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もう平和とは言えない冒険の書  作者: 飛鳥 友
第1章 恐竜人編
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第6話

                      6

 暖かな基地の中で十分な休息を取ったのち、大みそかの朝に黄泉の穴を目指して出発する。

 黄泉の穴は基地からさほど距離はなかったはずだ。

 切り立った崖の中腹にぽっかりと開いた穴へ、ハルは飛行能力でふわりと浮いて入って行く。


 真っ暗な闇の中をひたすら進んで行くと、やがて明るくなってきて、更に少し進んで行くと切り立った崖に渡された、細いつり橋へ辿りついた。


「ダロンボさん、トロンボ・・・誰かいませんか?」

 ハルが、絶壁の縁から大声で叫ぶ。


 普段なら、遥か上方から返事が返ってくるところだ。

 ところが、何の反応もない、やはり鬼たちは全てこの黄泉の国から引き揚げたのだろう。

 今、ここに居るのはハルだけなのだ。


 ハルは意を決して、先へ進もうと改めて目の前にある吊り橋を眺めた。

 何十年も前から使われ続けていたかのように、吊ロープは毛羽立っていて、元の半分も太さがないのではないかと思われるほど、糸がほどけてはみ出している。


 踏板はというと、遥か下が見える程隙間だらけで、油断していると足を踏み外しそうだ。

 ハルは慎重に一歩を踏み出した。

 飛行能力で飛んでいくことも出来るし、何度も来ているので、向こう岸まで瞬間移動だって出来る。

 しかし、それでは意味がない、今回は特訓に来たのだ。


 かつて、ミッテランの指導の元、様々な制限を付されながら森の中でたった一人で生活させられたように、困難な環境で極限にまで追いつめられるような状況に持っていかなければならない。


「ひえー、揺れるよー。」

 ハルは、吊ロープを掴んでいる両手に力を込めて、何とかバランスを取りながら、ようやく進んで行った。


 腰が引けているので、普段の半分も歩幅が広がらず、なかなか先へ進んで行かない。

 別に高所恐怖症という訳ではないのだが、やはり底から巻き上がってくる風が、時折吊り橋を大きく揺らすたびにビビッて立ち止まってしまう。


 それでも何とか突き進み、ようやく向こう岸が見えてきた。

 それからは素早かった、早足で駆ける様にしてつり橋を渡りきった。

 まだ、膝がガクガクと言っている。


「ふぇー、やったあ。

 今日は、ここまでにしようっと。」

 ハルはそう言うと、カバンから勉強道具を取り出して、自習を始めた。


 さすがに、ジャングルや野生動物の横行する草原では、休憩時間でも緊張していたから、勉強はまともには出来なかったので、久しぶりに教科書を広げることができたのだ。

 更に、うれしい事に今の南極は白夜なので、夜でも暗くなることはない。


 ハルは夜遅くまで、一生懸命問題を解いていた。

 夕食は、これまでに仕留めてきた野鳥や水牛の干し肉を火であぶって食べ、これからの計画を練りながら眠りについた。



 次は、一面銀世界の極寒のダンジョンだ。

 言ってしまえば、入って来た南極とさほど変わらない・・・、いや、南極の方が場合によっては厳しいかもしれない・・・とか考えながら、ハルは薄着のまま歩き出した。


 オーラに守られているせいか、不思議と寒さもそれほど厳しくは感じることもなく、そのまま歩き続けた。

 しかし、さすがに距離が長い、果てしなく続く極寒の雪原は、容赦なくハルの体温ばかりか体力までも削って行く。

 時折突風が吹きつけてきて、堪らずハルは蹲って炎の魔法を足元に発してみた。


「ふえー・・・、こう言う時はゴランさんやホースゥさん、ホーリゥさんたちの光の障壁魔法が欲しくなるね。

 炎の魔法を使うと、一瞬はあったかいけど、下手すると服が燃えちゃうから危険だし、長続きもしない。

 ミリンダみたいに炎系の環境魔法を温風にできればいいんだけど、とてもすぐには出来そうにないし・・・。


 やっぱりここは光の魔法系で・・・、えーと・・・、こうだったかな?

 障壁!!!」

 ハルは、両手を大きく広げて唱えるが、何も起こらない。


「うーん、やっぱりだめかあ。

 仕方がない、体力が続く限り走ろう。」

 そう言ってハルは、ゆっくりと走り出した。


 走ることによって、体が温まるし、何より今のハルにとって一番必要な、体力をつけるのに役立つだろう。

 なにせ、今までならハルやミリンダのような魔法担当と、ジミーやトン吉、飛び太郎たちのような怪力で体術を供えたメンバーと共に戦っていたので、役割分担は明確になされていたのだ。


