第26話
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「その後、人間たちの状況把握は進みましたか?」
昼食の時間になり、士官用の食堂で同期の恐竜人を見つけて、食事を乗せたトレイを抱えたまま、トランは親しげに近づいて行く。
「おう、ザッハか・・・、いつも言っているように、政治家なんてのは狸だから、その本性は計り知れないさ。
しかもテレビ会議に限られているから、相手を見下ろしながら脅して、恐怖心で支配するなんてことも出来やしない。
弱い存在の人間どもなんだが、画面の向こう側の我々に対して、最初は恐怖心が伺えたが、段々と慣れて来たのか、最近では平然と対等の意識を向けてきやがる。
鬼たちをけしかけようにも、人数が少なすぎて力では支配できそうもないから、出来るだけ穏便に管理させてくれと泣きつかれる始末さ。
俺達も直接出向くことは出来ないから、鬼たちの言う事を尊重するしかないしな。
こんな形で本隊が目覚めたら、管理責任を問われるんじゃないかと、気が気じゃないぜ。
それよりも珍しいな、おまえが食堂で食事をするなんて。
いつもなら、奥さんお手製どころか、自分で作った弁当以外に手を付けないはずのお前なんだが。」
相手の恐竜人は、いつもと違うザッハ小隊長の姿に、違和感がある様子だ。
「そんなことはありません、私だって長期訓練の最中には携行食も口にしたし、野戦の炊き出しだって食べていました。
たまたま、そのうちの食事にあたって、食中毒で寝込んでからは慎重になっただけですよ。
それよりも、ちょっと気になることを耳にしたもので、確かめに来たのです。
折角、闇の存在が封印されたというのに、本隊が目覚めてこないのを不思議に感じていましたが、本隊は我々とは違う場所で眠っているという噂は本当なのですか?」
トランはダイレクトに質問をしてみた。
相手は、同期のバーム小隊長。地上を直接管理することを命じられている部隊の小隊長だ。
トルテほど親しくはないが、同じ釜の飯を食った仲だ、構わないだろう。
「そうか、おまえもあの噂を耳にしたんだな。
というか・・・、おまえには絶対に教えないよう箝口令をひいていたんだがな。
情報源は、どうせトルテだろ?
神経質で生真面目なおまえの事だ、この噂の真相を確かめたくなって、次元通路でも調べ始めたら、大変なことになる。
次元通路の奥は、我々だって立ち入り禁止のA区域だからな。
もしお前が捕まって、その原因が俺たちの間で囁かれている、つまらん噂だと知れたら、俺達だって連帯責任を問われかねんからな。
しかし、知ってしまったからには仕方がない、おまえの不安が少しでも解消できるよう、俺の知っていることは全て教えよう。
だが、くれぐれも言っておくが、真相を確かめようとはするな、お前ひとりだけの事では済まないと言う事を、しっかりと頭の中に叩きこんでおいてくれ。」
バーム小隊長は、きょろきょろと食堂内を見回しながら、あきらめたように答えた。
士官用の食堂は造りは立派だが、目覚めている恐竜人が少ないせいか、ひどく閑散としている。
「わ・・・分りました・・、絶対にあなたたちに迷惑をかけるようなことはしません。約束します。
あくまでも、そう言った話を聞いたから、興味が湧いただけです。」
トランは、真剣な眼差しで返事をする。
すると、バーム小隊長は、姿勢を低くして、小声で話し始めた。
「これは、俺達同期の奴らの誰かが言っていたことだが、本隊が眠っていると言われる次元は、こことは遠く離れた深層にあり、時間の流れ方が極端に遅いそうだ。
つまり、これまでの何千万年もの長い時の大半を俺たちは冷凍睡眠で過ごし、時折目覚めては交替で見張りを行ってきた訳だが、本隊はほとんど眠ってはいないのではないかと噂されている。
その為、次元間通信で時折上層部の指令が届くが、向こうでもその都度誰かが目覚めて指示を出しているのではなく、本隊は実は普通に過ごしていると、考えられているのだ。
そのあまりの時間の流れの違いにより、こちらの次元との接触のタイミングが、数年に一度しか存在しないという事のようだ。
通信ですらも、一度に送受信できる情報量が限られているらしい。
