、眠れなかったって言うんでしょ。あっきれた・・・。」
その答えを聞いて、ミリンダが拍子抜けしたように、大きく口を開けたまま絶句した。
「まあまあ・・・、ハル君もお年頃なんだから、変な夢を見て興奮して眠れなくなることもあるわよ。」
横に居たナンバーファイブも、ほっとしたように笑顔を見せる。
「だから、言いたくないって言ったのに・・・。」
折角勇気をふるって打ち明けたのに、あまりの態度に、ハルが頬を膨らませる。
「なあんだ・・・、心配して損したわ。じゃあね、また明日。」
面白そうな展開を期待していたと見えるミリンダは、がっかりしながらグラウンドを後にする。
「あっ、待ってくれよ、一緒に帰ろう。」
その後をゴローが追いかけて行く。
「どうせ夢だろうって言われて馬鹿にされるから・・・、だから・・・。」
ハルが、その後ろ姿を恨めしそうに眺める。
「じゃあ、あたしたちも帰ろう。
あんまり変な夢を見て眠れなくなったら、一人で悩まずに相談してね、力になってあげる。」
ナンバーファイブが意味深な笑みを口元に浮かべる。
「そ・・・そんなんじゃないですよ・・・、本当に耳元で何か声がしたような気がして、眠れないんですから。」
ハルは耳たぶまで真っ赤に染めて、彼女たちの考えを否定した。
「竜が泣いているぞ・・・、どうする・・・どうする・・・」
その後も眠ると、声が聞こえてくる日々が続いた。
そうして週末、ほとんど寝ていないハルは、日に日に目に見えてやつれて行った。
「もう・・・、本当に重症ね・・・。
まだ夢の中で、誰かが囁きかけて来るの?
なんて言っているか、分って来た?」
夢と分ってばかばかしくなり、あまり気にしないつもりでいたミリンダだったが、ついに堪らなくなってハルに問いかけてきた。
目の下のクマがはっきりと分るくらい、衰弱しきっている様子だ。
「う・・・うん・・・、誰かがずっと耳元で囁いているんだ・・・。
何人かの子供たちの声で、どうやら竜が泣いているって言って、どうしよう、どうしようって言っていたみたい。
その度に夜中に何度も起きて明かりをつけてみるんだけど、誰も居なくて・・・、もう一度寝なおすのだけど、少し経つとまた、泣いている竜をどうすればいいかって、ずっと耳元で声がするから、寝ていられないんだ。
というか、あれが夢なら、僕は寝ているはずだから、眠くはないはずなんだけど、実際には眠不足の感じで、とても眠い。ふあー・・・。
ようやく日が昇り始めたころに静かになるから、ほんのすこしだけ眠れて・・・朝ごはんも食べずに寝ていたいのだけど、おじいさんが健康に良くないからちゃんと食べて、そして学校へ行きなさいって・・・、だから、このところ朝は遅刻しそうなくらい、ぎりぎりの時間に・・・。」
ハルが充血した両目を辛そうに擦りながら話す。
「ふうん・・・、竜が泣いているねえ・・・、一体何の事?」
予想もしない答えにミリンダが、いつものように巻き髪をクルクルと指で回しながら、不思議そうに尋ねる。
「うん・・・、恐竜人さんたちの事かなあ・・・、でも、みんな大陸を耕すのに一生懸命に働いているはずだし、泣いている恐竜人さんはいないと思うけど・・・。」
ハルも、訳が分からないとばかりに首をひねる。
「そうね、ミライさんに聞いてみたら?
いつも泣いてばかりのお仲間はいませんか?って・・、もしかしたら、トラちゃんと潜入する時にトラちゃんが殺して乗り移った、ザッハっていう人の家族のアカミさんか、その子供のチュートロちゃんかも知れないわね。
あの人たちには、本当に申し訳ない事をしたって、今でも思っているもの・・・。」
話を聞いていたナンバーファイブが、少し気まずそうにうつむく。
「でも、その人なら、仲間の恐竜人たちが人間と恐竜人との戦争時の事だから仕方がないって、説得してくれたんでしょ?