 ハルたちは、魔法でのみ活躍すればよかったし、敵からの魔法攻撃はゴランやホースゥ、ホーリゥが守ってくれて、物理攻撃はジミーや魔物たちが防いでくれた。


 ところが今は、ハル一人だけなのだ。

 たった一人であの強大な敵たちと戦って行こうとしている。


 その為、ここへ来る途中でも、所々すきを窺えば目線の先まで瞬間移動することは可能だった。

 高い山や丘に登って、眼下の平野へ瞬間移動で降りるという事を繰り返せば、もう少し早く到着できただろう。

 しかし、ハルはそうしなかった。


 まずは、体力増強と決め、極力自分の足を使って進むことに決めたのだ。

 当然、靴はすぐに履きつぶしてしまうことが予想されたため、最初に倒したアナコンダの皮を割いて、器用に靴を作って、それを履いて来て、南極についてから運動靴に履き替えたのだ。


 今では、仙台市から支給される運動靴で間に合うのだが、その昔はおじいさんが草鞋を編んだり、仕留めた獲物の皮で靴を作ってくれていた。

 ハルは、そのやり方を見て覚えていたので、カバンに入れて持ち歩いている裁縫道具を使って、いくつも靴を作っていた。


 なにせ、黄泉の国では魂の存在なので、どれだけ修業を続けても、靴底が減ることはないのだ。

 ハルは、何度も休んでは走りだし、何十時間かかけてようやく極寒のダンジョンをクリアした。


「ふう・・・、今まで如何に楽をしてここのダンジョンを乗り越えてきていたのか、分るね。

 なにせ、蜘蛛の魔物さんの背中に乗っていただけだから、時間的には1時間ほどで越えていたものね。

 実際に歩いてみると、距離も長いしどれだけ過酷か分るよ。


 スターツ王子さんたちは、これを魔法も使わずに制覇したっていうんだから、本当にすごい。」

 ハルはそう言いながら、ダンジョン間の暗闇の中に倒れ込むようにして、そのまま眠りについた。


 ハルはテントも防寒着も持っていないため、極寒のダンジョンの途中で眠くなっても、眠る事すらできなかったのだ。

 眠ったら死んでしまうから・・・、黄泉の国では実際には死ぬことはなく、対応する地獄ステージに送られるだけだろうが、それでは特訓に来ている意味がないので・・・。


 そうして半日ほど経って目が覚めてから、まだ凍っている干し肉を火であぶって食べてから、次のダンジョンへ向かう。

 次は灼熱のダンジョンだ。


「ここは、前にやったように・・・、氷の竜巻・・・凍りつけ!!!」

 ハルの体から発せられた小さな氷の粒は渦を巻いて、ハルの体の周囲を取り囲む。


「へっへえー・・・、氷だったら多少粒が当たっても我慢すればいいし、炎ほど危険はないからね。

 ここは、これで行けそうだな。」

 ハルはそう言いながら、ここでも駆け足で進んで行った。


 そうして、また眠ることなく(ゴランたちの光の障壁と違い、ハルは氷の魔法を眠っている間中、維持しておくことは出来ない)、何十時間かかけてダンジョンを乗り越え、ダンジョン間の暗闇で死んだように眠った。



