第27話
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「じゃあ、行ってきますね。」
翌朝、トランは妻に挨拶をして、家を出て行こうとしているところだ。
「行ってきますはいいけど、魔物は連れて行ってしまうの?
昨日は作ってくれた棚にも喜んでいたけど、何よりもその後で作ってくれた遊具がすっかり気に入ったようなの。
今日は友達を連れてきて一緒に遊ぶって、大はしゃぎだったから、多分、また別の遊具を作ってくれって、おねだりするつもりだと思うのよ。
あの子は、普段からあなたの忙しい姿を見て知っているから、余りわがままを言わないし、あたしから見てもいい子だと思うのよ・・・、だから、その・・・魔物は・・・。」
妻は、トランが魔物を連れて行く事に、不安を感じているようだ。
厳しい拷問でもされるのかも知れないと、思っているのかも知れない。
「ああ、分ってますよ、今日はちょっと本部の方で用事があるから、連れて行くだけです。
用が済めば、また連れ帰って来ますから、心配は無用です。
人間の方は、今日も家に置いて行きますしね。
但し、くれぐれも、丁寧に扱ってやってくださいね。」
トランは、不安そうに上目づかいで見つめてくる妻に対して、やさしく答えた。
「まあ、そうだったの?だったら、今日も連れて帰ってくるのね。
あの子も、大喜びだわ。
それに、とっても大事な人間と魔物の捕虜なんでしょ。
そりゃもう、大事に扱うわよ、貴重なサンプルですものね。」
妻は嬉しそうに微笑みながら、トランの制服の肩の埃を払う仕草を見せた。
トランは、トン吉と共に基地へと向かう。
基地へ向かう途中で、他の恐竜人兵士たちと出会うことはなかった。
そう言えば、一昨日の帰り道も、昨日の行き帰りも誰とも出会うこともなかった。
本当に、この広い基地の施設の中には、今のところは100名ほどの恐竜人しか詰めていないということが、実感できる。
「今日は、魔物を連れてきて尋問か・・・、人間も一緒に行ったほうが、手間が省けて早く終わるんじゃないのか?」
交代の部屋へ着くなり、トルテ小隊長は、トン吉の姿を認めて問いかけてきた。
「いえ、個別に行ったほうが、それぞれの証言の信ぴょう性が計れるのではないかと思いましてね。
別々に同じことを聞いて、真逆の答えを返せば、どちらかが嘘をついていることになります。
逆に、同じ答えであれば、それは信用するに足るということになります。
尋問の際に、打ち合わせどころか、目配せなどのサインもさせないよう、分けて行うつもりです。」
トランはそう言うと、トン吉を傍らの椅子に腰かけさせた。
「はいはい、そうですか・・・、用心深いおまえらしいね。
じゃあ、頑張って地上の情報を引き出してくれ。
それじゃあ、後をよろしく。」
そう言い残して、トルテ小隊長は部屋を後にした。
あまり、魔物や人間の事に興味を示さなくなったようである。
昨日あれだけ調べても、地上へのアクセス方法が分らなかったので、あきらめたのだろうか。
どちらにしても、今の状態で地上へ調査にでも向かおうものなら、大した武器を持っていないことに気づかれて、地上の者達に袋叩きにされてしまうのが落ちだろう。
人間はともかく、力の強い魔物達であれば、人数さえ勝っていれば恐竜人と言えども恐れはしないだろうから。
しかし、それはどちらにとっても得策ではない。
恐竜人たちは現状は目覚めている人数が少ないが、いずれ、大量に目覚めるだろうし、何よりも科学力に差がありすぎる。
向こうが地上の制圧に手を焼いて、大量破壊兵器でも持ち出されたら、それこそ人類存亡の危機となってしまう。
たとえ核を使用したとしても、向こうは放射能の影響が消えるまで、また海底で待っていればいいのだ。
対する人類は、文明を取り戻す活動を、また一からやり直しとなってしまう。
少々、人類にとって分が悪い選択となってしまうだろう。
慎重に、先を見通しながら行動して行かなければならない。
