第28話
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「じゃあ、今度はこの試薬を出してくれ。」
所長が、ハルに新しい試薬を注文する。
「はい、分りました。」
ハルがのばした手のひらには、試薬が入った小瓶が乗っている。
「おお、ありがとう、これで新型弾の火薬の調合を決めることができる。」
所長は、その小瓶を笑顔で受け取った。
『ドサッ!』所長が試薬を棚に置こうとした背後から、大きな音がする。
驚いて振り返ると、ハルが倒れているではないか。
「ハル君、どうした・・・、おい、ハル君・・・。」
焦って所長が呼びかけるが、ハルに意識はない。
全身が真っ青で血の気が引いたような状態で、息も弱々しい。
「おおい・・、誰か・・・」
所長の呼びかけに答える様に、レオンがダンジョンの方向へ駆けだして行った。
暫くすると、数人の人間たちとレオンが戻ってきた。
「一体、どうしたんです?」
ミッテランが、心配そうに所長に尋ねる。
「ハル君が急に倒れたんだ。
脈も弱々しい。急いで管理室へ入れて、中にしつらえた仮眠用ベッドに寝かせたが、危険な状態だ。」
丸太小屋の前で待ち受けていた所長は、ミッテランに深刻な顔をしながら告げる。
「ハルが?」
ミリンダが急いで管理室の中へ飛び込んで行く。
「ハル、大丈夫?」
ミリンダが、急いで治癒魔法を施している様子だ。
後に続いたゴランも、一緒になって治癒魔法をかける。
「あ・・・あれ?ミリンダ・・・、特訓は終わったの?
つらいけど、さぼらずにやらないといけないよ。」
治癒魔法の効果か、ハルが意識を取り戻したようで、寝たままで目だけをミリンダの方へ向けた。
相変わらず、顔色は悪く唇も乾燥しきっていてカサカサだ。
「さぼるも何も・・・、ハルは突然倒れたんだって・・・、覚えてない?
心配して、みんな特訓なんか途中でほっぽらかして、急いできたんだから。」
ミリンダが、ハルにすがりつく。
「え、えー・・・、ぼく・・倒れちゃったの?」
ハルも意外そうに、目を丸くした。
「生命力の源である、オーラがほとんど感じられません。
恐らくハル君はたった一人で長い間一心不乱に修業してきたのでしょうが、疲れは溜まっていたのでしょう。
それでも、自分一人だけで成し遂げないといけないと無理をしていて、それが、ここへきて元の仲間と出会えたことにほっとして、一気に疲れが出たということかもしれません。
なんにしろ、これだけオーラが減ってしまうと、回復するまでに相当な時間が必要となるでしょう。」
ハルの様子を診ていたミッテランが、ため息をついた。
「そういえば、ハルは、みんなをここへ連れてきてからも、蜘蛛の魔物さんたちを迎えに行ったり、その後は所長さんの手伝いをずっとしていたり、特訓はしていなかったけど、休みなしで働いていたものね。
あたしたちは特訓の合間は疲労を溜めない様にって、しっかり休み時間は持っているし、たまに現世へ戻ってリフレッシュしてから入り直したりもしているからね。
あたしたちは、現世へ出てしまえば、ここでの記憶がまだ引き継がれることはないから、辛い特訓の記憶も忘れてしまえるけど、ハルは全部覚えているんでしょ?
息抜きも出来ないわよね。
その上、ハルも所長さんと一緒に出入りはしているんだろうけど、所長さんの事だから現世でもあれ出せこれ出せって、ハルを休ませなかったんじゃないの?」
ミリンダが所長に冷たい目を向ける。
「い・・いやあ・・・、面目ない・・・、その通りだ。
あまり長い時間黄泉の国に居続けると、現世への扉を使った時の時間差が大きくなりすぎるから、全く記憶が残らないのと、ミリンダちゃんたちとの時間軸を合わせるために、定期的に出入りしているんだが、どうしても時間がもったいないので、現世でも研究をしたくなってしまう。
おかげで、南極基地も今では私の実験所と化しているよ。」
所長が、頭を掻きながら答えた。
「そう言えば、鬼の能力の事をナンバーファイブさんに教わった時に、自分のオーラの一部の形を変えて、出したいものを具現化するイメージで行うって言っていたと説明しましたよね。
あれは、やっぱり本当の事だったんですかね。」
ハルが、ベッドで横になったまま呟くように告げる。
「ほ・・・本当かい?