 次は雷のダンジョンだ。

 ハルは駆け足で進みながら、時折自分目がけて落ちてくる雷には炎の玉を当てて、消滅させながら進んで行った。

 しかし、雷の落下スピードは速く、本数も多いので時折身近に落雷があり、ドキッとさせられる。


「ふう・・・、本当に仲間がいるのといないのでは、大きな違いだね。

 自分一人だけだと、的は小さくなるけど、360度全てには目が届かないからね。」


 それでも何とか乗り越えた。

 そうして半日ほど眠った後、次なるダンジョンは針のむしろだ。


「ここは、平気なんだよね。

 2回目に訪れた時に、所長さんが攻略用に持ってきたチタン製の板、みんなの足のサイズに切って持たされているからね。」


 ハルはそう言いながら、自分の足のサイズにカットされた銀色の金属板を、靴の裏に括り付ける。

 そうして、緑のカーペットに足を踏み入れた。


「へえ、全く平気だ・・・、でも、バランスを取るのが結構難しいね。」


 ハルが言うとおり、先端がとがった針のようなものは、所詮は草なので真直ぐに立ってはいるものの、足を乗せて体重がかかると、少ししなってしまう。


 その為、グラグラと動く足場に、バランスを崩さないように進んで行かなければならない。

 なにせ、チタン板は足の裏分しかないので、転んでしまったら体中穴だらけになるのは必至なのだ。

 これまでのダンジョンの倍近くの時間をかけて、ようやくクリアーした。



 次のダンジョンは、ハルにとって初めてのダンジョンだった。

 なにせ、過去にクリアーした時には、ここでは鬼の偶像が何体も襲い掛かってきたところだ。

 強風吹き荒れる中、進んで行くと、突然地面が大きく揺れ動き、更に地割れも発生した。


 ハルは、地割れを飛び越えながら進んで行かなければならなかった。

 止むことのない強風と、時折発生する立っていられないほどの地震は、恐怖をあおり、進むことを難しくさせた。

 このダンジョンも、多くの時間を使い、ようやく乗り越えることができた。


 しかし、ハルにとって最後のダンジョンが最も困難なものだった。

 なにせ、ハルは泳げないのだ。

 激流とも言えるような激しい流れが、はるか向こう岸から流れてくる。


 とりあえず服を脱いで海水パンツ姿(フェリーで支給された海パン)になると、まずは泳ぎの練習に入った。

 しかし、そんなに早く泳げるようにはなかなかならない。

 数日後、ようやく体を浮かせられるようになって、荷物を頭の上に括り付けて激流に挑んだが、すぐに時間切れで地獄ステージへ飛ばされた。


 一つのダンジョンは7日間しか滞在できなかったことを、改めて思い出したところだ。

 ハルは全てのダンジョンをクリアーしたことになっているから、地獄ステージでの修行はしなくてもいいのだが、率先して行った。


 血の池地獄の真っ赤な液体は不気味だが、本物の血であるわけはなく、更に流れもきつくはないので初心者用としてうってつけだった。

 ハルはここで何日も練習してから、激流の血の川に移って尚も練習した。

 恐らく、数週間はかかったであろう、ハルはすっかり泳ぎをマスターした。


 普通の魂であれば、これで一段上がったという事で、現世への扉を使って現世へ戻るところだが、ハルはそうしなかった。

 もう一度地獄ステージをさかのぼって、最終ダンジョンを反対側から瞬間移動して、激流ダンジョンの出発点までやってきた。


「さあ、もう一度挑戦だ。」

 ハルは荷物を頭の上に括り付け、激流に飛び込んだ。


 最初のうちは、何とか進んだが、体力的な問題と、やはり泳ぎの技術の問題なのか、激流に押されて進んで行かない。

 何度も出発点である岸まで戻され続けて、またもや時間切れで地獄ステージへ送られた。


「ふう・・・、また駄目だったね。

 はじめて来た時は、ダロンボさんたち鬼が襲い掛かってきたところを、トロンボを連れていたおかげで助かったんだけど、普通のままに激流だったらクリアーできていたのかな?


 なんか、あやしいねえ・・・、まあ、何か手を考えて、最終的にはクリアーしたんだろうけどね。」

 ハルはそう呟きながら、またまた血の池地獄で泳ぎの練習に入った。


 そうして、今度は何ヶ月分かの日数を使って特訓したのち、またもや激流ダンジョンの出発点までやってきた。

 激流に飛び込むと、何度もくじけそうになりながら、それでもミリンダ達の姿を思い出しては身を奮い立たせ、何とか7日ギリギリでクリアーすることができた。


 最終ダンジョン後の暗闇の中で眠り続けた後、起きてからもう一度ダンジョン最初まで瞬間移動する。

 ところが今回は、激流には飛び込まずに、第6ダンジョンへ続く暗闇の中に入って行く。

 そうして、順々に前のダンジョンへ移動して行って、最初のつり橋へと辿りついた。


「ふえー、やっぱり恐いよう。」

 そう言いながら、吊り橋に足を踏み入れる。


 それでも、最初の時よりは足の裏の踏みしめる感覚はあり、意識はしっかりとしている。

 そうして、前回の7割くらいの時間でつり橋をクリアーすると、次の極寒ダンジョンも短い時間でクリアーできた。


 短い期間で2度目の挑戦という事もあり、状況が把握できているのも大きかったが、何よりもハル自身の体力も向上しており、また魔法力も飛躍的に上がっていた。

 最終ダンジョンも難なくこなし、地獄ステージでは少し瞑想の時間を取ってから、広い空間へ進む。


 やはり、ダロンボはじめ鬼たちの姿はどこにも見られない。

 それどころか、亡者などの他の人たちの姿も見られない。

 やはり、黄泉の国は閉鎖されているのだ。


 ハルが今回黄泉の国へ入ってから、10ヶ月は経っているだろう。

 現世時間でも1ヶ月間だ。

 ハルは少し考え込んだ後、空間のはるか先にある銀色の大きな扉に向かって歩き出した。


「あんまり長い時間いると、記憶が全部飛んでしまうからね。

 これくらいだと、少しは覚えていられるかな。」


 そう呟きながら、現世への扉を使って表へ出た。

 そうして、暗闇を歩き続け、やがて南極の真っ白な雪原を覗く洞窟の入口へ出た。


「ああっと・・・、そうだった、何をやっているんだ、黄泉の国へはもう繋がっているはずなのに・・・。」

 ハルは、今までの黄泉の国での記憶はほとんど失ってしまっていた。


 それでも、黄泉の国で特訓する目的で来たことだけは覚えているので、洞窟を出ようとしている自分に気が付き、もう一度回れ右をして黄泉の穴へと入って行った。

 現世時間では、最初に入った時から、まだ数分しか経過していない。



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