化学室
「山下くんのバンド、凄かったね」
舞は、箒をギター代りに上機嫌だ。
「うん」
遥は裕也のことが気になっていた。
最近、ギターの練習をしていることは知っていたが、本当にもうサッカーはしないのだろうか。
「二人とも、後片付けまでごめんね」
松岡先生が声をかけた。
舞は慌てて床を掃くフリをした。
舞と遥は、文化祭の後片付けの手伝いに、化学室に来ていた。
「遥、どうかした?」
さっきからずっと黙っている遥を心配した舞が言った。
「ううん。大丈夫」
遥は無理やり作った笑顔で言った。
「お疲れ」
陵が化学室のドアを開けた。
その後ろには裕也。
「どうして?」
遥は驚いて舞に聞いた。
「私が呼んだの。人数多い方が早く終わるでしょ?」
化学室の後片付けは、思いのほか早く終わった。
「みんなありがとう。ゆっくりしてっていいからね」
松岡先生は、缶ジュースを四本置いて奥の部屋に入った。
遥は、なぜか裕也を素直に見ることができなかった。
「私、バンドなんて初めて観た。山下くんカッコよかったよ。ねぇ、遥」
「うん…」
「何だ?惚れ直したか?」
「えー?バッカじないの?」
舞がちょっとムキになって言った。
「俺も来年はお前と一緒にあのステージに立ってやるよ」
裕也はギターを弾く真似をした。
「お前、マジで言ってんのか?考えが甘いな」
遥は、陵と裕也の会話を辛くて聞いていられなくなった。
「私、部室の片付けしてくる」
遥は席を立った。
「どうしたの?」
舞が聞いた。
「明日から部活始まるし…」
「そっか。遥、ありがとね」
「うん」
遥は舞に手を振って化学室を出ていった。
その表情は、どこか哀しげに見えた。
遥は部室のドアを開けた。
いつもより重たい気がした。
相変わらず汚い。
遥は、砂にまみれた用具入れに、制服のまま腰かけた。
スカートの裾が地面の砂をなぞる。
遥は、制服の胸ポケットからミサンガを取り出した。
裕也の分だ。
もうすぐ全国大会の予選が始まる。
明日、ここでみんなにミサンガを配って、一回戦突破を誓って士気を高める。
でも、そこに裕也はいない。
遥は、裕也のミサンガをじっと見つめて、再び胸のポケットに大切にしまった。




