第25話
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「じゃあ、私は出勤します。
人間と魔物は置いて行きますから、人間の方には家事をやらせて、魔物には力仕事を言いつけてください。
チュートロが本棚を欲しがっていたでしょう?
それを作らせるといい、手先も器用なようで、力もそれなりにあるから都合がいいです。
どうやら、我々の言語を理解するようですから、希少な存在として、研究対象に長く置いておきたい。
決して無理をさせたり、暴力を振るってはいけませんよ。
人間も魔物も、我々より遥かに脆く弱い生き物なのです。
大切に扱ってやってください。」
翌朝、トランは玄関先で妻にナンバーファイブ達の扱いに関して簡単に告げた後、彼女たちに目配せをしてから、出勤した。
朝6時から、夕方6時までの12時間勤務で、トルテ小隊長との交代制だ。
それでも、トルテが家族持ちのザッハに気を使って、自分が夜勤に名乗りを上げてくれたのは、本当にありがたかった。
少ないながらも、夕方からは家族との時間が持てるからだ。
「夜勤の方が、手当が良いからこちらとしてもありがたいよ。」
とは、当初のトルテ小隊長の言葉であり、ザッハは彼の心遣いがいかにありがたかったかを、今でも記憶の片隅に留めているようだ。
ナンバーファイブは、すぐに持ち帰ったロッカーから汚れた制服を取り出すと、洗濯に取り掛かった。
トン吉は、ナンバーファイブに木の板を数枚出してもらって、木製の棚を作り始める。
ザッハの娘であるチュートロが、工作の様子を興味深そうに眺めている。
棚を作り終えて、チュートロの部屋へ設置後、彼女がきれいに本を整理している隙に、ナンバーファイブと一緒に恐竜人たちの死体を、庭に穴を掘って埋めた。
「トルテ小隊長殿、地上へ通じていそうな各通路の点検を終えました。
どの通路も、ドボ上等兵たちが通過して地上へ向かった形跡はありません。
現時点での地上へのアクセスに関しましては、東の通路の先の発着場ですが、ここは精神感応検知のための浮遊球と円盤のためのものであり、我々のような大きな体では、細く長い先の通路を通り抜けることは出来そうもありません。
北の通路の先は、監視役の鬼たちの報告板がある場所ですが、異次元通路の先の洞窟壁まで確認しましたが、どこにも外界へ通じる出入り口は見つかりませんでした。
さらに、その先にあるという黄泉の国と現世への出入り口に関しましても、鬼たちが塞いだはずですので、使用不可能です。
つまり、こちらは2重に塞がれていることになります。
南の通路の先には、本隊が接続するはずの次元通路があるだけですし、唯一可能性があるのは西側の捕獲用円盤の発着場だけです。
ここは大型の円盤の発着が可能ですが、現状保有しているのは、捕獲光線により地上生物を生け捕りにするための捕獲円盤だけですし、発射台から地上までは百メートル以上の高さがあるため、ここを自力で登ったとは到底考えられません。
ましてや、乗り込み口の無い捕獲用円盤に掴まって地上に出るような、命知らずの行為をしたとは考えられませんし、なにより捕獲用円盤を動かした形跡もありません。
人間たちを捕獲してきて調査したいのはやまやまですが、最初の捕虜たちに自爆され、被害が尋常ではなかったこともあり、現在は自粛中です。
現在人間たちとの接触は、地上調査部隊が鬼たちの仲介の元、テレビ会議を通じて行う会合のみとなっております。」
一晩中、施設内を走り回っていたのだろうか、トルテ小隊長の前に立ち報告する部下たちは、疲れ切った表情をしている。
黄泉の国の鬼たちが使っていた報告板は、トン吉により破壊されたのだったが、戻った後でレオンの記憶を呼び覚まし、ハルが新しい報告板を出現させて、交換しておいたのだった。
