新境地
夕日が照らす教室から爽やかな風が吹き込んできた。
白いカーテンがそれに靡かれ揺れている。
その風景にとけ込んでいる人物がいた。
彼女は典型的な和風美人と言っても良いだろう。 その清楚な外見はいかにも文学的で今は静かに読書をしている。
思わず見とれてしまっていた僕の横から威圧的な声が聞こえた。
「何こいつ。聞いてねえし。ってかなんで男が入ってくるわけ??何の用?」
声の主はなんともまあ、こちらも典型的なギャル。これは海外の誰もが見ても日本の文化”ギャル”と言っても良い程に分かりやすい見た目のギャルだ。僕の一番嫌いなタイプだ。
「あんた、何しにきた訳?うわー。冴えない男・・・。気持ち悪ッ!」
酷い言われ様だ。
「ちょっと!唖芻菜!いきなり失礼よ。 この人何か用事があってきたんじゃない?初対面の人をあんまり追いつめないで!」
助かった・・。優しい人がいてよかった。理不尽なギャルを獣ならしの様に沈めてくれた。
一体僕は何の責任があってこんな所に送り込まれたのか。僕はこれまでの事を話した。
一通り説明した後、すかさずギャルが言ってきた。
「はぁ?分けわかんない。増えても男は来ないって約束だったじゃん。エリーが言うならもう変えられないんだろうから、あんたがここにくるのは構わないけど、気安く私に話しかけたりしないでよ?」
僕は説明したきり、その理由も知らない。 このギャルは知った口ぶりで言っているが一体なんなんだ。
っていうか、エリーって誰だ? もしかして恵理先生の事?
なんでこの手のイケイケちゃんは先生にニックネーム付けたがるの?
おそらくそうする事で何かのステータスにしているのか?
「いや、だから!一体なんなんだよ。僕は何故ここにくるように言われたんだ? それと、君達は何故ここにいるんだ!何かの集まりなのか?」
思わず強い口調で言ってしまったので、一瞬場の空気が凍り付いてしまった。
そこで先ほどの獣ならしの彼女が順を追って説明してくれた。
「ごめん、ごめん。まだこの状況を理解できないよね。まず、ここにあなたが呼ばれた理由って何だと思う?」
何って・・。ここに呼ばれた理由は・・・。そうだ!社会に適応していくとかどうとか先生は言っていた。そもそも何故そんな話になったんだ?
「”友達”・・・・。」
無意識に僕は呟いてしまった。
「そう!ここにいる人達はみんな友達がいない生徒。あなたも先生に言われてここへきたという事は、私達と同じ様に友達がいない生徒なの。ここはそういうカテゴリーの人種が恵理先生によって集められ、友達になって仲良く過ごす。というのがこの愛好会の目的なの。」
なんだって? つまり、この学校から離れた特別棟で先生の人選によって決められた生徒達と友達になれというのか?
冗談じゃない。
こんな事に強制力も糞も無い。 僕はここから去る事を考えた。
「そういう事なら・・。あの、僕忙しいので参加できない感じというかなんというか・・。 とにかく、お騒がせしてしまってすみませんでした。 先生には僕から伝えておきます。」
少しずつ後ろに下がりながら言い切った後、ドアに手を出しかけた時だった。
「無理です。」
その一言はとても重く、一言ではあったが心無しかその言葉が力強く聞こえた。
随分と透き通った声だ。 聞いてるこちらは心地良くも感じるほどに。
その声の主はこの部屋に入って一番最初に見た読書をしていた彼女だ。こんな奇麗な声をしていたんだな。
思わず僕は彼女の方に向き直してしまった。
「恵理先生がそう言った以上は逆らう事はできないんです。 恵理先生にここにくる様に命じられたのであれば諦めるしかないです。 残りの高校生活、あなたはここでの活動が中心になると思います。」
僕の顔は決して見てはいなかったが、その言葉をひとつひとつとても丁寧に、透き通るような声で彼女は言った。
しかし、それとこれとは別だ。
僕はだからと言って先生の言いなりになるつもりは無い。
「言葉を返すようだけど、僕自身はそんな事を必要としていないんだ。 先生の命令でここに拘束される義理はない。 それに、さっきの子は友人がいない人の愛好会と言っていたけど、そんなもの作ってなんの意味があるんだ。 学校側が決めた事なのか?」
何故僕はこんな目にあっているんだ。早く家に帰りたい。
