第29話
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「ふぁー、今日もまた、退屈な人形たちの見張りかあー。」
ゾリ2等兵が、眠そうに生あくびを噛み殺しながら、メイン通路を歩いてくる。
トラン達は、とっさに横の通路へ身を隠した。
「まあ、そう言うな。こんな楽な仕事で、俺達は給料がもらえるんだから、儲けもんだよ。
地上制圧の担当部隊は、人間たちとの定時のテレビ会議で、どうやってあいつらを跪けさせるか、毎回言葉を考えるのに躍起な状態らしい。
なにせ、いつまでも姿を現さない我々恐竜人に対して、人間たちの態度もずいぶんと変わってきているらしい。
これでは、もう1度か2度くらいは、地上との合戦があるのじゃないかと、噂されているくらいだ。
そうなれば、地上の担当者たちが真っ先に最前線へ送られるらしいぞ。
俺たちの隊長は、超エリートだったが、捕虜たちが自爆したことに隊員が巻き込まれ、部下が減ったために、一線から遠ざかった位置に居るが、本来なら俺たちがその矢面に立っていたはずなんだ。
なにせ、目覚めている部隊員に限りがあるから、補充などは望めないのだからな。
俺は、戦いはあまり好まないから、犠牲になった仲間たちには申し訳ないが、助かったと思っているよ。」
ズブ2等兵が、ふてくされている仲間を励ましているようだ。
「ところが、ドボ上等兵たちが地上へ行って、人間たちの情報収集を行っているんだろう?
捕虜まで連れて来たらしいのだから、本格的な調査だ。
あの二人は、俺達同様平和主義者のはずだったのに、なんでまた、こんなことになっちまったんだ?
小隊長殿に命じられて、嫌々だっていうのなら、いずれは俺達だって・・・。
だったら、早めに地上へ行って、功績を上げておいた方がいいぞ。
今なら戦いが始まっている訳ではないから、危険は少ないだろうし。
なにせ、本隊が出てきちまったら、我々なんかすぐにお役御免だ。」
ゾリ2等兵は、俯き気味に首を振る。
「まあ、そうあせるな、ドボ上等兵だったら、俺達の活躍の分を残しておいてくれるはずだ。
おそらく、安全が確認できれば、我々にもお呼びがかかるさ。」
ズブはあくまでもポジティブ思考の恐竜人のようだ。
それとも、仲間であるドボ上等兵を、それほど信頼しているという事なのだろうか。
彼らは、トラン達には全く気が付かずに、監視用の部屋へ入って行った。
その様子を確認してから、トラン達はメイン通路へ戻って歩き出した。
「ご苦労様です、ある程度の把握は出来ましたが、彼らは巧妙にその手口を隠しているようです。
また、何日か後に再調査しなければなりませんね。
ブビ2等兵は、この後は各通路の巡回見回りを行ってください。」
「了解いたしました。」
部屋に残っていた恐竜人兵士は、敬礼すると元気よく部屋を出て行った。
「さあて、あまり長い時間監視ビデオを止めていると、怪しまれますからね。」
トランは急いで席へ着くと、監視カメラを起動させた。
各通路の様子が、目の前のモニターに映し出される。
1つの通路をひたすら歩いて行く恐竜人兵士の姿が見える。
先ほど、巡回に行かせたブビ2等兵だ。
彼は、通路が交差する度に、まじめに通路の先の様子を伺いながら、巡回をして行っているようだ。
「ハル君たちが、気づいてくれるといいけどね。」
トランが、監視カメラの画像を見ながら呟く。
「大丈夫ですよ、お二人ともに感覚が鋭いですから、きっと見つけられます。」
トン吉は自信満々だった。
その日は、これといった変化もなく、トルテ小隊長が交代に来たので、後を任せてトン吉とともに帰宅した。
「ああ、よかったわあ・・・、チュートロちゃんは、まだ帰ってこないの?まだかまだかって・・、十分おきに確認に来るんですもの、気が気じゃなかったわ。」
トランたちが帰って来るなり、妻が出迎えに玄関まで駆けてきて、トン吉の姿を確認すると安堵の吐息をついた。
「おお・・・、この魔物はえらい人気者ですね。」
トランは感心するように、トン吉を眺めた。
「違うのよ・・・、また遊び道具を作ってほしいものだから、いなくなったら困るって、一日中大騒ぎだったのよ。
でも、もう安心ね。」
妻は上機嫌でトランのカバンを預かると、一緒に居間へ向かう。
居間ではナンバーファイブが、娘のチュートロの相手をしているようだ。
そうして、食卓にはまたもや豪華な食事が並んでいた。
「おやおや、またも豪華な食事が・・・、今日も何かの記念日でしたか?
