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コンビニから出た女性は怪訝そうな表情で店の前にいた男を一瞥し通りすぎていった。びしょぬれの男は震える手でタバコを取り出し、火をつけた。深い夜の中、青い影に染まった拝島の顔に明かりが灯る。
中学二年生のとき、大好きだった祖父が亡くなった。悲しむはずの出来事でも涙はでず、事務的に葬式に出て、しばらく経つと思い出す事も殆どなくなった。
――白い煙が宙へ泳いでいく
初めて彼女が出来た高校一年のとき、大学に合格した高校三年生のとき、喜ぶはずの出来事も、予想したほどに感動はせず、ああこんなものかと感じたことを彼は思い出す。
――煙の奥に人影が見える。彼女は店をぬけ出た彼を追ってきた。
絶望も、希望も、彼は知らない。悲しみと喜びの予兆があろうと、それはいつも予兆で終わった。実際に起きてしまえば二つの言葉の印象にそぐわぬ平凡な出来事にしかならなかった。
今だってそうだ。彼に訪れた再会には劇的な喜びも悲しみも付き添わず、あったのは誇大な予兆だけだった。彼はそれが何より怖かった。
――夕焼けに線を紡がれた黒髪の少女がそこにいる
一つが終わり、そして始まりを知らせたあの夕焼けは過去にありながら現代を飛び越え、未来の喜びを彼に与え続けた。しかしそれは結局、永遠に訪れる事のない喜びだった。
今まで過ぎていった日々さえも、これからの暮らしの予兆かもしれないと拝島は思った。子供の頃思い描いた未来は永遠に訪れず、あるのは失望だけ。自分を待つものが今以上に退屈な毎日だと彼は知った。それが流されるだけの空っぽな自分にふさわしく思えて、笑った。
――少女は橙色の涙を落とす。雨に打たれるたびに白い肌はただれ、桃色の肉があらわになる。
過去と未来に存在した幻想は、現在におとずれ醜く朽ちていく。彼はあの日のばせなかった手をまぼろしの少女の首に差し出した。
四年前の彼女の横顔を思い出した。二人で教室に残ったあの時を思い出した。あの一瞬は、どうしても美しく見えた。それでも殺さなくてはならない。捨てなくてはならない。握る手に力をこめる。少女の首はもげて地面を転がった。
まぶたを閉ざしたままうつむいて、拝島はイヤホンで交響曲を聴いている。炎が白い筒を灰へとかえていく。痛みが指に迫る。それでも彼は幻とじゃれている。その火が、落ちるまで。