なにせ、俺達が眠る異次元も地上の時間より十分の一程度の時間の進み方の次元で、見張りをしていない休息期間には、基本は冷凍されて眠っているが、本隊のいる深層次元は一万分の一程度しか時間は進まないようだ。
つまり、本隊が地下へ潜ってから今までの数千万年の時でも、向こうの次元では、まだ数千年しか経過していないと考えられているのだ。
だから、闇の存在が無くなっても、本隊が簡単に目覚めようとしてこないのは、そのためだと言われているな。
次の接触のタイミングまで、まだあと2年あるようだが、こっちでの、1年や2年など、向こうではどれほどの時間でもないのさ。」
バーム小隊長は、周りを気にしながら小さな声で説明する。
「ふうむ・・・、そうですか・・・。
おかしいと思っていたんですよ、あれほど待ち望んでいた闇の存在が無くなった訳だから、すぐに本隊が目覚めてくると思っていたのに、一向にその気配がない・・・。
現状、目覚めている我々が、実は百に満たない中隊規模だってばれたら、如何に科学力や力で劣るにしても、人間たちは死に物狂いで攻めて来るでしょう。
しかも有用な兵器や乗り物も大半は本隊が持ったままで、監視役である我々の武装は、貧弱なものしかありませんからね。
そんな事情があるのなら、どうして本隊が目覚めるまで待ってから、地上へ進出しようとしなかったのですか?」
トランは、首をかしげながら尋ねる。
「それは、上層部が地上の生き物の進化を甘く見ていたからだ、と言われている。
下等な生き物の集団であれば、少数の我々だけで十分に掌握できるだろうと考えて、自分たちが目覚めた時には地上へすぐに出られるように、露払いを済ませて置けと言った命令が発せられたのだ。
なにせ、長い事待ち望んだ地上だ、接続が可能となれば、すぐに地上へ出たいという意向だった。
今は、時間の流れ方が違うから、ここでの2年間は向こうでは、さほどの時間でもないのだが、自分たちが現世へ接続してからの待ち時間は、許せんという事のようだ。
もちろん、現状を知っている我々は反対したが、時代の変化を目の当たりにしていない上層部は、聞く耳を持たなかった。
なにせ、通信時間も限られているから、情報もそう多くは送れなかったらしい。」
「ほう、そうですか・・・、でもそれならどうして本隊は、我々と同じ次元で冷凍睡眠していなかったのです?
そうであれば、たまに目覚めてじっくりと打ち合わせも出来たでしょうし、なにより、接続も簡単だから闇の存在が消えれば、そんなに時間もかからずに目覚めることができたでしょうに。」
「いや、上層部の奴らは異常に慎重派だ。
どうやら、冷凍睡眠というものを信用してはいなかったらしい。
カチカチに凍って、本当に目覚めるのかどうか、100パーセント保証できるのかどうかという議論が、延々と行われたということだ。
それに、数千万年程度で闇の存在の片が付くとも思ってはいなかったのだろう。
なにせ、相手は我ら恐竜族よりもはるかに昔から、この星に存在していたのだからな。
だから、アクセスが難しくなっても、長期にわたって存続できるシステムを選択したのだろう。
それに、冷凍睡眠では、眠っている時にもある程度歳をとるしな。
だから我らも、地下へ潜ってからの世代で、既に数世代目だ。
世代ごとに家族を作って子孫を繋ぐことにより、見張り役を継続しているのだ。
ところが、本隊は地上で生活していたころの世代が、未だに存在しているらしい。
それはそうだ、向こうではまだ数千年しか時が流れてはいないのだからな。
つまり、我らは本隊のえらいさんである上層部が、再び地上へ出られるための捨て石でしかなかった訳だ。」
バーム小隊長は、うなだれながら小さく首を振った。
「ふうん・・・、あまり楽しくはない話を聞いてしまいましたね。」
トランは、顎に手を置いたまま、しばし考え込んだ。
「まあ、・・・、あくまでも噂だからな、うわさ・・・。
いいか?けっして、噂に流されるようなことはするなよ。
こんなことは、本隊の目覚めが遅い事に対して、俺達が勝手に作り上げた架空の話なんだからな!」
バーム小隊長は、じっと考え込むザッハ小隊長をなだめる様に、何とか言いつくろった。
「でも・・・、本隊が合流するのは、本当に2年後の予定なんですよね?