「いいえ。この集まりに関しては全くと言って良い程に恵理先生の独断での実施かと思われます。 私も以前あなたと同じくここにくる様に言われ、同じ事を思っていました。 しかし、先生のおっしゃる事は強ち間違いではなかったのです。 あなたは対人関係に関して拒絶している様子ですが、それは一体いつまでそうしていられますか? そうしている事が許されるのはいつまでだとお考えになられていますか? そして・・・。」
彼女は言葉を切った。
何か思い詰めた表情をしているが僕には次の言葉を待つ事しかできなかった。 次に言葉を発したのは獣ならし(笑)の女の子だった。
「先の事を考えるのはどちらかと言えば簡単よね? でもね、その私達が思う”先”になってから、またその時に過去を振り返る時が必ずしも出てくるの。 人間は過去の事を考える方が辛いの。理由はわかる?」
理由か。僕は当たり前の様に答えた。
「過去は変える事ができないから。と言いたいんだろ?」
彼女は驚いていた様にこう言った。
「正解!・・。私達はこの先更生して生きていける事と、今この時が過去になったときに悔いが残らないようにする為にここにいるの。 でもね、このメンバーも中々楽しいわよ!あなたも楽しんでいけると思うけどな!」
このメンバーか。 僕はこの空き教室にいる人たちを見た。 そして思い出した。 静かにフラッシュバックしていく脳内のビジョンをみていた。
[お前の存在料100万円を今日中に用意しろ]そう書かれた手紙。
聞こえる声で言われる陰口。
下校時刻の空っぽな自分の靴箱。
学ランを着た自分がトイレで殴られている。
親に心配をかけたくない。 家では偽りの友達の話をしたり、帰り道はわざと遅めに家に帰り友達と遊んでいたと嘘をついていた。
そんな事をずっと続けていくのは無理だった。
家から出なくなった僕の楽しみはアニメやゲームやネット。
自分の部屋に引きこもっていた頃、父親に軽く叱られただけなのに大げさに反発してしまい殴られた。
あの頃の騒動は僕の家族では本当に大きな事件だったと言える。
その時に母は、泣きながら父を押さえつけて僕を守ってくれた。
それから僕は決心した。
更生しよう。
授業は全く聞いていなかったが、しっかり学校へ行くようにした。
しかし、友達を作る事はしなかった。 もう裏切られるのは嫌だ。 友達を作ればまた自分が駄目になる。
そんな風に考える様になってしまったのだ。
こんなと所でまた友情というものに関わってしまうのは気が引ける。
「きっかけなんだよ。」
ギャルが口を開いた。
「私もそう。何事も待ってるだけじゃ何も始まらないし、何も変わらないの。 私らにはきっかけが必要なのよ。 あなたはそのきっかけを与えられているの。全く。わかんないかなー。」
なんだ。このギャル普通の事も言えるのか? 言い方に刺はあるが。
きっかけか。確かにに、そう言われてみれば誰とも関わろうとしなかった俺にはきっかけなんてあるはずもなかった。それがこうして、こういう形できっかけができた。
ならば、最後にその友情というものを信じてみようか。
僕は友情という痒く臭いものを試してみる事にした。
よし、望むところだ。
「律だ。 僕の名前は茨木律。2年だ。」
本当にこれが最後だ。
友情というものがどれだけ儚いものか、観察してみよう。
時間をかけて積み上げたジェンガは崩れる時は本当に一瞬だ。
その光景をみせてもらおうか。
自分の名前を言った後だった。
心が躍っていて、清々しくて、キラキラ輝いている気がした。
この気持ちは何だ?!
「残る気になってくれたのね! これから一緒に過ごしていく仲間だから!仲良くしようね! あ!そうそう、申し遅れてごめんね!私は瀬川 千夏っていうの!よろしくね!千夏でいいよ!」
この獣ならしの髪が短いボーイッシュな感じの女性は3年生だったのか!優しくて話しやすい人だ!
「はい!千夏先輩ですね!よろしくお願いします! えーっと、、。」
一応他のメンバーをみた。
そこでギャルと目が合ったが、すぐにそらされた。 このギャル・・。 さっきは僕を説得してたくせに。
「あーちゃん!ほらー!はやく自己紹介しなさい!これから一緒に過ごしていく仲間なんだよ?」
腕も足も組んで嫌そうな顔で座っている。態度でかすぎだろ。ってか、色々組過ぎ!一人組体操か!
「2年の一条 唖芻菜。一回しか言わないからちゃんと覚えといて。 あと、別に私はあんたを歓迎してる訳じゃないから! あと、私の呼び方だけど呼ばなくていいから言わないわ!」
どっちなんだよもう!!一回しか言わないから覚えろって言ったじゃないか!