毎日豪華な食事ばかりじゃ、無駄な肉がついて太るし、体脂肪が増加すると早死にの原因になりますよ。」
トランは、さりげなく食事内容にくぎを刺す。
「ああ、そうね、あまりいいものばかり食べていると、確かにおいしくって食べ過ぎて太っちゃうわよね。
ここの所、腰の周りに脂肪がついて来たのは分っているから、明日からは、加減してもらうわ。
でも、今日は良いでしょ・・・、折角作ってくれたんだし。」
妻は上機嫌でトランを食卓に着かせる。
「まあ、仕方がありませんね。捨てるのはかえって、教育上よろしくないですから。
きちんと食べてこその貴重な食べ物ですからね。
じゃあ、感謝の心を込めて・・・、おいしくいただきましょう。」
そう言って、トランは家族と共に豪華な夕食を食べ始めた。
「一応、くぎを刺しておきましたが、明日からは鬼の能力は控えたほうがいいでしょう。
あまり、使いすぎると、オーラが枯渇して動けなくなってしまいますよ。」
夕食後、自室にナンバーファイブとトン吉を呼び込むと、開口一番、ナンバーファイブの行動をたしなめる。
「ええー・・・いいじゃないのよ、みんな喜んでいるんだし・・・。」
対するナンバーファイブは不満顔だ。トランの指摘の意味が全く分かっていないのだ。
「鬼の能力の使い方を説明する時に、自分のオーラが形を変えて実体化するイメージを持つようにって、説明したではないですか。
あれは、鬼の能力を使うには、自分のオーラが削り取られて行くんだと言う事を、理解してもらうための言葉なのです。
つまり、鬼の能力を使うたびに体を取り巻くオーラが少しずつ減って行き、ついに無くなると倒れてしまうなんてことが起きかねないのですよ。
私だって、黄泉の国の地獄ステージと天国への階段を作り替えましたが、それこそ何年もの長い歳月をかけて、少しずつ資材を出しては溜めこんで行き、そうしてようやく作り上げたのですからね。
一朝一夕で成し遂げたわけではありませんよ。」
トランは、ナンバーファイブをとくとくと諭すように説明する。
「じゃあ、鬼の能力を使ってオーラが減っちゃうと、元に戻らなくって、魔力もなくなってしまうの?」
ナンバーファイブは、まだ不満そうに唇をとがらせている。
「いえ、そうではありません。
疲れていても、夜寝れば健康体ならば、翌日の朝にはすっきりと元気になるように、きちんと睡眠をとって体力が回復すれば、それに伴いオーラも回復します。
しかし、毎日毎日オーラの消費が激しいと、少しの休息では回復できずに総量が減って行ってしまうのです。
そうして、ある時突然倒れてしまうなんて事になってしまうのですよ。
いうなれば、鬼の能力を使うと言う事は、献血のようなものです。
1年に1度とか2度くらいなら、造血作用が働いて、かえって健康にいいとも言われていますが、毎日のように献血を続けると、血を作るのが間に合わずに倒れてしまいます。
もっとも、献血の場合はそう言った希望者がいても、危険なので献血させてはくれないようですがね。
だから、鬼の能力も、毎日使うのはやめた方がいいのです。
本当に必要になった時にだけ、使うようにしてください。
いいですね。」
トランは念を押して確認する。
「分ったわよ・・・、でもチュートロちゃんが楽しみにしている、遊び道具が・・・。」
ナンバーファイブは、尚も不満そうだ。
「木材や鉄骨位なら、資材の購買部で手に入ります。
何も、鬼の能力を使う必要などはないのですよ。
明日にでも、トン吉さんが恐竜人の妻について行って、運んでくればいいのですよ。」
トランは、余裕の表情だ。
「ふうん・・だったらいいわ、明日までに献立を考えて、必要な食材をメモして渡すから、ついでに買って来てね。」
ナンバーファイブは、ようやく機嫌が直った様子だ。
翌日、トランは基地に出勤すると、部下に監視を任せて自分は次元通路へやって来た。
勿論、先日聞いた噂の真相を探る目的だ。
「タリル中隊長殿、ご苦労様です。
中隊長殿自ら、次元通路の監視業務ですか?」
現状目覚めている恐竜軍の最高責任者である中隊長自らが、次元通路のいわゆる番人をしているのが、トランにとっては意外だった。
彼以外にも10名の若い恐竜人たちがいるが、直属の上司であるべき小隊長はいないようだ。
「おお、ザッハ小隊長、珍しいな、おまえがこんなところに姿を見せるのは。
お前と同期のトルテやバームは、1日に一度は顔を見せるのだが、おまえは全く寄りつこうともしなかったのに、どういった心境の変化だ?」
逆三角形の額に、顎が長い顔をしたいかつい恐竜人の中隊長は、それでもザッハ小隊長が来たことを喜んでいるようにも見えた。
「いえ、次元通路は、様々な時代や次元と接触と別離を繰り返している場所ですから、当然様々な時代で発生した疫病などとも遭遇する確率があると考えらます。
私は用心深いので、そう言った一抹の不安のある場所には、極力立ち寄らないだけです。
ところが、何度もここへ出入りしているトルテたちが、体に異常を見せないため、いい加減、危険性はないのだと、納得した次第です。
その上で、ここの様子を見に来た訳ですが、まさか中隊長殿がいらっしゃるとは思ってもみませんでした。
中隊長殿は、いつも司令部に詰めているものと思っておりましたもので。」
トランは中隊長がここに常駐している理由を、あれこれ詮索してみた。
「仕方がないだろう、闇の存在が無くなって、本隊が地上へ出るために戻って来ようとしているんだ。
ひっきりなしに現状確認や、事前にやっておくことの指示など、あれこれと注文が大変だ。
心労でフレイジャーが倒れたもので、俺が代わりにここの指揮をとっているという訳だ。
どうだ、おまえが代わりにやらないか?