新しい報告板とは微妙な違いはあるのだろうが、恐竜人たちからは報告板の裏側しか見えないため、変化に気づくことはなかったのだろう。
彼らも、この板一枚で黄泉の国と繋がっているとは、想像もしていない様子だ。
「ほう・・・そうか、ザッハの奴、よほど用意周到に準備をして、作戦に取り掛かったのだろう。
少しの痕跡も残していないとは、さすがだ。」
報告を受けたトルテ小隊長は、なぜか満足げだった。
「そんな・・・、しっかりしてください。
ザッハ小隊長とトルテ小隊長・・・、お二人は我ら恐竜人の伝統武術であるケンドーの達人であるとともに、軍隊の中でも超エリートであり、次の中隊長の地位を競うライバルなのですから。
同様に、ドボ上等兵と私も軍の中ではライバル同士であり・・・、と言ってもお二人のようにエリートという訳でも何でもありませんし、私の出世は全て小隊長殿の出世にかかっていると言っても、過言ではありません。
小隊長殿が中隊長へ出世されれば、その空きの役職に自動的に私が・・・。
ですから、頑張っていただかないと困ります。」
2人組の部下のうち、体が少し大きめの恐竜人が、身を乗り出してトルテ小隊長に向かって語り始めた。
「おうおう・・・、そうだな、お前たちの出世いかんも、私自身の評価によるところが大きい訳だ。
だが、まああせるな・・・ジャボ上等兵よ。
ザッハは切れ者の様でいて、時に魔の抜けたことをやらかす。
なにより、あの極端な潔癖症がいかん。
いくら、ケンドーの達人とは言っても、模擬刀に防具をつけてのやり取りでは無敵でも、実際に真剣を身に付けた場合では、その力が発揮されるとは限らん。
なにせ、つばぜり合いをして相手の飛び散る汗がかかる事すらも、極端に嫌うのだからな。
あの性格では、高い技量も宝の持ち腐れというものだ。
本隊と合流して、本格的に地上を支配するようになり、もし人間や魔物たちと熾烈な戦いが勃発した場合、奴の部隊に活躍は望めないだろう。
我らの評価が上がるだけだよ。」
トルテ小隊長は、自信満々に答える。
「そうはおっしゃいますが・・・、ザッハ小隊長とトルテ小隊長殿は、幼馴染で数千年来の親友とお聞きします。
仮に、ザッハ小隊長が人間たちとの直接の戦闘に遭遇した時、危険が迫ればトルテ小隊長殿がサポートに回られるのではないのですか?
私は・・・、お二人の仲がいいのは結構な事だと思いますが、そのような戦闘に私情を挟むような行為を恐れております。」
ジャボ上等兵は、にじみ出る汗をぬぐいながら、恐る恐るという感じで告げる。
「まあ、そういうな、交代制とはいえ見張り役で一緒に長い時を過ごしてきた戦友なのだ。
奴とは睡眠サイクルも同じ設定だから、毎回同じ時に見張り役を行ってきた。
それでも、今回の千年間はお前たちと一緒に役目をこなしてきたのだから、お前たちとは別の意味で長い付き合いということになる。
なにせ、この千年間は今までのどの時代よりも飛躍的に人間どもの文明や科学力が発達した時代だったからな。
俺が担当した過去の千年は、人間と言えるかどうか・・・言葉もろくに話せず、唯一文化的なものはと言えば、拾ってきた短い木の棒に、平たい石をツタで結びつけた、石斧という武器だけだった。
そんな時代が長く続いて、俺の任期終了間際に青銅器という金属を使い始めた。
それが、次の順が回って来た時には、奴らは海も陸地も小型の機械で我が物顔に動き回っていた。
やがて空にまで進出すると、今度は更に上空へと進出していった。
人間たちの飽くなき冒険心には感心したものだったよ
闇の存在との接点は過去にも少なからずはあったが、特に世界中を網羅するようになった人間たちとの強い接触が始まるだろうと、注目されていたから気を抜けなかったよな。
なにせ、人口が増えればそれだけ死に行く奴らも多い訳で、闇の存在が取り込める浮遊する魂も増えると言う事だからな。
更に、あの世界中を巻き込んだ大規模な戦争勃発だろう?
