第23話
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『ガチャ』突然ドアが開いて、体格の良い恐竜人が入って来た。
「な・・・なんですか、あなたは・・・。」
トランが、驚いて目を丸くする。
まさか、責任者である小隊長室に、ノックもせずに入ってくるやつがいるとは考えていなかったからだ。
「なんだはないだろう・・・、そういや、いつもより15分ほど早いか。
お前がいつも、俺が来る時間が引き継ぎギリギリだと文句を言うから、少し早めに来てやったら、今度はなんだ呼ばわりか・・・、一体、早いのと遅いの、どっちがいいんだ?」
突然の来客に動じるトランの様子に、一切構わずに、その恐竜人は平然と部屋の中へ入って来た。
「お・・・、そういえば、もうそんな時間か・・・、交代でしたね。
じゃあ、私はこの辺で・・・。」
トランは、さりげなく荷物をまとめる仕草を見せる。
「じゃあ・・・、じゃないだろ?
ここに居る、人間と魔物の説明をしてくれなくちゃいけないだろう。
引継ぎをしてくれないと、尋問で聞きだすことが分らないだろうが。
一体どうしたんだ?
まさか、お前が捕まえたなんて言わないだろうな?」
恐竜人は、怪しげな目つきでトン吉とナンバーファイブの様子を眺めまわす。
「いや、そのまさかですよ。引継ぎは不要です。
私が直々に尋問するから、こいつらは連れて帰ります。
だから、後はよろしくお願いいたします。」
トランは、トン吉に目配せで、先ほど死体を詰めたロッカーに目をやり、それを台車方向に首を振る仕草を見せる。
その様子を見ていたトン吉は、大きく頷いて、大きなロッカーを抱えると、台車の上に乗せた。
「おいおい、今度はどうしたんだ?
台車の上にロッカーを乗せて、引っ越しでもするのか?」
大柄の恐竜人は、トランに変わって、大きな机の席に付くと、今度はトン吉の行動を指摘する。
「このロッカーは私が運び入れた物で、私の荷物しか入ってはいないはずです。
まあ、制服が数着入っているだけなのですがね。
これを、家に持ち帰るだけです、あなたには迷惑はかからないでしょ?」
トランは、平然と答える。
「おお、そうか、潔癖症のお前もようやく荷物を家族に預ける決心がついたという訳か。
洗濯方法など、口うるさいおまえは、とても奥さんには任せられんと言って、ここへロッカーを構えて、自分で制服の洗濯をしていたんだものな。
俺にとっては邪魔なロッカーだったから、持って帰ってくれるなら大歓迎だ。」
恐竜人は、そう言って拍手する。
「じゃあ、後はよろしくお願いします。」
そう言って、トランはナンバーファイブとトン吉を連れ立って、部屋を出て行こうとする。
「いや、ちょっと待て、ザッハ第2小隊長。
いくらなんでも、地上の人間どもを捕まえて、その報告が全くないのはおかしいだろ。
誰が、いつ、どこで、どうやってこいつらを捕獲したのか、それくらい報告して行け。」
そう言ってトランを呼び止める。
この体の主は、ザッハ第2小隊長というようだ。
「それは教えられませんね、トルテ第1小隊長。
我らは小隊の長であり、同じ軍に属しますが、お互い出世のライバルです。
折角捕まえた地上の人間や魔物は、重要な情報源となります。
それはそうでしょう、半年ほど前に捕まえた人間どもからは、全く何の情報も得られなかったのですからね。
奴らの思想や考え方を理解しようとしていますが、交渉にあたる政治家などというやつらは、狸ばかりで、何を考えているのか、腹を探るのが大変と聞いています。
地上の直接管理に回った奴らが嘆いていますよ。
なにせ、こちらの現状を把握させないためにも、代表団としての会合も禁じられていますからね。
あくまでも、鬼たちを使って管理させるしか今のところはないのですが、ほとんど情報が得られない始末。
奴らを従えるためにも、考えや思考パターンを調べる必要性があるのは明白ですが、全くうまく行っていないのが現状です。
それを打破するのが、何を隠そう、未だにここ地下の施設で、人形の監視というつまらん役どころをやらされている私という訳です。
入手経路など教えるわけにはいかんということは、おわかりでしょ?