確かに失った部下たちは気の毒だったが、何もお前が責任を感じて、他の部下たちを安全な任務限定にすることはない。
俺たちは軍人で、それに、今は地上を支配するための作戦行動中だ、危険はつきもののはずだろう?
お前だって、第一線から離れることに抵抗を感じているはずだ。
そういえば、おまえの所の部下が、地上から人間と魔物の捕虜を連れ帰ったそうだな。
情報を得るためと聞いているが、何か有力な情報は得られたのか?」
タリル中隊長は、通路わきに設置した大きなデスク脇にあったキャスター付きの椅子を、トランに勧めた。
「そうですね、フレイジャーは私の後輩ですから、奴が倒れたというのであれば、その後の面倒を見るのは、やぶさかではありません。
鋭意、検討させていただきます。
地上の様子を探ろうとして、ドボ上等兵たちが張り切っていたので、好きにやらせていたら、人間と魔物の捕虜を連れて来た次第です。
彼らは、本当に優秀な部下たちですよ。
捕虜たちを尋問する・・・と、申しましても、情報を引き出すための懐柔策を行っておりまして、私の家の世話をそいつらにやらせております。
我々が、彼らと共存を望んでいると思えば、協力的になるでしょうし、様々な情報も引き出せるようになるでしょう。今しばらくのご猶予をお願いいたします。」
トランはそう言って頭を下げた。
「そうか、周到に計画するおまえらしいな。
いいだろう、焦らずに待っていてやろう。
しかし、期限は限られているのだから、それまでには必ず結果を出さねばならないと言う事だけは、頭に入れておけよ。
それは、本隊が合流する2年後ではないぞ、他の交代要員が目覚めるまでの期間だ。
眠りについたばかりの奴らも居たので、半年前は躊躇われたが、もういいだろう。
本隊到着前に地上の管理を確立するためにも、残りの9中隊を目覚めさせる日は近いぞ。」
「ええっ・・・、残りの9中隊を目覚めさせるということは・・・、一気に千名近くになってしまう訳ですね。
そ・・・それは・・・。」
「ふふん・・・、それは、困ると言うのか?
お前もトルテたちと変わらんのう・・・、もう少し、頭がいいと思っていたが、残念だ。
見張り役の要員は、本隊が来るまでに地上世界を制圧するための先兵だ。
千年ずつ交代で10チーム、1万年サイクルで交代し続けてきた。
その間も、親から子への世代の交代も幾たびか行われてきた。
しかし、それもこれも、闇の存在が無くなってしまえば、もう必要のない事なのだ。
本隊よりも次元が近くて、すぐに目覚めさせることのできる彼らを、目覚めさせない理由がない。
確かに、我らが存在する時代に闇の存在が消えたのだから、少しは我らに有利な点があってもいいとは考えるが、半年たっても地上世界の掌握が終わらないのだ。
残りの9チームの援軍を渋って、本隊の合流に地上の制圧が間に合わないという事態に陥った場合は、我らは逆に処罰の対象となってしまうのだよ。
もはや、我々だけで解決できるレベルではないのだ、理解してくれ。」
「そ・・・そうですか・・・。」
トランは、事態が思いのほか進んでいることに驚いていた。
それは、トラン達にとってもザッハ小隊長にとっても、どちらにとってもありがたくはない方向に進んでいるようだ。




