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 絹のようになめらかな白い帯が立ちのぼり、何かを描くように漂う。薄い雲に似た煙が男の口から吐き出された。帯と抱き合うように交わり、形を失い、空気に溶ける。

 煙草を吸う男の視界は白いもやに包まれてゆく。小雨による霧がいつもの街に新たな印象を与えるように、変哲のない風景に幻想的な色合いを加えていく。

 首を失くした女性が白い手を伸ばす。男は震える手でそれをつかむ。絡み合った指の冷たさから幸せなひとときを思い出し、男の頬に雫が落ちる。

 灰皿に煙草を捨てて、男は小さく笑った。耳にしていたイヤホンを外し、鼻歌をかなでながら傘もささず雨の町を歩いていく。女性の屍に目も向けず、力強い足どりで。


 軽やかなステップで若者たちが歩む。背広姿の男女は互いを避けながら舞うように進む。

 広いドームは薄い壁に区切られていくつもの囲いが設けられていた。若者たちはその間をうごめき、ときに立ち止まる。会場はひどく蒸し暑かったが誰も上着を脱ごうとはしなかった。

 ある囲いの中で中年男性が語り始めた。彼の前にいる六名の青年は真面目な顔でメモの準備をする。くたくたのスーツを羽織る四十代半ばの男に若者が惹かれる点は見当たらない。

「我が社のことをご存知の方はおられますか?」

 誰も手をあげない様を目にして苦笑した後、男はどこか得意げに笑い、口を開いた。

「皆さんが知らないだけで、我が社の製品は至る所に……」

 夏、多くの大学四年生は就職先が決まり初め、大企業の求人は少なくなっていた。大型ドームで開かれたこの合同企業説明会に参加する学生のほとんどは就職内定を得ておらず、周りに置いていかれる焦りを感じていた。

「あなたたちは目標がありますか? 我が社では社員の成長を補助する制度が……」

 太陽に向けて葉を伸ばす草木のように、目指す先がある者はそれに向かい成長してゆく。では太陽を見つけられない草はどうなる? 社員の話しを耳にしながら、ある男子学生は頭のすみでこの問いの答を探していた。

「……少しでも興味を持ってくださったのなら、ぜひ、エントリーしてください」

 その学生は志望届を社員に手渡した。企業のことを知らず、業務内容に興味もない。それでも彼は志望する。○○大学・文学部・拝島と紙面に文字が並ぶ。中年社員に深々とお辞儀をし、大学四年生となった拝島は次の企業へと向かった。

 彼の足が止まる。視線の糸が絡まり彼をしばる。いくつもの頭をこえた先、二つならぶ黒い瞳。その持ち主は就活生であろうリクルートスーツ姿の黒髪の女性だった。彼女の白い肌は黒ばかりの風景で美しくえた。

 かゆさに負けて吹き出物に触れてしまうような感覚だった。彼女を見続けることで何かが化膿し、悪化することを彼は察していた。それでも目を離せない。人も、音も、時も、消える。

 急ぎ足の男と肩がぶつかり、拝島の視界から女は失われる。彼女の姿を求めるも黒い群れに白は隠されていた。自分が立ち尽くしていることに気づき、彼は誰かに急かされるように次の企業へと歩き始めた。

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