勝てない限りは、圧倒的科学力で押さえつけられていた方が、人類にとっても安全と言えるのだ。
向こうだって、地上へ君臨してからの、貴重な食料の供給減をないがしろにはしないだろう。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか・・・。
おおい、ゾリ2等兵、ズブ2等兵、ブビ2等兵、本部へ至急来てくれ。」
トランはマイクの呼び出しボタンを押しながら、マイクに向かって叫んだ。
「お呼びでしょうか・・・。」
すぐに3名の恐竜人たちがやって来た。
3名とも首長竜系の恐竜人であり、ザッハ小隊長の部下だ。
各小隊長は、それぞれ10名の部下を持ち、10小隊で1中隊を編成し、中隊ごとに千年ずつ交代で監視を行っている。
ところが、ザッハ小隊長とトルテ小隊長の部隊は、捕虜となった軍人たちが自爆した際、部下たちが巻き込まれてしまい、ザッハ小隊は現行5名、トルテ小隊は現行7名の部下のみとなっていた。
所長が灼熱の玉で強化した、ロケットランチャーの弾を使って自爆したために、被害が大きかったのだ。
つまり、現状のザッハ小隊は、この3名のみしかいないということになる。
「おお、本日は、私自らがこの魔物たちを捕獲した経路を確認して来ようと考えています。
いわずもがな、その経路はお前たちにも極秘です、なにせドボ上等兵たちが独自に見出した経路ですからね、彼らの了解なしに他へ教えることも出来ません。
他の小隊は、その情報を知りたがっているので、君たちは知らない方が身のためですよ、少しでも知っていると、出世欲に駆られた小隊長たちのやり玉に挙げられる恐れがありますからね。
だから、本日は次元通路に続く以外の全ての通路の監視カメラは停止させておきます。
君たちは、この部屋に一人が留守番をして、残りの2名は通常通り人形たちの監視を続けてください。
分りましたね。」
トランは、入って来た部下たちに、それぞれの役目を告げる。
「はっ、分りました。」
3名とも、踵を合わせて直立不動の姿勢から敬礼をする。
「じゃあ、もどってくるまで、よろしくお願いします。
後、10分ほどしてから、お互いの持ち場へ戻ってください。
それまではこの部屋で休憩していていいですよ。」
トランはそう言うと、自分の机の前の操作盤のスイッチを触り、暗号ロックを掛けた後部屋を後にした。
これで、彼らにはテレビカメラは操作不可能なので、トラン達の行動を監視される心配はない。
トランとトン吉は、そのまま通路を進み、ミリンダ達が人形となって捕えられていた部屋へ入る。
部下たちを、10分休憩として部屋で待機させたのは、このためだ。
相変わらず、ミリンダが作った人形が入ったジオラマは、モニター画面の前に置かれていて、テーブル然としている。
床から少し上に、トランが明けた小さな穴が開いているのだが、上から見ただけでは判りにくく、ましてや鋼鉄化して外部からの刺激を受け付けなくなった存在など、見張り役の恐竜人たちからは、何の興味もわかないのだろう。
なんと、テーブルクロスまで掛けられているありさまだ。
その様子を、ありがたいような、ありがたくないような複雑な心境で見つめたトランは、そのまま部屋の奥にあるドアへ進んで行く。
ドアを開けると、その先はひたすら続く真直ぐな通路が伸びている。
更に通路の先の大きく重厚なドアを開けると、そこは、薄暗い洞窟へ続いている。
急いで広い洞窟を傍らのレールに沿って進むと、その先にレールの終点があり、行き止まりとなっている。
「さて、どうしましょうかね。
一応、現況は書いて封筒に入れては来ましたが、郵便ポストがある訳ではありませんから、簡単ではありませんね。
そのまま置いておいても、ここを通るのはハル君たちぐらいでしょうから、壁にでも貼り付けておけばよさそうにも感じますが・・・。」
トランは、そう言いながら黄泉の国と繋がっている報告板の背面の隙間を探す。
そういえば、洞窟へ入ってからは、トランは人間の姿をしている。
「あっしにいい考えがございます。
