第18話
さあ、いよいよ第2章に突入です。
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「じゃあ、この報告板ごと、壁を壊してください。
あなたならできるでしょう?」
トランは、トン吉の体を吟味するように見ながら、告げる。
「いいんですかい?」
トン吉はそう言うと、大きく息を吸い込む。
すると、トン吉の体が見る見るうちに大きくなり、見上げるほどの巨体となった。
『ズゴーン!』巨大化したトン吉が、報告板に向かって思いっきり拳を振るう。
『ガラガラガラ・・・・』報告板はその背後の岩壁ごと崩れ落ち、ぽっかりと大きな穴が開いた。
「どうやら、玉を入れ続けていって、×と△の部分の玉は元の報告板前の箱に戻って行き、○の玉はここからさらに奥の方へと転がって行く仕組みのようですね。
恐ろしく原始的なシステムですが、まあ、何千万年もの年月、いかなエネルギーも枯渇しないとは言えないでしょうし、確実に継続できるシステムを選択したという事でしょうね。
それもこれも、監視役の鬼たちが存続しなければなりませんが、それでも蓄電池などよりは信頼できたのでしょうね。」
トランの言うとおり、各列に入れた玉は細長い筒に溜まるようになっていて、ある一定の個数を越えると、そこから先は斜めのレールを伝って、それぞれ前面と背面に向かって行っている。
「じゃあ、このレールを辿って行けば、恐竜人たちの所まで行けると言う事ですかい?」
トン吉がトランの方に振り返る。
「そう言う事でしょうね。」
「へえ、恐竜人たちって実は黄泉の国の奥で、じっと身を潜めていたという訳ですね。
意外と、近くに居たんですね。」
おむつの誤解を解くことをあきらめたハルが、会話に参加してきた。
「いえ、近いとか遠いとかという距離的な事は、この場合は当てはまらないでしょう。
黄泉の国の構造もそうですが、恐らく、異空間同士を繋げているだけで、鬼たちの居住区と恐竜人たちの住処が、同じ洞窟内にあるという事ではないと思いますよ。」
トランは先が見えないほど奥まで続いている、壁の奥の様子を覗き見ながら、冷静に分析する。
「まあ、ともかく行ってみましょう。
虎穴に入らずんば、虎児を得ずですからね。」
そう言いながらトランは瓦礫をかき分け、岩壁の穴の中に入って行く。
「意外と中は広いですね。」
すぐ後に続くトン吉が、辺りを見回しながら呟く。
既に大きさは元のサイズに戻っている。
鬼たちの居住区もそれなりに天井が高かったが、こちら側は天井としてあるはずの岩肌が、全く見つけられない。
それどころか、両側の壁もはるか先に目を凝らしても、見えないほどの広さだ。
薄暗い空間は、玉が通って行くレールと、先ほど入って来た鬼の居住区を繋ぐ穴からの光が無ければ、方向を見失ってしまうほど、ただひたすら何もない空間が、前後左右どころか、上方にまでも続いているのだった。
そんな中、ひたすらレールを辿って歩いて行く。
玉を転がす為か、緩い勾配が付いているようで、奥へ行くほど少しずつ低くなっていっているようだ。
どれほど進んだだろうか、横方向の距離もそうだが、下方向へも、恐らく数百メートルは下がったくらいの感覚がある。
そうして、ついにこの空間が終わりを告げる、切り立った岩壁に到達した。
「ふうむ、ここまでレールを伝ってきた玉は、ここで落ちて天秤の片側の皿に乗る。
天秤の片側は地面から出たフックに結び付けられていて、皿に乗った玉がある一定の重さ以上になると、フックを吊り上げて、スイッチが入るという仕組みのようですね。
スイッチと言っても、このドアの鍵が開くと言うだけの、機械式なもののようですが。」
トランは、崖に組み込まれている金属製のドアノブを回してみた。
高さ4メートル程、幅も3メートル近くはありそうな、巨大なドアだ。
カチャリという音と共に、ドアは静かに開いた。
「どうやら、現世へ続く扉のようですね。
私の実体化はここまでの様です。
玉になってしまいますが、ご面倒でも持って行ってください。」
トランはそう言うと、自らを水晶玉に変えた。
ナンバーファイブが、地面に落ちた玉を拾い上げる。
「うーん、鬼の能力で収納すると、トラちゃんの意識も通じなくなってしまうから、袋を出してそれに入れて持ち運びましょうね。」
そう言いながら、ナンバーファイブは布製の巾着袋を出すと、それに玉を入れ、自分の服の腰のあたりに留めた。
「じゃあ、行きましょう。」
ナンバーファイブの後に続いて、ハルたちもドアを開けて入って行く。
その先は、コンクリート壁で作られた、建物の中の通路の様だった。
「へえ、こうなっているんだ。」
ナンバーファイブがドアを振り向くと、そこには見たこともない文字が刻まれていた。
