オレンジ
遥は部室の用具入れの上に、ぼんやりと座っていた。
裕也はもうここには戻ってこないのだろうか。
部室の中を見渡した。
小さな窓から、オレンジ色の明かりが少しだけ差し込んでいる。
左手首のミサンガにそっと右手を添えた。
「よし」
遥は立ち上がって、スカートの裾についた砂を両手で掃った。
あれこれ考えても仕方がない。
遥は座っていた用具入れを、勢いよく動かした。
足元に何かが落ちた。
「え?」
どこかにひっかかったのだろうか。左手首に結んでいたミサンガが、切れていた。
「もう。最悪…」
遥は切れたミサンガを拾った。
トン―
足元にサッカーボールが転がってきた。
思わず振り返る。
「こんなとこで何してんだ?」
裕也だ。
遥は切れたミサンガを、慌ててスカートのポケットに入れた。
「何って…部室の片付けしようと…」
「ふーん」
裕也は壁に立て掛けてあるトンボに手を伸ばした。
「相川くんこそ何しに来たの?」
遥は裕也から目を逸らした。
「何だ?サッカー部員がサッカー部の部室に来ちゃいけねぇのか?」
「でも相川くんサッカー辞めたって…」
「あぁ。口ではそう言ったが、退部届は出してねぇ」
「そんなのズルいよ。勝手すぎる」
「悪い。だからお前に確認しに来た」
「どういうこと?」
「どうやら俺にはファンクラブってのがあったらしくてな。その一号とやらが、俺のサッカーが好きらしいんだ」
裕也はトンボを一つ手に取って続けた。
「な?物好きなヤツだと思わねぇか?」
「別に…」
遥は真っ赤になって下を向いた。
「それで?」
遥は視線を逸らしたまま、わざとそっけなく言った。
心臓が張り裂けそうだ。
裕也は持っていたトンボを壁に戻した。
「サッカー、続けてもいいか?」
「もう、何なの?辞めるって言ったり続けるって言ったり…」
遥の目から大粒の涙が溢れた。
「そんなのいいに決まってるじゃない…」
「何だよ。泣くなよ」
「だって…」
遥は両手で涙を拭った。
「そのかわり…」
「何だ?」
「全国大会、連れてって」
「お前、バカか」
「どうして?」
「青春マンガの読みすぎだ」
「そっか」
遥は、目にいっぱい涙を浮かべたまま笑った。
「そうだ」
遥は胸のポケットからミサンガを取り出して、裕也に差し出した。
「はい。これ」
「何だそれ?」
「見たらわかるでしょ?ミサンガ」
「お前が作ったのか?」
「うん」
裕也はミサンガを受け取った。
片手で左手首に結ぼうとしたがうまくいかない。
「下手くそ」
遥が裕也の左手首にミサンガを結んだ。
「サンキュー」
裕也は、遥に背を向けて、照れ隠しに大きく伸びをした。
「最近何もしてねぇから、体がなまってしょうがねぇ」
裕也は遥の足元に転がっていたサッカーボールを軽く蹴りながら、部室の外へ出た。
「なぁ。練習付き合ってくんねぇか?」
「うん」
二人は西陽の差すグラウンドへ出た。
「一点」
裕也はサッカーボールを手にした。
「とりあえず、一点。これくらいで勘弁してくれ」
「うん」
遥は、スカートのポケットの中の、切れたミサンガをギュッと握った。
「ありがと…」
「何だ?」
「何でもない」
誰もいないグラウンドに、二つの長い影だけが伸びていた。




