退院
「忘れ物ない?」
「たぶん…」
あの悪夢のデビュー戦から約一カ月半。
リハビリを兼ねた入院生活も、今日で終わりだ。
もう二学期は始まっている。
裕也は病室を見渡した。
夏休みのほとんどをここで過ごした。
やっと家に帰れる。
主治医の先生からは、とりあえず松葉杖で歩くように言われている。
実際、松葉杖がなくても歩こうと思えば歩けるのだが、リハビリの先生によれば、あと二週間程度通院して経過を診るという。
退院してもしばらくは自宅療養で、リハビリも続けなくてはならない。
「さ、帰るわよ」
「うん…」
裕也は母に促されて病室を後にした。
母の運転する車に乗り、家へ戻った。
試合当日の裕也の荷物は、斎藤先生が届けてくれたらしい。
自転車は学校に置いたままだ。
裕也は二階の自分の部屋に入ると、ベッドに横になった。
窓のカーテンレールには、きれいに洗濯された13番のユニフォーム。
あの日のことは、思い出したくもない。
裕也は起き上がると、ユニフォームをクローゼットの中にしまった。
家に戻った安心感からか、裕也はいつの間にか眠っていた。
ふいに目を覚ますと、もう夕方だった。
一階のリビングへ行くと、母が夕飯の準備をしていた。
「足はどう?」
「大丈夫」
「お茶、入れようか?」
「うん」
ソファに座り、テレビをつけた。
サッカーの日本代表の試合だ。
裕也は思わずバラエティ番組にチャンネルを切り替えた。
しばらくすると、父が帰ってきた。
「おっ。裕也、帰ってきたか」
「うん」
「よし。退院祝いだ」
父は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「お父さん、毎日飲んでるでしょ?」
母があきれた顔で言った。
父も母も日本代表のサッカーの試合があることは知っているはずなのに、まったくその話には触れなかった。
裕也に気を使ってくれているということは明らかだった。
リビングのDVDレコーダーの録画中の赤いランプが、それを教えてくれた。
裕也は食事を終えると、自分の部屋に戻った。
部屋中に貼ってあるサッカー雑誌の切り抜きやポスターが、裕也を蔑んでいるように思えた。




