水飴
「ねぇ、遥。文化祭の準備、手伝ってくんない?」
「いいけど。何するの?」
「水飴作り」
「水飴?」
「そう。水飴」
舞は二学期から化学部に入っていた。
とは言っても、年間をとおしても活動はほとんどないらしい。
遥は、舞がなぜ化学部に入ったのかが不思議だった。しかもこんな中途半端な時期に。
「毎年、文化祭で水飴作って配ってるんだって」
「へぇ、そうなんだ」
十月中旬に行われる文化祭は、五月の体育大会、二月の卒業生送別会と並ぶ三大行事のひとつだ。
一年四組は、文科系の部活に入っていない生徒が中心となって喫茶コーナーをすることが決まったが、遥はその実行委員からは外れていた。
「それで、水飴ってどうやって作るの?」
「それがね、もち米から作るらしいのよ」
「もち米?」
「そう。不思議でしょ?」
「えー?不思議。何だか楽しそう」
遥は目を輝かせた。
「遥、サッカー部の練習は大丈夫なの?」
「うん。たしか、文化祭の前日は休みだったと思うけど」
「わかった。じゃあ、よろしくね」
「了解」
「舞ちゃん、時間大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
文化祭の二日前、舞は水飴作りのため化学室にいた。
一度蒸したもち米に水を入れ、ジアスターゼという薬品を入れて混ぜ、あとは38℃に設定した保温機に入れて一晩寝かせる。
今日の作業はここまでだ。
「明日が大変だからね」
「はい」
化学部の顧問の松岡先生は、理系の先生が産休に入ったため、今年度いっぱいの予定で二学期に赴任してきた新任の若い女性の先生だ。
「まさかここで舞ちゃんに会えるなんて、ビックリしたよ」
松岡先生は、歳は離れているが、小さいころよく遊んでもらった近所のお姉さんだ。
「私もですよ。松岡先生」
舞は、わざと『先生』という言葉を強調して言った。
「先生かぁ…なんだか照れくさいな」
「へぇ、そうなんだ」
翌日、手伝いに来た遥は、松岡先生と舞の関係に驚いたが、舞が急に化学部に入った理由がようやくわかった。
「ふたりとも、これからが大変よ」
松岡先生が言った。
「はい」
昨日蒸したもち米はざるにあげ、そこで出た水分をさらに布でこし、焦げないように弱火でことこと煮詰める。
固まりはじめたころに、すばやく割り箸に巻きつけて出来上がりだ。
「お砂糖とか入れないんですか?」
遥が松岡先生に聞いた。
「入れないわよ。でも甘くなるから」
「えー、すごーい」
「でしょ?」
松岡先生が笑った。
出来上がった水飴をオブラートで包んで、セロファンを被せる。
舞と遥は黙々と作業を続けた。
「終わったぁ」
遥が伸びをした。
「遥。ありがと」
舞が言った。
「二人ともお疲れさま。水飴、味見してみる?」
松岡先生が、できたての水飴を二人に手渡した。
「あまーい」
「本当だ」
もち米だけで、どうしてこんなに甘くなるんだろう。
「あら。西野さん、それ」
松岡先生が遥の左手首を見て言った。
遥は少し恥ずかしそうに右手で隠した。
「ミサンガっていうんだっけ?何かお願いごとでもあるの?」
「あ、内緒です」
遥は頬を赤らめた。
「そういえば、みんなの分はできたの?」
舞が遥に小声で聞いた。
「うん」
「そっか」
二人は顔を見合わせて笑った。
「舞ちゃん、何?」
松岡先生が今度は舞に聞いた。
「内緒です」
舞が肩をすくめて笑った。