だから、今では恨みもなしってことに・・・。」
ミリンダが、そんなことはないだろうと、遠慮気味に否定する。
「う・・・うん・・・、一応、そうはなっているけどね。
でも・・・、なかなか人の気持ちは、そうやって簡単には割り切れないものだから・・・。
それに他にもあの戦いで、犠牲になった恐竜人の家族の人たちも居るはずだし、そう言った人たちの可能性もあると思うのよ。
なにせ人間側にも、恐竜人側にもお互いに犠牲者が結構多く出た戦いだったものね。」
ナンバーファイブは、尚も難しそうな顔で答える。
トランとナンバーファイブ・・・、トン吉と共に敵であった恐竜人基地に潜入して、様々な情報を収集して、人類を勝利に導いた立役者たちだ。
しかし、その中心的存在であったトランは、戦いの中で犠牲となり、果てたのであった。
ナンバーファイブだって、悲しみに暮れて泣きつづけたい気持ちは今でもある。
それでも、前を向いて歩き始めると決めたのだ、ハルやミリンダという新しい仲間たちと共に。
「う・・・うん・・・、でも、夢で竜が泣いているって聞いたから、恐竜人の中に泣いている人いませんかって、ミライさんに聞くのも変な感じだよね。
それに、ミライさんの仲間の恐竜人の方だったら、そりゃ調べるのも簡単かもしれないけど、もしかして小さい方の恐竜人だったら、ちょっと無理と思うよ。
なにせ、小さいけど1億人もいるって言っていたから、一人ひとり調べて回るなんて、とても無理だよ。」
ハルがため息をつきながら、首を振る。
「いや、何としても寝不足の原因を探るのよ。
こんなこと、来週も続いたら大変でしょ?
丁度週末だから、明日はミライさんの所へ行くわよ。」
ミリンダが、突然張り切りだして、恐竜人たちが住む新大陸へ向かう事となった。
(来週からは元気になって、ちゃんと授業に参加してもらわなくちゃいけないわ。ハルの元気がないと、ジミー先生はあたしを当てるから、おちおち寝ていられないのよ・・・。)
ミリンダは、ハルに元気を取り戻してもらおうと、必死の様子だ。
ナンバーファイブが新たにクラスメイトとして入ってきたとはいえ、やはり、正規の高校1年生はハルとミリンダだけなのだ。
1000年以上生きているゴローや、20歳近いナンバーファイブは、同じ教室で授業を受けてはいるが、ジミーも質問を当てにくいようだ。
だから、早くハルが元気になって、質問の度に元気よく手をあげるようになってもらわなければ、ミリンダの負担が増えるのである。
翌朝、校庭へ集合したハルたち4人は、一瞬で中空へと掻き消える。
あれから何度も行き来した新大陸、今では中継地点なしに瞬間移動できるまでになっていた。
「へえ、石が転がっていたり、どろどろの沼地だったような土地が、きちんと整備されて道も出来てきて、更に田んぼや畑も出来て、随分と綺麗になって来たわね。」
久しぶりとはいえ、まだ1ヶ月も経過してはいないと言うのに、随分と様変わりした様子だ。
碁盤目状にまっすぐな道が辻ごとに交差し、美しい条里制を形作っている田畑の先には、これまたきれいに区画分けされた土地に整然と建物が立ち並んでいる。
既に、地上に家を建築して住み始めている様子だ。
そのはずれの広い場所には、ブランコやシーソーなどの様々な遊具が並べられ、恐竜人の子供たちが元気に遊んでいるようだ。
その様子を嬉しそうに眺めている、ブタ面の魔物が居た。
「トン吉さん、随分ときれいな街になったね。」
ハルがその魔物の所へと駆け寄って行く。
「これはこれは、ハル坊ちゃんにミリンダ嬢ちゃんとファイブさんとゴローさん、お久しぶりです。
恐竜人たちの科学力っていうやつは、本当にすごいですよ。
自然を壊すことなく、うまく利用しながら住みやすい環境に整えて行く。
あっしも最初のうちは力仕事なんかで重宝されましたが、恐竜人たちの道具が自由に使えるようになってからは、お役御免となり、今では子供たちのための遊具づくりがもっぱらの仕事でさぁ。」
トン吉は、頭を掻きながら笑った。
恐竜人たちの生活が確保されるまでは、この地に残って耕作や建築の手伝いをする予定だったのだが、次元金庫が自由に使えるようになり、恐竜人たちの科学力の粋を集めた各種装置が使えるようになってからは、仕事が激減したようだ。