本日の監視カメラの映像ですが、実は電力が不安定でして、ある一時に限るのですが画像が消えてしまっていますが、ベつに異常があった訳ではないことを伝えて置きます。
じゃあ、後はよろしくお願いします。」
そういいながら、トランは手を振りながら、ナンバーファイブと共に部屋を出て行った。
その後を台車を押したトン吉が続く。
「大変です、トルテ小隊長。
監視部屋で監視しているはずの、ドボ上等兵たちがいません。
部屋も少し荒らされているようです。」
丁度入れ違いに、体の小さな恐竜人が入って来た。
「おおそうか、ドボ上等兵と、ジル2等兵の2名は、地上に行ってもらいました。
こいつらは、彼らが捕まえてきてくれた捕虜という訳です。
なにせ、いつまでも動かない、やつらの人形の監視ばかりを続けている訳にもいかないでしょ?
こんな状態のままで、本隊が目覚めたら、人間や魔物たちの情報もほとんどなく、偉いさんたちに吊るし上げをくらいかねません。
仕方がないから、彼らに地上の情報収集に向かわせたという訳です。
本当は秘密にしておきたかったのですが、ここまではお教えしましょう。
当面戻ってこないだろうから、よろしくお願いします。」
トランはそう言い残して、部屋を後にした。
「い・・・、いいんですか?このままで・・・。」
部屋の中へ入って来た恐竜人は、驚きの表情でトランの乗り移った恐竜人の背中を追った。
「仕方がないだろう、ジャボ上等兵。
人間と魔物の生きた捕虜を確保したのだからな、かなりの功績と言える。
そうか、手下を使って地上の調査をさせているのか。」
トルテ小隊長は、悔しそうに頷きながら歯ぎしりをした。
「どこから地上へ出たのでしょうね。
この大陸から、人間たちの住む大陸までは、結構な距離がありますからね。
我らの有人の乗り物は、まだ、次元の壁の奥のままですからね。
危険を冒さずに、人間たちのいる傍まで行けたという事なのでしょうかね?」
ジャボ上等兵は、首をかしげながら呟く。
「その方法は、簡単には分らないようにしてあるだろうな。
恐らく、外界と繋がっている通路の監視画像を消去して、どこから外へ出たのか分からなくしたのだろう。
ずいぶんと、周到な計画だ。」
『ボキッ』トルテ小隊長が握っていたペンが、脆くも折れてしまった。
「いいんですか、そんなことさせておいて。」
「仕方がないだろう、これがあいつの起死回生の作戦という事だろう。
なにせ、あいつは、地上の割り当ても、生き残りの少ない大陸の東側担当だ。
俺様は人間たちが最終戦争と称する戦火を免れた国がいくつか存在する、その大陸の西側担当だ。
どちらが、より多くの人間や魔物を掌握し、情報を得ることができるのか、何もしなければ明白だった。
そのハンデを埋めようと、奴も必死なのだ。
部下も犠牲になっていることだし、なりふり構ってはいられんという事だろう。
こちらも負けずに、何か作戦を練る必要性があるな。」
そういながらトルテ小隊長は、ジャボ上等兵を自分の傍へ呼び寄せた。
「これからどうするんです?
うまいこと誤魔化せましたが、こんなものずっと持っていると、かなり怪しまれますよ。」
ロッカーを積んだ台車を転がしながら、トン吉がトランに尋ねる。
「ああ、しかたがないでしょう、あのまま、あの部屋に置いておくなんて恐ろしい事、出来ないですからね。
大丈夫ですよ、家まで運びましょう。」
「家・・・ですか?」
「そうです、この体の持ち主の家ですよ。」
そういいながら、トランは通路を角ごとにいくつも曲がり、尚も進んで行った。
「ここがそうですね。」
トランの指す先は、何の変哲もない、通路の壁にあるドアだった。
トランが、そのドアを開ける。
すると、両側に家が立ち並ぶ道路に出た。
ちょうど、黄泉の国の鬼たちの居住区に近いような感覚である。
トランは、そのうちの1軒のドアを開ける。
「おかえりなさーい。ようやく、洗濯物を持ち帰る気になったんですって?
トルテ君から電話があったわよ、大荷物を抱えて帰っても、驚かないでやってくれって。」
ドアを開けると、奥の方から声が聞こえてくる。ちょっと高めの優しい声だ。
「おかえりなさーい。」
すぐに、小さな影が廊下の奥からトラン目がけて駆けこんできた。
「おお、ただいま。お利口にしていたか?
