レモン
この学校は、いわゆる運動会というものはなく、代わりに五月の下旬に体育大会が行われる。
体育大会という名のとおり、陸上競技の大会といった趣旨で行われ、各競技の記録も年度ごとに残されている。
陸上競技が苦手な者にとっては、こんなにつまらない一日はないだろう。
裕也は短距離走が得意だ。200メートルまでならそれなりに自信がある。
小学一年から中学三年まで、運動会では毎年リレーの選手だった。
そして、そのリレーで一度も抜かれたことがないのが自慢だ。
中学のときは、陸上部に頼まれて地域の大会に出場したこともあった。
さすがに他の中学の陸上選手には簡単には勝てなかったが、それでも上位入賞は果たしてきた。
だから裕也は、この日の体育大会を楽しみにしていた。
「相川くんたち何に出るの?」
応援席に向かっていた裕也と陵に、舞と遥が後ろから声をかけた。
この二人、いつもつるんでるな。
裕也は思った。
「俺は幅跳び」
陵が言った。
「俺は100メートルと学年対抗リレー」
裕也は少し得意げだ。
「裕也は昔から足だけは速かったからな」
そんな裕也を陵がからかう。
「足だけはって何だよ」
「だって、頭は遅いだろ?」
「どういう意味だよ」
「そういう意味だよ」
「あんたたち、仲いいよね」
舞が笑った。
「お前たちには言われたくねぇな」
陵も笑った。
「陵、教室でメシ食おうぜ」
「あぁ。外は暑いからな」
午前中の競技が終わると、裕也と陵は弁当を持って教室へ向かった。
裕也は、100メートル11秒6で一着だった。ちゃんとした大会のように予選とか決勝があるわけではなく、一レース八名で一回走って終わりだ。
裕也は、初めて11秒台が出たことが嬉しかった。
サッカー部での練習で、脚力も以前よりついたのだろう。
足の速さはフォワードの裕也にとっても、大きな武器になるはずだ。
裕也は弁当を食べ終わったあと、レモンのはちみつ漬けを口に入れた。
昔から、運動会やサッカーの試合があるときは、いつも母が入れてくれる。多少酸っぱいが、運動したあとはこれが美味い。
そこに舞と遥が教室に入ってきた。
遥が手に何か持っている。
「相川くん、それ…」
「あぁ、西野も食うか?」
遥は手に持っていたものを裕也の机の上に置くと、黙って教室から出ていった。
「ちょっと、遥?」
舞が慌てて追いかける。
「何だ?あいつ。意味わかんねぇ」
陵はそんな裕也を見ながら、遥が持ってきた容器の蓋を開けた。
中にはレモンのはちみつ漬け。
「裕也。こういうことだ」
「どういうことだよ」
「お前って本当にアレだな」
「アレって何だよ」
「何でもねぇよ」
陵は遥が持ってきたレモンのはちみつ漬けを一切れ口に入れた。
「甘酸っぱいな…」
陵は容器の蓋をそっと閉じた。