それでも、恐竜人たちと人間と魔物達との共同生活の為の橋渡し役として、この地に残ってくれているようなのだ。
「うん、でも子供たちがすごく喜んでいるようだから、トン吉さんもやりがいがあるね。」
そう言ってハルも笑顔で返す。
「へい、そうですね。あっしも子供たちの笑顔を見るのが楽しみで、所長さんにも色々と話をお聞きして、遊び道具を紹介してもらっては作っております。
それはそうと、本日はどういったご用向きで?」
トン吉は、突然現れたハルたちの、訪問の意図が分らず首をかしげた。
前回別れてから、何週間も経過してはいないはずだ。
「うーん、ちょっと夢に関する事なんだよね・・・。
ミライさんはどこに居るか分る?」
ハルが少し恥ずかしそうに尋ねる。
「へい、ミライさんでしたら、きっと今頃次元通路にいらっしゃるはずですよ。
近々目覚める、分隊の準備に取り掛かるって言って見えましたから。」
「そう、ありがとう、じゃあ、行ってみるよ。」
そう言い残して、4人はそこから少し離れた巨大な穴の所へ向かう。
深さ百メートルはあるだろう、円盤の発着用の穴だ。
飛行能力を使って、その穴を下りて恐竜人たちの基地内へ入って行く。
発着場から通路を通って次元通路へと向かう。
細長い通路の手前に大きな体の恐竜人の姿があった。
「ミライさん、お久しぶりです。」
ハルが代表して元気な声で挨拶する。
「おお、ハル君たちか・・・、2週間ぶりだねえ。
今、今週末に目覚めさせる、第3分隊の受け入れ準備をしているところだよ。
第1分隊のリハビリが終わって、業務についてくれたから、ようやく一段落だ。
それでも、冷凍睡眠から目覚めさせる作業は継続するのだが、全分隊を目覚めさせたら、今度は君たちを見習って、学校づくりを始めようと思っている。
所長さんにお願いして、数学や科学などに関する教材を提供してもらうつもりだ。」
ミライも笑顔を見せる。
2週間前までは寝る間もないほどに忙しそうにしていたのだが、目覚めさせた分隊が業務を分担し始めたので、多少の余裕は出てきたのだろう。
表情も心なしか明るい様子だ。
「へえ、学校を作るのですか、いいですね。」
学校と聞いて、ハルが敏感に反応した。
「ああ、我々は家族も一緒に冷凍睡眠を重ねながら交替で目覚めていたのだが、冷凍睡眠の最初と最後の浅い眠りの時に、睡眠学習で知識を詰め込まれていたから、学校というものがなかった。」
「睡眠学習?学校がない?」
ミライの言葉に、ミリンダの目がきらりと光る。
「しかし、睡眠学習の内容というのは、外からでは判らないから、あのチビ恐竜人たちの都合のいい歴史を学習させられ、信じ込まされてきたようだ。
それは、我々の父母や祖父母や更にその前までにも遡り、継続して作られた歴史を学習させられていたようだ。
だからこそ、侵略され奴隷のように扱われていた我々が、何も疑問を持たずに数千万年間もの長きにわたって、地上の監視業務を行っていたと言える。
もしかすると、最初は我々の民族の方が力はあったのかも知れないが、睡眠学習という便利なものを提供されて行っているうちに、チビ恐竜人たちの都合のいいように、記憶を書き換えられていったのかも知れない。
要するに睡眠学習といいながら、ていのいい暗示というか刷り込みだな。
子供たちにはチビ恐竜人たちが仲間で、彼らの方が上の立場なのだと繰り返し教え込まれ、それを信じるようになって行ったと考えられる。
そうして代替わりと同時に、彼らと我らの立場が逆転する、しかも一滴の血も流さずに、いつの間にか立場が入れ替わったという訳だ。
だからこそ我らが民族の紙の歴史書にも、侵略戦争などの記録もないし、戦いがあった痕跡すらも見いだせないのだろうと今では推測している。
寝たまま勉強するなんて、楽をしようとするからそこに付け込まれたという訳だ。」
ミライがあまり感情を表さないよう注意しながら、淡々と告げる。
一瞬、大きな期待を寄せたミリンダだったが、ミライの言葉にがっくりと肩を落とす。
「でも、学校へ通えば友達もたくさんできるし、かえってよかったですよ。」
そんなミライをハルが励ます。