この2年の間は、我々が少数の存在であることを、隠し通さなければならないのでしょう?
それには、地上の人間たちと直接交渉する、あなたたちの手腕が問われるところでしょうが、肝心のあなたたちが、こんなくだらないうわさ話で盛り上がっているとは・・・、少々不安を感じますね。
テレビ会議とはいえ、直接人間たちと交渉するのですから、変な事を考えて余計なことを口走らないようお願いしますよ。」
トランは、逆に諭すようにバーム小隊長の目をじっと見つめた。
そう言えば、首長竜系の外観をしているザッハ小隊長と違い、彼はいかつい風貌をしている。
肉食系の恐竜人ではないかと想像される容姿だ。
ザッハも、トルテも、その部下たちや妻子ともに首から上は、首長竜的なツルンとした頭をしているので、恐竜人というのは、こういった外観なのだと考えていたのだが、種族の違いはありそうだ。
「こう言ったことを言われることも想定して・・・、おまえには聞かせたくはなかったんだが・・・。
中隊長殿には黙っておいてくれよ、頼むよ・・・。」
バーム小隊長は、弱ったように頭を掻いた後で、両手を合わせた。
「もちろんですよ、私は友達を売るようなまねは決してしません。
安心してください。
それに・・・、長い年月をこんな閉じ込められた環境で、過ごしているのですから、色々と想像するくらいの事は、許していただかなければね・・・。」
そう言って、トランは食事を終えると、席を立ちトレイを返却口へ持って行った。
「理由はまだ明確にはなっていませんが、どうやら本隊が地上に出てこられるまでに、まだ2年程時間がありそうですね。
今目覚めている恐竜人たちは、見張り役のものだけで、100名に満たないようです。
地上から総攻撃をかけるのならば、今がチャンスと言えますね。」
帰宅したトランは、早速ナンバーファイブ達を自室へ呼び寄せ、作戦会議だ。
「100名って言ったって、あたしたち3人だけじゃ歯が立たないわよね。
恐竜人たちが強い事は、もう充分に身に染みたわよ。
援軍が必ず必要だから、ハル君たちに、何とか連絡を取らなくちゃいけないわね。
特訓はうまく行っているのかなあ。」
ナンバーファイブは、中空を見つめながら呟くように話す。
「そうですね、彼らの協力を仰がなければ、いくら少数とは言っても、戦いは始められません。
というよりも、今のうちに現有の世界の攻撃力を結集してでも立ち向かわなければ、本隊が合流してからでは望みはなさそうですからね。
明日にでも、彼らと連絡を取れるよう、細工をしに行きましょう。
それはそうと、ここでの生活はいかがですか?
ぞんざいに扱われてはいませんか?」
トランはナンバーファイブ達の昼間の処遇を心配しているようだ。
「ううん・・・、奥様もすごく優しくしてくれるよ。
作ったものは何でもおいしいって、チュートロちゃんも残さず食べてくれるから、作り甲斐もあって、こっちもうれしくなっちゃう。
ご近所さんの手前、あまり表には出ない方がいいって言われて、洗濯物を干すときは奥様がやってくれるから楽だしね。」
「あっしも、今日は棚を作った後は、時間があったので、彼女に材木を出してもらって、子供用のブランコを作ってあげたのですが、すごく喜ばれました。
彼らの世界では、ああいった玩具はないそうで、友達を連れてきて遊んでもいいかって・・・、本当に大はしゃぎでした。
恐竜人とはいえ、子供ってのはかわいいもんですね。」
ナンバーファイブも、トン吉も、ここでの生活には満足している様子だ。
「そうですか、それはよかった。
お互いに種の存続というか、地上の支配権を争う戦いですからね。
一気に攻め滅ぼしてしまえばいいのかも知れませんが、恐竜人たちの生活を見ていて、そんな乱暴な事もやりたくはなくなってきました。
ですから、短期間で簡単に終わらせるようなことは難しいようです。
長丁場になりそうですから、じっくりと腰を落ちつけて、解決の方策を練って行きましょう。」
トランは、意外にも恐竜人を擁護する方向に、考え方が変わってきたようだ。




