第20話
3
誰もいないはずの通路のドアが突然開いて、暫くするとゆっくりと閉まる。
仮に、この通路に監視用のカメラと共に、集音マイクを備えていたならば、彼らの声が聞こえたことだろう。
「真っ暗で、前どころか、右も左も全く何も見えないじゃない。
本当にこっちでいいの?
あれ?ドアを開けてくれって・・・、さすがにドアが開くのはまずいんじゃない?」
「仕方がないよ、レオンをかぶっていれば、周りの色と同化できるけど、レオン自体は透明な訳じゃないから、中から外の様子は見えないんだ。
でも、レオンには周りの様子が見えているから、レオンに従って進めばいいはずだよ。
それに、銀次さんじゃないから、壁は通り抜けられないんだよ。
だから、いちいちドアを開けないと、通れないから仕方がないじゃない。」
「ドアの事は仕方がないだろう。
開閉の時に注目されていないことを祈ろう。
それよりも、辛うじて、足元の床が見えるから、床のタイルの目を見る限り、一応はまっすぐ進んでいるのだとは思う。
でも、左右の壁の立ち上がりも見えるところから考えると、通路一杯に広がっているようだ。
もし仮に、向こうから恐竜人たちが歩いて来たとしたら、すれ違うことができないからアウトだろうね。」
「その時は縦に1列になって、細くなればいいのよ。
レオンの体はどこまでも伸びるのでしょ?
何十メートルかの長さの列になれば、相手にぶつからずにすれ違えるでしょ?」
「はい・・・、誰かが来たらレオンがお教えします。
その時は1列になって、壁際に寄り添ってください。
何十メートルもの長さにまで伸びることは、さすがにできないと思いますが。ここに居る皆さんを覆い隠すくらいの事は出来ます。
ですからご安心を・・。」
「そう言えば、あんたって薄く膜みたいになって周りと同化しているんでしょ?
目とか口とか耳とかどうなっているの?」
「目も耳も、多分どこかにはあるのでしょうが、2つずつこの体の一部分にあるという事ではなさそうです。
この魔法を使っていると、360度周囲の景色が見えています。
それは、外側も内側も両方見えますが、内側は薄暗いので認識はしにくいです。
また、音も、どの方向からの音でも聞き分けることができます。
あっ、またドアがありますよ。」
またまた、誰もいないはずの通路のドアが、ゆっくりと開き、暫くするとゆっくりと閉じる。
「へえ・・・、表も裏も、360度あらゆる方向が見えるって・・・、まさか、あたしのスカートの中を覗いていないでしょうね。」
「め・・・滅相もありません、そんな命知らずの恐ろしい事、出来るはずも・・・。」
心なしか、みんなを包み込んでいるレオンのベールが、小刻みに震え出したようだ。
ともあれ、ミリンダを先頭に、洞窟のような広い空間を、尚も進んで行く。
「多分、ここから先に監視カメラはないと思うのですが、用心の為に黄泉の国側に入るまでは、レオンをかぶって行きましょう。
すごく広い空間だから、レールを見失わないでね、レオン。」
「任せてください。
レールに沿って歩いて行けばいいだけですからね。」
そう言う声が聞こえ、更に進んで行く。
「着きましたよ、報告板をトン吉さんがぶち破って出来た、壁の穴です。
1列になっていただいて・・・、足元が段になっていますから、またいでくださいね。」
「ちょちょっと・・・、押さないでよ。」
「あっ、ごめん・・・。」
「おおっと、危うく躓くところだった。」
「気を付けてくださいよ。」
「はーい・・・、おいらが一番最後で・・・、到着っと。」
「じゃあ、いいですね、レオンは元に戻ります。」
みんなを覆っていたベールのような膜が瞬時に取り払われて、視界が開けた。
そこは、高い天井の広い空間に、ビルのような建物が建っている場所だった。
「これが、手下の鬼さんたちの寮なんだって。
この向こうにはダロンボさんたち、リーダー格の鬼たちが家族で住んでいた、大きな家が何十件も並んで建っているよ。」
ハルが、そう言いながら先頭に立って歩き始める。
「へえ、結構いいところじゃない。
もう鬼たちは現世で暮らしているんだから、使っていないんでしょ?