本当にこいつは”THE・理不尽”だ。
いきなりこの愛好会の癌を見つけた気がする。。
「うん!よくできました! あーちゃんは中々素直になれない子なの。 でも腕を組んでるという事は安心しているって事だから、あなたが残ってくれて安心してくれてるのよ!」
千夏先輩がそういうと、唖芻菜は顔を赤くしながら急いで腕を解いた。
「ちょ、、ちーちゃん余計な事吹き込まないでよ!!」
唖芻菜は意外と可愛い一面があるみたいだ。 素直ではないが、わかりやすい性格って事だろう。
”THE・ツンデレ”に変更。
果たしてデレはみれる時がくるのだろうか。
残るは窓際の読書していた女の子だ。
弱々しい彼女には先ほど怯えさせてしまったかもしれない。謝罪しなくては。
「あの、。さっきは強く言葉を返して悪かったな。」
彼女は目を合わせずに額でこちらの位置を感知しているように顔だけこちらを向く。
「いいえ。私も困らせてしまってごめんなさい。悪気はないのです。 私は枝折 柚乍と申します。 2年生です。 宜しくお願い致します。」
本当に吸い込まれるような声だ。人見知りなのだろうか、よそよそし過ぎる印象だ。
「僕の事は律って呼んでくれ。 それにしても、敬語だと気持ち悪いからタメ口でいいよ?」
「いいえ、私は誰にでもこの話し方なんです。気を使わせてしまってごめんなさい。」
柚乍は良いと育ちなんだろうか。 そういう教育を受けて育ってきたのだろう。
そこでタイミングを見計らった様にあの人が登場してきた。
「はい。みなさんお集りですね? 彼から聞いていると思いますが、今日から茨木くんがこの愛好会の一員になります。なにかと大変ではあるかと思いますが。」
失礼だ。
「急ですが、この愛好会の方針変更をしたいと思います。 私の方で出題する課題をこなし、期限までにレポートを提出してもらいます。」
今さっきここにきたばかりだから知らなかったけど、そもそもここって今まで何してたんだ? レポートってまた面倒な事になった。
「ちょっとエリー?! 私そんなの聞いてないけど!?っていうか、決まった時間をここで過ごせばそれだけで良いって言ってたじゃん!レポートとか超絶面倒なんだけど。」
今まで特になんの目的も無くただここで過ごすだけの時間を過ごしてたのか?! それは退屈過ぎるんじゃないか?
「一条さん。その呼び方はやめてって言ったでしょう? ここで何もしないで過ごしているよりは有効的な時間の使い方だと判断したわ。 だってあなた達、顔見知りになるだけで一向に進歩が無いんだもの。つまらないわ。」
つまらないって言ったかこの人!? まさか楽しんでいるのか!?? 後から来た俺としても何もしないでいるより、どうせなら何か目的をもっていた方が良いとは思うが、レポートって授業の一環みたいで嫌だな。
「恵理先生?課題ってどんな課題なんですか?」
挙手して問う千夏の質問に少し戸惑いながら恵理先生は答える。
「そ、そうね。 社会を知ってもらうような内容?かしら。」
すかさず唖芻菜が突っ込んだ。
「ってか、エリー全く考えないで思い付きで言ったんでしょ!? 」
恵理先生はドアの方に振り返り、足を進めながら言った。
「な、何を言っているの? ここでその課題を言ってしまえばヒントを与えるようなものじゃない。 相変わらず醜い脳みそを持っているのね。 あなたの成長しない知力にはここまでくると流石に関心してしまうわ。」
この人、女子生徒にもこんなに毒霧まき散らしているのか。
「え?ま、まあー。 あははー!関心って、ほめられてる気がしないなー!!!!!」
「唖芻菜さん、それは褒められているのではありませんよ。」
冷静に柚乍が言う。
「とにかく、課題はそのうち発表するから、よろしく。 それでは、今日はもう完全下校の時間なので帰り支度をお願いします。 あ、それと瀬川さん鍵よろしくね。」
「はい!了解ですよ! それじゃあ、みなさん今日はこれでお開きにしましょう!今日もお疲れ様でした!」
それぞれが帰りの支度をし、順番に教室からいなくなっていった。
俺も教室から退散し特別棟を出て校門に向かう。
主な活動目的はあの決まった人選で友達になればクリア。
となると、後は課題だ。昔からレポートとかそういうのは苦手だからそこだけが心配だ。 まあ、特にどうという事はないだろう。
校門が見えるとこまで歩き、少し立ち止まって空を見上げた。
夕日はもう少しで完全に落ちる。
それにしてもこんな時間まで学校に残っているなんて高校入ってから初めてなんじゃないか?
ここまで静かになるんだな。 風が通り、木々の擦れる音が聞こえる。
騒がしかった校舎が眠る。
何故だか少し寂しさを感じもする。
ちょっと時間を遡って、僕があの愛好会に入っても良いと思ったときの事を思い出す。
この気持ち。
心が躍っていて、わくわくしている気がする。
これから何がおこるのだろう。 どんな楽しい事が待っているんだろう。
いかん。 期待してしまったら負けだ。
僕は過去に学習したのだ。
裏切られるのは裏切る人が悪いと一概には言い切れない。
裏切られるのは期待してしまった人が悪いのだ。
執着しない。
都合の悪い情報は受け入れない。
これが今までの僕のやり方だった。
消去法なのかもしれないし、逃げているだけかもしれない。
人は求めすぎて後悔する生き物だ。
ならば、求めず現状で少なくとも困っていなければ、それ以上を求めず平行線を辿っていけば勝ち。
僕は今までそう信じて生きてきた。
正直、そんな自分に退屈していたのかもしれない。
愛好会という新境地に入るという事自体が僕にとっては冒険なのかもしれない。
僕のこの選択は正しかったのだろうか。
しかし僕はそれを結論に至るまでに考える事をやめた。
その選択が間違っているか、正解なのかはそのときになってみないとわからない
のだから。
〜続〜