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 雨の音は酔った若者たちの間にも忍び込み雑音ノイズが途切れることはない。電車が通るたび高架下の店は内装を揺らされたが、若者たちはもう慣れているようだった。

 イングリッシュパブを模したカウンターで二人の男が肩を並べている。片方はビールを片手に持ち、もう一人はジントニックをすすっている。

「大学生だっけ? 遊びほうけたわけだ」

「いいや。本を読んでばっかだったよ」

「ガリ勉は相変わらずか」

 男は流し込むようにビールを飲んだ。短い髪に、整えられた髭。ポロシャツから出た太い腕から定期的に体を使っているのが見て分かる。

「俺も最近本を読むようになったんだ。東野圭吾のをさ。お前読んだ事ある?」

「……ああ、面白いよな」

 武井と拝島の話しはどちらも様子見で、昔話は咲きもせずしぼみゆき、言葉数は少なくなる一方だった。

「じゃあ、就職活動がんばれよ。せっかくだからお前もいろいろ席を回れば?」

 愛想笑いをしてうなずき、拝島は辺りを見回した。動く気になれなかった。

「ほんと? 代理店に内定なんてすごいねー」

「毎日定時で上がれてるからさ。うちの会社なんて楽だぜ。大企業病だ」

「年の差はあっても年収が良い人がいいなあ」

「大卒の社員は使えない奴ばっかり。パソコン使えて仕事できるふりしてさー。コミュニケーション障害だよ」

「就職難っていうけれど、駄目な輩が高望みしてるだけだと思うわけですよ」

 同級生たちは現実的な話に熱を上げる。拝島はグラスに口を付ける。氷の溶けたジントニックは美味しくも不味くもない。公務員を目指して専門学校に入った武井はチェーン居酒屋の店長になっていた。拝島は過ぎた時を感じながら、霧の晴れた道の先、自分のたどり着く所を考える。

 このまま新卒で正社員になれなければ、来春からは派遣社員やフリーターになるしかない。わずかな貯金がつきれば埼玉の実家に帰ることになる。だが、のたれ死にするわけではない。絶望するほどでもない、この酒のような薄い生活。他人と比べて惨めだろうか、彼はそれでも良い気がした。何も問題はないように思えた。

 女の腰に手を回しながら一組の男女が拝島の隣に座る。男がタバコを取り出すと女が火をつけ、彼女も自分のタバコを吸い始めた。煙は照明に青白く浮き上がった。

 空虚な日々の象徴であるタバコを捨てたが、それで自分が変われるとは拝島も信じていない。彼女がタバコを嫌いそうだから持ってこなかったのかもしれないと考えると、彼はそれこそが本当の理由に思えた。今ゆるやかに緊張しているのも再会への期待によるものだと認めた。例え、あのスーツの女性が彼女でなくても、幻滅するような出会いでも、少女との再会に劇的なものが与えられると彼は予感していた。

 自分を打ちのめす映像を彼は求めた。優秀な男性と結婚し美しくなった渡部小夜、もしくはろくでもない男に騙され夜の女になった渡部小夜、後悔や絶望を引き起こすような光景を彼は求める。堕落への罰をうけてこそ、安心できた。彼は慰めを求めいていた。

「あの、なんで一人で飲んでんですか? 俺のこと覚えてますか?」

 隣の男が拝島に話しかけた。ワックスで脂を乗せられた茶色い髪とニキビ痕だらけの肌とが相まって不潔に見えた。薄っぺらいカットソーの上にベストを着て、これまた安そうなシルバーのアクセサリーをしている。

「ちょっと、やめなよー」

 平たい顔した女は西洋人形のようにフリルばかりの黒い服を着ている。彼女にゴスロリの服が似合っていると彼には思えなかった。荒れてばさばさとした黒髪は白髪まじりで、やはりどこか不潔に見えた。

 良い印象を受けず、むしろ二人共に見覚えがなかったため何も感じず、拝島は二人から顔を背けた。

「俺卒業生じゃないんすよ。こいつに連れられて、知り合いがいなくてー」

 男の話しを聞き流しながら、拝島は水のような酒をすする。

「……ねーえ? なんて名前? わたしのこと覚えてる?」

 彼は煙草が吸いたかった。適当に話しを合わせて頭の悪そうなカップルから拝借するのも悪くないと考えた。作り笑いをこしらえ、口を開く。

「女性は雰囲気が変わっていて分からないもんだね。俺は、拝島」

「あー! 拝島クン? わあ、なんだ。同じクラスだったじゃん」

 走る電車が店内をきしませながら人々の会話を蹴散らしていく。彼女の薄い唇が動く。細い目には拝島が写る。彼はいつも他人にするように愛想笑いを浮かべている。

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