デビュー戦
夏休みに入って一週間。
今日の天気予報は曇りのち雨。
午後の方が降水確率は高い。
サッカーの試合は、雷でも鳴らない限り、多少の雨では中止にはならない。
暑いのは嫌だが、雨はもっと嫌だ。
裕也は空を見上げた。
灰色の雲が低く厚い。
このまま降らないでくれ―
インターハイの予選は、ピッチに立つことなく、あっさりと一回戦で敗れた。
今日は練習試合とはいえ、高校に入って初めて出場する対外試合。
裕也にとってのデビュー戦だ。
興奮するなと言う方が無理だろう。
裕也は、13番の真っ赤なユニフォームを丁寧に畳むと、スポーツバッグに入れた。
まだ少し早いが自転車を走らせる。
毎日通う学校までの道のりが、こんなにもワクワクする。
いつもは苛々する赤信号でさえ、青に変わる瞬間を待つのが楽しく思えた。
「相川くん、おはよう」
「おう」
「いよいよだね」
「あぁ」
遥は、千佳とともに忙しなく働いている。
試合ともなると、マネージャーはいつもの練習のときよりも何かと忙しい。
それが、自分の学校のグラウンドを使うとなるとなおさらだ。
マネージャーも大変だな。
「よし。みんな集まれ!」
斎藤先生の周りに輪ができる。
「昨日のミーティングでも言ったとおり、前後半で一年生を三人ずつ使う。一年生はしっかりアピールしてこい。上級生はバランスを考えろ。今日は結果よりも内容重視だ。いいな!」
「はい!」
斎藤先生は、授業中は冗談を言ったり、気さくに話しかけたりしてくる優しいお兄さん的な先生だが、ことサッカーになると熱血監督に変身する。
裕也は、最初はめんどくさいと思っていたが、今では大好きな先生だ。
「相川、相手ディフェンスの4番の動き、よーく見ておけ」
「はい」
裕也は、後半からの出場予定だ。
フォワードの裕也は、相手の4番をじっと見つめた。
前半を終わって1‐2。
一点ビハインドでのハーフタイム。
前半の途中から降りだした雨が、少し強くなってきた。
斎藤先生と審判団が相手校の監督のもとへ走る。
どうやら、試合を続けるかどうかを話し合っているらしい。
頼む。中止にならないでくれ―
斎藤先生がこちらに向かって、両手で大きなマルを作った。
よかった。続行だ。
円陣を組んで気合を入れる。
「裕也。一点取ってこい」
7番を付けたキャプテンが、裕也のお尻をポーンと叩いた。
雨のグラウンドへ走る。
裕也は4‐2‐3‐1のワントップの位置に入った。
「よし。一点」
後半開始のホイッスルが鳴った。
裕也は前線へと走った。
相手の4番は、前半、ベンチで見ていたよりもマークがきついように思えた。
雨のせいでパスがうまく回らないうえに、裕也がボールを持つとしつこいくらい体を寄せてくる。
しかも強い。
裕也の体は、いとも簡単に何度もグラウンドに転がされた。
「ラスト五分!」
斎藤先生が叫ぶ。
まだ、一点負けている。
味方からのロングボールに反応するが、相手がカットに入る。
「あーっ!」
天を仰いだその瞬間、相手がうまくコントロールできなかったボールが裕也の目の前に転がってきた。
裕也はそのこぼれ球を拾うと、ゴールへ向かってドリブルを始めた。
「裕也!行け!」
裕也は思いっきり右足を振りぬいた。
しかし、それより一瞬早く、相手の4番の右足が伸びる。
裕也の右足は鈍い音を立て、同時に体は吹っ飛ばされた。
「ってぇっ!」
右足首に激痛が走る。
「ピィーッ!」
主審が試合を止める。
「担架!」
誰かが叫んだ。
「相川くん!」
遥の叫び声が聞こえた気がした。




