さぁな
この地域は、毎年八月の最後の金曜日に花火大会が行われる。規模はそれほど大きくはないが、ちょっとした夏の風物詩だ。
舞と遥は、夏の特別講習で蒸し暑い教室にいた。
進路がどうであれ、一年生は必ずこの講習に参加しなければならない。
「ねぇ遥。今年も花火、行くでしょ?」
「もちろん行くよ」
舞と遥にとっては、こんな講習よりもよっぽど重要な夏の恒例行事だ。
「ところで、遥は花火に相川くん誘わないの?」
遥はドキッとした。
「何で?」
「なんとなく」
舞は悪戯っぽく笑った。
「相川くんと山下くん、誘ってみない?」
「えぇ?無理だよ。相川くん、退院するの九月の初め頃って言ってたし…」
「いいじゃん。聞くだけ聞いてみようよ」
「でも…」
「今日部活ないんでしょ?相川くんの病院行ってみない?」
「今日?いきなり?」
「山下くん、今日行くって言ってたから一緒に行こうよ」
遥はなんとなく気が進まなかったが、結局舞に押し切られて、三人で裕也の病院に行くことになってしまった。
「そういえば、山下くんと相川くんは花火行くの?」
裕也の病室で舞が言った。
「行かねぇよ」
裕也がぶっきらぼうに答える。
「まだ退院してないんだっけ?」
舞がわざとらしく聞いた。
「その予定だ」
舞と遥はお互いの顔を見た。
そして、舞が続けた。
「でも、この病院の屋上からならちょうど見えるんじゃない?」
「だとしても花火なんか見ねぇよ。暑いし蚊に刺されるし。だいたい何がおもしろいんだよ…」
裕也の言葉に舞はムッとした。
「ちょっと、そんな言い方しなくてもいいんじゃない?」
「何だよ」
「せっかく誘ってあげてんのに」
「はぁ?こっちだって別に誘ってくれなんて言ってねぇだろ!」
裕也は声を荒らげた。
「舞…もういいよ…」
遥が舞の制服の裾を引っ張って小さな声で言った。
「だって…」
「舞、ジュース買いに行こ」
「遥…」
「私たちジュース買いに行ってくるね」
遥が舞の腕を引っ張って、二人は病室から出ていった。
「なんだ?あいつ…」
舞があんなに怒ったのは初めて見た。
「なんか凄かったな。石橋」
陵がつぶやいた。
「なぁ、陵」
「なんだ?」
「俺、何か気に障るようなこと、あいつに言ったか?」
「さぁな…」
陵は、一呼吸おいて続けた。
「ただ、石橋の地雷を踏んだことだけは間違いないようだ」
「そうか…」
裕也は窓の外を見た。
今年の蝉は、去年の夏より元気に鳴いているような気がした。