「なんて書いてあるのですか?」
ハルが尋ねる。
「えーとねえ、“邪魔な存在は消えました。これで地上に出られます。”って書いてあるわね。
さっきの天秤が傾いて、ドアの鍵が開いたら、このメッセージがこのドアの上部に表示されるようになっていたんだね。
でも、ハル君にはこの文字が読めないの?」
ナンバーファイブが不思議そうに尋ねる。
「はい、僕はどちらかというと外国語自体もほとんど知らなくて、分るのは日本語だけです。」
ハルは恥ずかしそうに、少し顔を赤らめた。
「へえ、これって鬼の言葉に近いんだけどね・・・。」
「そうですか、それでですかね、あっしにはなんとなくわかりますよ。
獣の言葉に近いと言うか、鬼の国での特訓の最中にも、ダンジョンごとの壁に色々と書いてありましたが、なんとなく理解できていました。」
トン吉には、少しは理解できているようだ。
「レオンにも分ります。
やはり、恐竜人と同じくトカゲ系の血をひくせいですかね。」
レオンも、意味の分からない理屈をつけて、分かると言い始めた。
「じゃあ、あたしが教えてあげるよ。チュッ・・・」
そう言って、ナンバーファイブはハルの唇に自分の唇を重ねた。
「わわっ・・・、な・・・何をするんですか・・・?」
ハルは驚いて、後方へ飛びのいた。
「いやあね、だ・か・ら、教えてあげたのよ。
口移しっていうやつでね。
言葉を覚えさせるのに、一番早い方法なんだって。
あたしがある程度修業を終えた時に、トラちゃんがやってくれたの。
修業して、鬼の力を持っていなければいけないんだけど、口移しだけで結構多くの知識が伝達できるんだって。
今は、鬼の言葉だけを伝えたから、軽いキスだったけど、何十ケ国語も伝える時には、結構なディープキスに・・・。
あたしは、言葉とか歴史とかはもっぱら勉強で覚えたけど、鬼の言葉だけはキスで覚えたわ。」
ナンバーファイブはそう言いながら、自慢げに大きな胸を更に膨らませた。
「そ・・・そんなこと言ったって・・・、わ・・・わかりませんよ、ドアの上の文字を見ても、ちっとも分らない。」
ハルは突然の事に動揺しているのか、耳たぶまで真っ赤に染めた。
「すぐには無理よ・・・、でも段々と分ってくるから、焦らないで。
それに、キスぐらい、おませな趣味のハル君だったら、いっつもしていたんでしょ?
幼馴染のミリンダちゃんと・・・。」
ナンバーファイブはそう言って意味深な笑みを見せた。
「そ・・・そんなこと・・・、決して・・・。」
「あ・・・あの・・・、レ・・レオンも・・、その・・、なんというか・・・、突然言葉が分らなくなってしまいました。
で・・・ですので・・・、その・・・チュッってやつを・・・。」
突然レオンが、顔を赤らめさせながら、ナンバーファイブの前に出て来た。
「いやあよ・・・、ハル君だからしてあげたの・・・。
言葉が分らなくて困るんなら、後でトラちゃんが復活した時にでもしてもらいなさい。
7聖人の他のメンバーは、楽して覚えようとして、あたしにキスを迫って来たけど、当然ながら、あたしは断っていたんだからね。」
ナンバーファイブは、当然とばかりに冷たくそっぽを向いた。
「じゃあ、こんなところにずっといるわけにもいかないでしょうから、先へ進みましょう。」
トン吉の言葉を合図に、一行は通路を歩き始めた。
通路は一本道で他に分岐はない。
その先に、またドアが出現した。
慎重にドアを開けると、中は広い部屋の様だ。
テーブルや机などが乱雑に積まれた向こう側に、わずかだが人の気配がする。
ハルたちは身を低めて、そっと部屋の中へ入って行く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なにか、会話をしているようだが、ここまでは聞こえてこない。
その向こう側に、さらに奥へと続くドアが見える。
「なんとか、あのドアまで辿りつきましょう。」
トン吉が、囁くように言いながらドアを指さす。
「だめよ、あいつらを倒せって・・・トラちゃんが。」
ところが、ナンバーファイブが首を振る。
どうやら、ナンバーファイブの頭の中に、トランが直接話しかけてきているようだ。
「ええっ・・・?いいの?トランさんは、人や魔物に対しても仲良くって・・・。
恐竜人だって、簡単に殺してはいけないんじゃないの?」
ハルが、驚いたように問いかける。
「いいんだって・・・、恐竜人なんて、数千万年前に絶滅したはずの化石は、今の時代に生きてもらうのは都合が悪いって言ってる。
どちらにしても、乗り移るには死んでもらうしかないんだし、丁度いいって。」
ナンバーファイブは、頭の中に返ってくる内容を、ハルたちに告げる。
仕方がないので、ハルとレオン、ナンバーファイブとトン吉の2手に分れて、両側から回り込む。
