第4話 騒がしい土曜日
「ところで、湊。お前何しにきたんだ?」
「そうだ。じいちゃん、はいこれ。千里さんからお土産」
俺はここに来た理由を思い出し、じいちゃんに千里さんに頼まれたものを渡す。中身は八つ橋だから喜ぶはずだ。
「お、八つ橋じゃん!千里にサンキューって言っといてくれ」
「わかった」
「徹、もしかして八つ橋食べたことないの?」
「ないぞ。京都に行ったことないからな」
だとしたら、じいちゃんは中学の時、修学旅行は一体どこに行ったんだろう。中学の修学旅行といえば、奈良・京都というのが定番だからてっきり京都は行ったことあるのかと思っていたけどじいちゃんはそうではないらしい。
「まあ、湊も美緒ちゃんもゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます、ミラさん」
美緒がいたことをすっかり忘れてたな。このことを言ったら美緒は絶対に拗ねるだろうし、口には出さないけど。口に出してめんどくさいことになっても嫌だからな。
「それでそれで、美緒ちゃんと湊はいつ付き合うの?」
「ぶふっ!?」
「え!?えーと、そんな急に言われても・・・」
「そこで恥ずかしがるなよ!」
「だって、もう付き合ってるようなもんじゃない?」
「あら、それは聞き捨てならないなあ」
別の誰かの声がしたから、振り返ってみるとそこには葵がいた。つーか、ドア閉めてなかったっけ。
「葵、いつからそこに」
「さっきからずっといたわよ。湊が美緒といちゃいちゃしてるときからね」
「いちゃいちゃなんかしてねーよ!・・・多分」
絶対してないとは言い切れないんだよなあ。人間とは知らない間に何かをしていたりするもんだしな。
俺らが少し困っているところにじいちゃんが質問をとばしてきた。
「湊、この子は?」
「紹介する。こいつは葵。俺の幼馴染だよ。で、ここのマンションにも住んでる」
「へえ、そういうことだったのか」
「湊くんにお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。このダメ孫が世話になってるみたいで」
ダメ孫とはなんだ、ダメ孫とは。まあ、俺がダメダメなのはしってっけどさ。そういうじいちゃんは俺と同じ歳のときはどうだったんだか。まあ、興味ないけど。
社交辞令を交わし終えると、葵は美緒となんか俺のことで口喧嘩をしていた。
「美緒はちょっと湊にくっつきすぎなんじゃないかな。もう少し離れたら?」
「そういう葵ちゃんだって湊って分かってから凄く積極的だよね。そんなに私に取られたくないんだあ。あ、もしかして私に取られるかもって不安になっちゃってるのかな?」
「別にそういうのじゃないけれど、湊は美緒のだけじゃないでしょう?」
この二人言ってる事滅茶苦茶だ。それと、確かに俺は美緒だけのものじゃない。だからといってお前ら二人のものでもないけどな。
この二人の光景をボーゼンと俺が見ている中、若干二名だけは違う目で見ていた。それは勿論じいちゃんとばあちゃんだ。
「美緒ちゃんも葵ちゃんも湊のことが大好きでたまらないんだね」
「みたいだな。なんか高校生の頃を思い出すな、ミラ」
「そうね。昔の私とララちゃんみたい」
ふと無意識のうちにばあちゃんは別の誰かの名前を言っていた。ララって誰だろう。まあ、昔の友達なんだろうけど。
ばあちゃんの言ってたことを聞いていたのか、葵と美緒の顔が完熟トマトのごとく、真っ赤になっていた。
「葵ちゃんどうしたの?顔が真っ赤だよ?もしかして恥ずかしいのかな?」
「そういう美緒だって顔が真っ赤になってるわよ?湊に普段から気持ちを伝えてるくせに今さら恥ずかしいとかさ」
「だ、だって、改めて言われると恥ずかしいんだもん・・・」
今さらかよ!本当に今さらだな。まあ、恥ずかしくなる気持ちはわからなくはないけど。とは言うものの俺も俺で恥ずかしい。今のは、自分のことが好きと言われたようなもんだ。それで恥ずかしくならないやつはとてつもなく少ないはずだ。
「はあ・・・。全く、どうしていつもこうなるんだか・・・」
「まあまあ、いいじゃねえか。俺がお前ぐらいの歳のときはこんなもんじゃなかったぞ」
「知るかよ、そんなこと」
それはじいちゃんの周りがおかしかっただけだろ、とツッコミを心の中で入れた。というか、じいちゃんがモテすぎなだけなんだろうけれど。
「ところで湊。お前ら何しにきたんだ?」
「あ?それ渡しに来ただけだよ」
「それだけかよ!」
「仕方ねえだろ!千里さんに頼まれたんだから。あと、母さんがよろしく伝えておいてだってさ」
「そうか、由紀も元気そうでなによりだ。一時期は俺離れできるか心配だったけどな」
「これが親バカってやつだな」
じいちゃんが親バカ発言をして、部屋にいる全員が呆れたようにため息をついた。まあ、元々じいちゃんは親バカみたいなところがあるので日常茶飯事なんだが。
「徹もここ二十年でだいぶ変わっちゃったね」
「そうか?」
「昔はこんな親バカじゃなかったし、私にゾッコンラブでもなかったし」
「人ってのは変わるもんなんだぜ、ミラ」
「私、人じゃないけどね」
「見た目は人のまんまだからどっちだっていいんだよ」
どっちでも良くない問題をさらりと適当に返したな。じいちゃんってこんなに適当な人だったとは今まで知りもしなかった。
「さて、私たちはそろそろ帰ろうよ、湊」
「そうだな。用は済んだし長居は無用だな。それに、そろそろ母さんたち帰って来てる頃だろうし」
「それなら二人とも帰る前に私の部屋に寄っていかない?」
「葵がいいって言うなら、じゃあちょっとだけ」
「私も」
帰る前に葵の部屋に寄ってから帰ることになった俺と美緒はさっそく帰り支度を始める。
気づくと時間は既に4時を回っていて、外は日が沈み始めていた。
じいちゃんたちが惚気ている間に支度を済ませた俺らは出る前にじいちゃんたちに声を掛けた。声を掛けなかったらこの二人、俺らが帰ったこと気づかなさそうだし。
「じいちゃん、ばあちゃん、俺らもう帰るからな」
「なんだ、もう帰っちゃうのか」
「久しぶりなんだしもう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そういうわけにもいかねえよ。そろそろ母さん達帰って来てる頃だからさ」
「おじゃましました」
「まあ、今度来る時はもっとゆっくりしていけよ。今度は由紀も連れてさ」
「わかったよ。じゃあな」
俺は軽く手を振ってじいちゃんの部屋のドアを閉じた。内側からは鍵がガチャッと閉まる音がした。
こうしてじいちゃんの部屋を後にして、俺と美緒は葵に連れられて葵の部屋に寄っていたのだった。