特訓の合間はここで休もうかしら。」
ミリンダが、洒落た造りの家々を眺めながら呟く。
「それは駄目だと思うよ、ダロンボさんたち鬼だって、好きで地上で人間や魔物たちを管理している風ではなかったもの。
家族に会いたいなんて言っている鬼もいたから、きっと家族を人質に取られたか何かしているんだと思う。
そうでなきゃ、あんなに僕たちに親切だったダロンボさんたちが、恐竜人たちの手下になって働くなんて、考えられないからね。
それに、ダロンボさんたちが代わりに管理しているから、地上の人たちも、意外と自由に暮らせているんだと思っているよ。
これが、恐竜人たちに直接管理されていたとしたら、いつ食べられてしまうかも知れないので、みんな恐怖でびくびくしながら暮らす羽目になっていただろうね。
なにせ、僕たちも恐竜人たちの餌だって・・・、ショックだよね・・・。」
ハルは、気に入った1軒に入って行こうとするミリンダをたしなめながら、そのまま歩き続けた。
「そうだね、ダロンボさんたちと、我々に面識があったことと、闇の王子たちとの件で、協力関係が出来ていたことが、功を奏したのかも知れないが、鬼たちは人間や魔物を敵対視していないどころか、親しみを持っていてくれているから、監視体制も甘くしてくれているのだろう。
それに、いくらダロンボさんたち鬼たちの実質的な創造主であったとしても、何千万年もの間、音信不通だったわけだから、主従関係が崩れていたと考えても不思議ではないだろうしね。
そうなると、ハル君の言うとおり、言う事を聞かせるだけの、何らかの処置がとられていると考えるのが、普通だろうね。
鬼たちを恐竜人たちの手から自由にすることも、検討しなければならないだろうね。」
所長も、歩きながら顎に手をやって考え込む。
「そ・・・そうね、鬼たちに感謝しなくっちゃいけないんだものね。
そうして、いずれは協力して恐竜人たちを・・・」
そういいながら、尚もミリンダは洋風で洒落た造りの家を、名残惜しそうに見つめながら、後ろ向きで皆について行く。
「そ・・・そう言えば、ポチは?
あたしたちをかばって、敵の光線を浴びて・・・・、どうなっちゃったの?
あの後、ポチを召喚してみた?」
ミリンダが突然思い出したかのように、ハルに問いかける。
安全が確保されて、不意に思い出したのだろう。
「うん・・・・、南米へ飛ばされて南極へ向かっている途中で、何度か呼び出しては見たけど・・・。」
ハルは、小さく首を振った。
「そ・・・そう・・・、でも、生意気なあいつの事だから、ハルの様子を見て、大した用事でもないのにって言って、無視しているだけなのかもしれないわよね。」
ミリンダは勉めて明るく振る舞う。
それからは、みんな口をつぐんで、しばし沈黙が続いた。
「着きましたよ、あの扉の向こう側が、ダロンボさんたちの事務所があった、ロッジ風の丸太小屋に通じています。」
ハルが、木枠で作られた階段を昇って行き、ドアを開けて中へ入って行く。
ハルとしては、竜神との別れに関して、ある程度の覚悟は出来ていたのだろう。
それほど、動揺している様子は見られない。
みんなが、その後に続いて行く。
「へえ、こんな風になっていたんだ。
全然知らなかったわね。」
ミリンダが、何度か入ったことがある管理室のカウンターの奥側からの景色を、興味深そうに眺め始めた。
「じゃあ、早速黄泉の国での特訓を開始するとしようか。」
ジミーがカウンターを越えて建物の外へ出ると、すぐに腕まくりをして、準備体操を始めた。
「いや、まだ駄目だ。
今の状態の我々は、裏口からここへ入って来たから、入った時間も入った黄泉の穴も記録されてはいないだろう。
これでは、現世への扉を使っても、特訓に費やした時間を戻すことは出来ないから、一旦南極の黄泉の穴から出て、入り直す必要性がある。」
所長が張り切るジミーを制止する。
「そうですね、皆さん、この札を持ってください。」