こりゃ、大量の魂を取り込んだ闇の存在が力をつけ、地上を闊歩するのではないかと警戒を強めた。
ところが、一向に闇の存在の話が伝わってこない。
それもそのはず、余りに増えすぎた浮遊する魂同士がくっつきあって、魔物とかいう存在が大量に生まれてしまったのだからな。
計算違いではあったが、これはこれでありがたかった、なにせ、闇の存在の餌である浮遊する魂が、ほとんど魔物に変換しちまったんだからな。
こんどこそ、あきらめてこの星を去ってくれるのではないかと、期待した訳だ。」
「ところが、闇の存在はその姿すら見せずに長い事消息不明でしたね。
それこそ、とっくにこの星からいなくなっていると言った見方もされていました。
しかし、上層部は、そう言った推測だけでは納得してくれませんでした。
存在しない確かな証拠を見せろと、言われ続けていましたね。」
「そうだ、上層部の奴らはおっそろしく慎重で、疑り深い奴らの集まりだからな。
憶測や推測では、地上へ戻るつもりなど全くないという訳だ。
気が長いとも言えるが、もしかしたら、一度目覚めたらなかなか簡単には再び眠りに付くことができないのではないかと言われている。
だから、慎重に闇の存在が本当に消えたのかどうか、何度も確認をして、本当にその痕跡を見つけた場合のみ、目覚めるプロセスに移行する仕組みのようだ。」
「へえ、我々は何度も冷凍睡眠と目覚めを繰り返していますがね・・・。」
「その冷凍睡眠の方法が、我々下層の平民と本隊とは異なるという話だ。
あくまでも噂話だが、彼らの方は安全で快適な状態で過ごしているらしい。」
「へえ、そうなんですか、なんかうらやましいですね。
我々は、氷漬けですからね。」
2人の部下は、がっくりと肩を落とす。
「まあ、そう気を落とすな。
今回の功績で我らだって、その上層部の仲間入りも夢じゃないはずだ。
なにせ、闇の存在に関することが、全く報告されなくなってずいぶんと時が経過したからな。
ところが、つい最近になってその存在が認識されたかと思ったら、すぐに封印されたとの報告だ。
我々の任期が近づいていたから、闇の存在に関して変化があるにしても、恐らく次の担当の頃かそのまた次だろうとあきらめていたんだが、事態が急変した。
しかも、存在が確認されたという警戒レベルの変化どころじゃなくて、封印されちまいやがったんだからな、我々の先祖がどれだけ頑張っても手も足も出なかった闇の存在が、よわっちい人間どもに封印されたっていうんだから、本当に力の優劣というものは分らないものだ。
うれしかったねえ、我らが何かをしたわけではないが、やはり本隊からは、この時代を監視していた我らを高く評価してくださるだろう。
お前たちの事もうまいこと報告しているから、任せてくれ。」
トルテ小隊長は、そう言いながら明るく笑った。
「そ・・・そうですか、お心遣い感謝いたします。」
ジャボ上等兵も隣の兵士も深々と頭を下げた。
「内緒のお話は終わりましたか?」
トルテ小隊長が顔をあげると、部下の兵士たちの後ろに、ザッハ小隊長の姿が見えた。
「ザッハ小隊長・・・いったいいつから・・・?」
「そうですね・・・、本隊の安全で快適な眠りの話くらいからですかね。
いや、別にトルテたちの会話を聞くつもりはなかったんですが、ノックをしても返事がないし、中での会話も聞こえなかったから、いないのかと思って入ってきたら、声を潜めて密談中でした。
中へ入ったら、自然と耳に入ってきてしまって、悪いと思って何度か声もかけましたが・・・。」
ザッハ小隊長の言葉に、トルテ小隊長は顔を赤らめて頭を掻いた。
話に夢中になり、訪問者に気が付かなかったのだ。
ザッハ小隊長だったから問題はないだろうが、これが上役の中隊長であったなら、大事だったろう。
「おお、そうか、もうこんな時間か・・・、人形たちにこれといった変化はない。
それじゃあ、後はよろしく。」
ほっと息をついたトルテ小隊長は、そそくさと部屋を後にした。
「我々も、失礼いたします。
後はよろしくお願いいたします。」
2名の部下もそれぞれ敬礼してから部屋を出て行った。
「ふうん・・・そうですか、色々と状況が飲み込めてきましたね。
乗り移ったものの記憶と言ったって、日常の生活に関わるようなものは浮かんできますが、過去の事柄などはそれに関する刺激でもなければ、思い出せませんからね。
他の隊員たちとの交流も深めて、情報を探るとしましょうかね。」
トランは席に着きながら、一人大きく頷いた。




