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外からは動物園の住人のように見えるかもしれない。そんなことを考えながら拝島は会場横の喫煙所へ足を踏み入れた。ガラス張りの小部屋には二人の先客がおり、ニキビ面の男はスマートフォンでツイッターを、眼鏡をかけた男はソーシャルゲームをしていた。
一方の画面が目に入り、拝島はテレビゲームに熱中した小学生の頃を思い出した。敵を倒して経験とお金をため、武器や道具を収集し、沢山の条件を乗り越え、世界を救う。目的を全うするには経験と準備が必要だった。
ゲームで嬉々として行ったことを現実では放棄してきたとに気づき、それが余りにも滑稽に思えて、無性におかしくて、彼は笑ってしまった。
にやけ面を右手で隠しながらタバコをくわえ、オイルライターで火をつけた。息を深く吸いこみ目をつむる。煙とともに空しさが胸に広がっていく。
いつかは糸口が掴めると昨年の冬から就職活動を続けて来たものの、拝島はその言葉に空虚なものを感じずにはいられなかった。履歴書の書き方や面接などの加工技術が上達しようと彼はその材料となるものを持っていなかったのだ。
「貴方の長所は何ですか? またそれが活かされた学生時代のエピソードを教えてください」
「学生時代で打ち込んだことと、それによって成長した事はありますか?」
拝島はそう問われても曖昧にしか答えられなかった。自己分析するほどに誇れるものがないと知らされ、準備していなかったために今更そういったものを作れるわけもなく、訴えかける長所とそれを裏づける経験がない以上、企業が自分を欲しがらないのは当然だと考えた。それでも現実的で経済的な事情が就職を諦めることを許さず、徒労感に踊らされるような毎日が続いていた。
指先の痛みに彼は目を開く。タバコの火がすぐそこまで迫っていた。味わうまで強く求めたはずの煙は、舌をいぶるだけで美味しくも不味くもない。何も考えず吸って吐いてを繰り返し、残るは役に立たない灰の山。気づけば終わりかけになっている。自分の大学生活が喫煙に象徴されているかのように拝島には感じられた。
携帯電話を開き、彼はもう何度も目にしたメールを眺める。高校の頃の友人、金内から来週に行われる同窓会の案内が来ていた。旧友との再会は楽しみだったものの、立派になった同級生たちに囲まれた惨めな自分の姿を想像して返事できずにいた。携帯を閉じてタバコを押しつぶし灰皿に放る。
漠然とした不安に逆らうように拝島は顔を上げた。喫煙所の外では窓ガラスから夕日が差しこんで床に格子状の影を落としている。
大量生産品のように似通った学生でも企業は不良品を選別するのだと考えながら、檻の中の拝島は出口へ向かう学生たちを見送った。
一人の女性がふり返る。夕日の橙が彼女の頬に紅を差す。拝島の目を見て小さく頭を下げ、女性は歩き始めた。強い光が目に焼き付きその線を残すように、彼女が去った後も残像はそこに佇んでいた。先ほど目を奪ったあの女性に違いなかった。
めまいがした。その光景は、あの光り溢れる景色を呼び起こした。ふくらむカーテン、沈む夕陽、二人だけの教室、橙の雫。彼の頭に刻まれた少女の輪郭が光を放ちよみがえる。彼はふらつき、壁に寄りかかる。
「……渡部」
こぼれた言葉は煙に溶ける。あの夕暮れの横顔が宙をただよう紫煙に浮かぶ。