ハルが、鬼の能力で出した真っ黒な札を全員に手渡した。
「じゃあ、行きましょう。」
ハルを先頭に、地獄ステージの方へ進んで行く。
その先は、第7ダンジョンだった。
「瞬間移動で戻って行きましょう。」
ミッテランを中心に、それぞれ分割して瞬間移動する。
何度か瞬間移動を繰り返し、吊り橋も越えると、その先の真っ暗な空間を更に進んで行く。
そうして、辿りついた先は、南極の黄泉の穴だった。
「この壁にある取っ手をまさぐって捻ると、裏口から黄泉の国へ通じます。
幅は少し狭いのですが、トン吉さんも通れたし、意外と抜けられると思います。
もしかすると、通る人に合わせて狭く感じるように作られているのかも知れません。
皆さんは、黄泉の国の中にも詳しいですから、特に説明はしませんが、中で何ヶ月間か特訓をして、現世への扉を通って元へ戻ると、達成感でここを出て行こうとするらしいです。
でも、そうせずにまた黄泉の国へ戻って特訓を続けてください。
何度も繰り返すうちに、黄泉の国の中でのことを記憶することができるようになってきます。
それと共に、様々な魔法も取得出来ますし、鬼の力も取得することができます。
また、猛スピードで走ったり、断崖を飛び越えたりといった身体的能力も身について行きます。
でも、ただ黄泉の国の中で時を過ごすだけでは、何の力も身につくことはありません。
辛いでしょうが、繰り返し特訓するしかありません。
頑張ってください。
それから・・・、マイキーさんたちはどうしますか?
なんだったら、先に故郷の国か仙台市までお送りしますけど?」
ハルはそう言って、マイキーとマルニーの顔を見る。
なにせ、二人は非戦闘員なのだ。
更に知識を蓄えようとする所長とは違い、特訓に参加する必要性もないと言える。
「何を言っているのよ、私も当然特訓するわよ。
だから、出して・・・、あれ。」
そう言ってマイキーは両手を差し出す。
「あれって・・・、ああ、そうですか。」
そう言いながら、ハルの広げた両手の上には、ゴム製のマスクと黒髪と金髪のカツラが乗っていた。
マイキーは笑顔でそれらを受け取ると、マスクをかぶり始めた。
「わ・・・、私もマイキー姉さまと一緒に、特訓に参加いたします。
変装用のマスクは必要ありませんが、体術の基礎から、もう一度やり直したいと考えます。
それで、着替えなどを・・・。」
「そうですか、分りました。」
ハルは笑顔で答えると、衣類がぎっしりと詰まったスーツケースを出現させて渡した。
「私にも必要な文献が何点かあるから、出してくれないか?
書物だって思い浮かべることができれば、出現させられるだろ?」
所長がハルに研究用の文献を出すよう要求してきた。
数千ページはありそうな分厚い本を、ハルは何冊も出現させる。
「おいらの分もお願いする。」
ジミーの願いは、テントなどのサバイバルセットと、マシンガンの弾倉だった。
ついでに、スターツ王子たち用のリュックも出現させ、ミリンダやゴランたちの荷物も出現させて渡した。
勿論、ミリンダ達の荷物には、勉強道具入りだ。
ジミーはじめマイキーや所長たちもいるので、移動授業は完璧だろう。
「中ではお腹が空くことはありませんが、習慣で食事は必要と思います。
この段ボール箱の中に缶詰を詰めておきますから、一緒に持って行ってください。
いい機会ですから、蜘蛛の魔物さんや飛び太郎さんたちも連れてきて、特訓に参加してもらおうと思います。
これから迎えに行ってきますから、皆さんは、特訓を開始していてください。」
みんなの準備を整えてから、ハルはそう言い残して黄泉の穴から外へ出て行った。
「ふうん・・・、1回だけの特訓でやめないように、色々と床に書いてあるのね。
じゃあ、あたしたちは特訓を開始しますか。」
ミリンダが、トン吉たちが書き残した床の文字を眺めながら呟く。
その言葉を合図に、全員が黄泉の国へ入って行った。