ハル坊ちゃんも、ミリンダ嬢ちゃんも鋭い方たちですから、こうやっておけば。」
トン吉はそう言いながら、地面に何か描いた。
よく見ると、豚の顔だ、トン吉の自画像のようだ。
「ここへ、手紙を埋めてください。」
トン吉はトランにそう言うと、埋めた後に土をかぶせ、その場所までトン吉の自画像から矢印を向けた。
しかも、4方向に・・・。
「何をやっているのです?矢印を4方に散らしてしまっては、手紙を埋めた方向が分らなくなってしまいますよ。
上向きの矢印だけでよろしいのではないのですか?」
トランが不思議そうに尋ねる。
「いえ、それでは万一恐竜人たちに、この図が見つかった時に手紙のありかが分ってしまいます。
手紙の内容にもよりますが、トランさんの事が明確に書いてある手紙が奴らの手に渡っては大変です。
これは、あっしの顔のつもりではありますが、同時に豚のつもりでもあります。
ブタ・・・つまり花札という日本のカードゲームでは0にあたる数字です。
0は時計では12時の方向を指しますから、上側に何か埋まっていると、考えてくれると思いますよ。
念のために、それぞれの方向に、つまらないものでも埋めておきましょう。」
トン吉のリクエストに応じて、トランは鬼の能力で鏡やガラス瓶などを出して、残りの3方向に埋めた。
「じゃあ、急いで戻りましょう。
こちらの方向へ向かったとバレるだけでも、大事ですからね。」
トン吉とトランは駆け足で、来た道を戻って行った。
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「勝負! にしちのカブ!」
ミリンダが、勢いよく手札をさらす。
「はい、さんひちのジュウ!勝ちですね。」
トン吉も、自信満々に手札をさらす。
「馬鹿ねえ、さんしちじゃ、ゼロ・・・ブタじゃないのよ。
はい罰ゲームね、今度は尻尾の毛を焼いてあげるわ。」
「ええー・・・・!だって、合計で多い数字の方が強いって・・・」
否応なく、ミリンダに尻尾の先端の毛を焼かれてしまう。
「だから・・・、ジュウはゼロなの、一番弱い数字なのよ!」
およそ5年ほど前、東京での爆弾騒ぎが収まり、釧路の村では魔物たちとの共存生活が始まったばかりの頃だ。
最長老であるミリンダの家に厄介になることになったトン吉が、その家の孫であるミリンダの遊び相手をさせられていた。
遊びに付き合わなければ、寝静まった後に雷撃を喰らわせられるため、罰ゲーム位で済めば、御の字と言った風ではあった。
それにしても、数学的な計算には問題ないのだが、ピュアな魂の集合体である魔物には、オイチョカブなどというカードゲームのルールは、複雑すぎなのだろうか。
「じゃあ、もう一度するわよ。」
「はい、じゃあ、一枚下さい。」
トン吉は、配られた表札が十であることで、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、勝負!にろくのオイチョ!」
ミリンダが手札をさらす。
「さんひちに、さらに十でにじゅう、勝ちですね。」
トン吉は得意満面だ。
「ばっかじゃないの。だから、それはブタなの、一番弱い数字のゼロよ。」
またもやミリンダに冷たくあしらわれてしまった。
「ええー・・・、十じゃ一番弱いっていうから、今度は二十にしたのに、また弱いって・・・。」
トン吉は、花札のルールが分らず、困り顔だ。
「トン吉さん、これはねえ、十の位に上がらない十進法・・・そろばんで言うと、コマが1本しかないって考えればいいんだよ。」
丁度遊びに来ていたハルが、5ケタ分しかない手作りのそろばんを見せながら、桁の繰上りがない計算方法を実演してみせた。
数字の計算を覚えさせるため、ハル父さん手作りの、いわば形見とも言えるハルの宝物のそろばんだ。
得々と、時間をかけて計算方法と、ゲームのルールをハルが分り易く説明してくれたのだ。
その後、数日経過して、トン吉は馬吉と交替して、ハルの家に厄介になることになるのだった。