知らなかったとはいえ、申し訳なかった・・・、余りに便利なものだから、あれもこれもと、色々と無理を言ってしまって・・・、それがハル君の身を削っているとはつゆ知らず・・。」
所長は深々と頭を下げる。
「いえ、平気です・・、おかげで、ジミーさんたちのパワード・ボディスーツが完成したし、スターツ王子たちもすごく喜んでいました。
それに、今は恐竜人の科学力に対抗する武器も作っているし、所長さんの研究が無ければ、僕たちの力だけでは、とても恐竜人たちには対抗できませんよ。
現に、最初の戦いでは、全く歯が立たずに全員が捕まったのですからね。
だから、研究は続けてください。
僕も、これ以上物を出すことは出来ないかも知れないけど、助手としてお手伝いは続けるつもりです。」
ハルは、何とかしてベッドから身を起こそうとしている。
「無理しちゃだめよ、ハル、寝てなさい。」
ミリンダがそんなハルの体をやさしく押さえつける。
「兎も角、みんなで治癒魔法を施して、オーラを少しでも分け与えましょ。」
ミッテランはそう言うと、ハルの体に治癒魔法をかけ始めた。
ミリンダもそれに続く。
「ただし、無理をすると、今度はその人が倒れちゃうから、みんな少しずつ交替で治癒魔法をかけるのよ。
ある程度回復すれば、その後は休んでいれば自然と元通りになるわ。
それにしても、ハル君は特訓で強大な魔力を得たから、オーラも相当大きくなっていたはずだけど、一体何をどれだけ要求すれば、オーラが枯渇するほどになるのかしらね。
そりゃ、実際にはオーラが形を変えて実体化することはないのだろうけど、物を出現させる時にオーラの一部を消費するのは間違いがないのでしょうからね。」
ミッテランは、治癒魔法を施しながら、所長を睨みつける。
「本当に申し訳ない・・・、良かれと思って、これから十年分くらいの研究用材料を出してもらっていた。
いずれは、ハル君も特訓に参加するのだろうから、その時にいちいち頼みに行かなくても済むようにね。」
所長は恥ずかしそうに頭を下げた。
「所長だけが悪いのではありませんよ。
おいらも、折角作ってもらった、ボディスーツ・・・、少しでも良くしようと思って、あれやこれや注文を付けちゃって、その都度新しい部品を出現させなくちゃならなくなって・・・、一体どれだけハル君の体に負担をかけさせたんだか・・・、先生失格だよ。」
いつの間にか来ていたジミーも、反省しきりの様子だ。
一緒に特訓を続けているマルニーも一緒になって頭を下げる。
「それは、我々も同じです。
我々は、ボディスーツの外に、新型弾も2種類、予備弾倉も含めて大量に作って頂きました。
ダンジョン内で模擬戦闘を繰り返していましたから。
おかげで新戦術も何パターンか組み上がりましたが、それが、ハル君の負担になっていたとは、本当に申し訳ありません。」
またまたやって来た、スターツ王子たちも頭を下げる。
「私は・・・、追加で変装用マスクを作らせていたけど・・・、やっぱり負担になっていたのかしらね・・・、今度は夏の炎天下で日に焼けたバージョンと、冬の雪山での雪焼けのバージョンをお願いしようと思っていたけど、夏の炎天下用だけにしておくわ・・・、それも元気になってからでいいわよ。」
最後に、マイキーもやって来た。
「とりあえず、今日の所は皆で治癒魔法をかけておいたから、後はゆっくりと体を休めてちょうだい。
これからは、所長さんに言われても、簡単には何でも出さないようにね。
緊急時には仕方がないけど、本当に必要かどうか、見定めるのも必要となって来るわね
何にしても、今の時点で出せる量に限界があるってわかったのは、いい事だわ。
これが戦いの最中だったら、それだけで戦況に影響しかねなかったのだからね。」
ゴランとホーリゥの治癒魔法が終わったところで、ミッテランはハルに眠るよう言いつけた。
ハルは素直にそのまま眠りについた、よほど疲れていたのだろう。
本当は立っていられないくらいだったのに、無理して明るく振る舞っていたのかも知れない。
ようやく再会したみんな・・・、眠りについて目が覚めたら夢となって消えることが恐ろしかったのだろうか・・・。
「じゃあ、みんなも今日は体を十分に休めてね。
瞑想の時間に当てましょう。
明日から、また特訓を再開するわよ。」
ミッテランの号令通り、翌日から特訓は再開された。
ハルも翌日には起き上がることも出来るようになったが、ミッテランの厳命の元、瞑想でオーラを蓄えることに専念した。
「鬼の能力にも限界がある・・・、恐竜人たちが、鬼の創造主でありながら、我々人間や魔物たちから食料を調達しようとしているのを不思議に感じていたんだが、ようやくそのわけが理解できた。
鬼の能力も無尽蔵という訳ではないのだ、枯渇するから、恐竜人たちの食料すべてを賄えるわけではないのだ。
だからこそ、我々の労働力を当てにしているのだが、そうであれば、最悪の事態となったとしても、我々を滅ぼすと言ったことにはならないかも知れない。
なにか、今から負け戦を想定しているのもおかしな話だが、あの時の圧倒的な科学力の差を目の当たりにしたものとしては、これから頑張って新兵器をいくら並べても、追いつかないのではないかと言った恐怖心がある。
仮に食料だけの問題で済むのなら、大規模農法で収穫を増やして、恐竜人たちも一消費者として地球社会に取り込むという策もあり得る訳だ。
向こうには、その科学力を輸出させるという方法でね。
いわゆる対等な貿易の相手として、共生していくのだ。」
所長が、ジミーのボディスーツを調整しながら呟く。
「そうですね、でもそれには、ある程度の対抗力を示さなければならないでしょう。
互角とまではいかないにしても、ある程度は戦えるみたいな・・・、圧倒的な差が見えたら、対等な関係としては扱ってくれないでしょ、なにせ、人種というか生物進化上からも、全く種類の違う生き物ですからね。
下手をすると奴隷と化してしまいますよ・・・いや、奴隷よりも家畜のような・・・。」
ジミーも所長の案には賛成のようだが、あくまでも条件付きだ。
「やはり、一度は戦わねばならんという訳かね・・・、それでどこまで頑張れるかだが・・・。」
所長は、不安そうに首を振る。
「大丈夫ですよ・・・、ボディスーツもあるし、ミッテランさんたちも特訓を重ねて、今では神級のダンジョンで頑張っています。
みんな恐竜人の手から地球を取り戻そうと必死なんです。
私たちが弱気になってはいけないと思います。
戦って、負けた場合を想定するのではなく、勝つことを考えるのです。」
マルニーがいつになく力強く拳を固める。
「そうだね、勝たねばならないよね、なにせ相手は何千万年も地上から姿を消していたような奴らだからね。
今更、奴らの好き勝手にはさせられないよね。」
所長も力強く頷いた。