奥には2匹の恐竜人がモニター画面の前の机に座っていた。
影から、そのモニター画面を見て驚いた。
ハルたちが先ほど通って来た、鬼たちとの居住区と繋がっていた崖の扉の内側と、そこから続く通路が映されているではないか。
恐らく、ドアの上の表示が変わるかどうか、日々確認するためのモニターなのだろう。
そこを今ハルたちが通ってきたはずなのに、監視役の鬼たちは気付いている様子はない、リアルタイムではないのだろうか。
いや、そうではない、監視役の恐竜人たちは、モニター画面など見向きもせずに、何か四角い板のようなものを数枚ずつ持ったまま、向かい合っていた。
「いやあ、闇の存在がいなくなったって報告があって、その確認が取れれば、俺達の退屈な任務も解かれると思っていたのに、逆じゃないか。
前だったら、1チーム十人編成の3交代で、24時間体制で見張っていたから、1人当たりの負担は少なかったが、もう監視する対象が縮小されたってんで、俺たち二人に、こんな地下の奥の奥で、ずっと監視を続ける役目が回って来るなんてな・・・、ほんと災難だ。」
右側の恐竜人は、手に持った1枚の板を二人の前のテーブルに並べながら、ぼやき始めた。
「わ・・・分ります・・・、あの恐竜人の言っている言葉・・・、分りますよ。」
ハルが、向こう側に居るナンバーファイブに、唇を動かしながら、笑顔で合図した。
それを見たナンバーファイブも、満足そうに頷く。
「仕方がないじゃないですか、こんな厄介なものが増えたんですから。
なにせ、どんなに熱を加えても冷やしてもびくともしない上に、重すぎて動かせないし、何とか大きさを変えたけど、このままケースに入れて変化がないか、見張るくらいしか手はねえんですから。
こっちの担当で良かったんですよ、もし、向こうの担当だったら、爆発に巻き込まれていたかもしれないんですから。
それに、こんな楽な仕事で手当がもらえるんですから、ある意味ラッキーですよ。
ほい、あがりっと・・。」
左側の恐竜人は、嬉しそうに手に持った板を全てテーブルに並べた。
どうやら、対戦型のカードゲームのようなものに興じているらしい。
「レオンにお任せください。」
そういうと、レオンは体を薄く伸ばして、ハルを包み込んだ。
そうして、周りと同調したまま2匹の恐竜人たちの元へと近づいて行き、恐竜人たちの傍へ近づいた瞬間、レオンは体を戻してハルを出現させた。
「燃えろ!!!燃えろ!!!燃えろ!!!」
身の丈ほどもある炎の玉が、腰かけている恐竜人に背後から襲い掛かる。
「うおっ!おおおお・・・・っ・」
相手もすぐに気が付き振り向くと両手で払いのけるが、次々襲い掛かる炎の玉に、息つく間もない。
「な・・・なんだ・・・。」
勝負に負けたことを悔しがっていた、もう1体の恐竜人は、ハルたちの姿を見て瞬時に立ち上がり身構えた。
身の丈3メートル程はあるような、巨大な体だ。
ドアが大きかったのも頷ける。
「あなたの相手はあたしたちよ。」
その後ろに、ナンバーファイブが立ちはだかる。
「魔弾!!!」
恐竜人が振り向くより早く、ナンバーファイブの両手の平から、まばゆい閃光が細い軌跡を描いて放たれる。
「フン!」
恐竜人がその短い右腕を払うように振ると、閃光は弾かれて傍らの設備を破壊した。
「竜弾!!!」
今度は逆に、恐竜人の手のひらから、太くまばゆい閃光が放たれる。
「どりゃー!」
トン吉が右腕で閃光を弾く。
「魔弾!!!」
「フン!」
ナンバーファイブの再びの攻撃を、恐竜人は左腕を大きく振って弾く。
「ブウォー!」
トン吉が、高温の炎を吐き付ける。
「ちいっ!」
今度はその巨大な尻尾を振って、炎を弾き飛ばした。
しかし、その時にバランスを崩したのか、少しよろめいた。
「魔刃!!!」
すかさず、ナンバーファイブが唱えると、左の首筋から大量の血を噴き出しながら、恐竜人はようやく倒れた。
「はぁはぁ・・・、部屋の中だと、強力な攻撃魔法は使えないし、結構大変だったわね。
なんか、魔法効果も似てたし、更に強力だったみたいよね。」
ナンバーファイブは滴り落ちる汗をぬぐう。
「えーっと、こうやって、トラちゃんの玉を胸の所に乗せればいいのかな?」
そうして先程倒した恐竜人の胸のあたりに、水晶玉を乗せる。
すると、水晶玉は、恐竜人の胸の中へ吸い込まれて行った。
「ふう・・・、なんか獣臭いような感じがして、愉快ではありませんね。
でもまあ、仕方がないでしょう、現世で実体化して活動するには、何かに乗り移らなければなりませんからね。」
そう言いながら、トランは乗り移った恐竜人の体の動きを確かめる様に、四肢の関節を動かし、そうして、ナンバーファイブが断ち切った首筋の傷を治癒魔法で消した。