今日は、おまえにお土産という訳でもないが、人間と魔物を連れてきてやったぞ。
あとで、遊ばせてやるからな。」
トランは、屈んで小さな恐竜人の頭を撫ぜながら、やさしく言った。
「わーい・・・、ママ、パパが人間と魔物を捕まえて来たって・・・。」
そう叫びながら、小さな恐竜人は廊下の奥へと駆けて行った。
トランが乗り移った恐竜人、ザッハ小隊長の子供なのだろう。
トランはそのまま、子恐竜人の後を追うように、廊下を歩いて行く。
トン吉とナンバーファイブも後に続く。
「まあまあ、一体どうしたと言うのですか、着替えどころか人間たちの捕虜まで連れて来て・・・、危なくはないの?」
ザッハ小隊長の妻なのだろう、恐らくは女性の恐竜人が台所に立ちながら、トラン達に話しかけてきた。
「いや、すごくおとなしいから、危険性は全くない。
それよりも、この捕虜に料理を作らせるから、おまえは子供の相手をしていなさい。
俺は、運んできたロッカーを、捕虜の魔物に部屋まで運ばせるからな。」
トランはそう言うと、ナンバーファイブを台所へ連れて行き、妻と子供には居間でくつろがせ、自分はトン吉と共に、奥の部屋へとロッカーを運び入れ始めた。
ナンバーファイブは、自分の頭よりも高い位置にあるシンクに届かせるため、大きな木でできた箱を台にして、調理を始める。
勿論、材料は鬼の能力で、妻と子が好みそうなものを出現させて調理をした。
トラン達が居間に戻ると、食卓には大皿に鳥や牛や豚の肉や様々な野菜類が調理されて並んでいた。
「どうぞ、召し上がれ。」
ナンバーファイブが、笑顔でみんなをテーブルに案内する。
「まあ、すごいわね、こんなの・・・お店でなけりゃできないもの・・・、雑誌なんかで見る位しか・・・。」
ザッハ小隊長の妻は目を丸くした。
「おいしーい。」
子恐竜人は、早速鳥の丸焼きを掴みとってかぶりついた。
その後は、ほとんど声を出さずに、夢中で食べ始めた。
「まあまあ、珍しいわね、この子がこんなに一生懸命食べるなんて。
いつもは食が細いのに・・・。
でも、こうやって考えると、人間の捕虜というのを家で飼って見たくなってくるわね。
あなたもそのつもりで、連れて来たんでしょ?
トルテ君も捕虜を連れて帰るなんてって言って驚いていたけど、こんなわけがあったのね?
小隊長のあなたは、休みもなくてずっと働きづめで、子供の相手も出来ないのですものね。
その、埋め合わせという訳ではないのだろうけど、賛成よ。
なにせ、部下たちは交代制できちんと休みがあるんですもの、このくらいは役得で許してもらわなくっちゃ。」
妻は、テーブルに並べられた豪華な食事にうっとりといった感じだ。
「しかし、突然連れかえって驚かそうとしていたのに、トルテの奴、邪魔しやがって。」
トランは少し悔しそうにして見せた。
「い・・・いいじゃない、トルテ君も悪気はないのよ。
昔は3人でよく一緒に遊んだじゃない。
仲良し3人組で、どこへ行くのもずっと一緒だったわよね。
そりゃ、あたしはあなたと一緒になったけど、トルテ君との友情は消えていないと思っているわよ。」
妻は、そう言ってトランの体にすり寄って来た。
「軍隊内では、ライバルライバルと評されているようですが、私もトルテとは良い仲でありたいと思っていますよ。
数少ない友達ですからね。」
「そうよそうよ。」
トランの言葉に、妻も嬉しそうに、彼の肘に腕をすべり込ませてきた。
食事の後、ナンバーファイブは子恐竜人に、チェッカーを出現させてゲームの方法を教えていた。
その日は、そうして夜も更けたので、トン吉とナンバーファイブを尋問すると言って、ザッハ小隊長の部屋に連れ帰った。
「ふうん・・・、なんか、あたしたち人間と変わらない生活をしているようね。
軍隊での確執も、人間社会と変わらないみたい・・・。」
ナンバーファイブが、部屋の外の様子を窺うように、入って来たドアを見つめながら呟く。
「どうやら、その様ですね。
彼らも、単純に人間や魔物たちを支配して、地上に君臨しようと考えている訳ではないようです。
組織立った社会の中で、彼らも一つの歯車で、いわゆる種の存続のための礎になろうとしているようですね。
これは、簡単には行かないかも知れませんよ。」
トランは、そう言って腕を組んだ。




