(4)
俺達の通う高校の近くには米軍人とその家族の居住地があり、周辺を米軍のMPが警備している。
MPは日本の警察など比べものにならない武装をしている。それが俺達の標的だった。
パトロール中のMP車両の前でキチガイじみた色のポルシェが急停止し、
運転席からまろび出た少女が両腕を振り回して「Help me!Help me!」と叫ぶ。
事件性を感じたMPはポルシェの側に停車すると、腰のホルスターの蓋を開きながら車を降りた。
「オジョウサン、ダイジョウブデスカ?」
「お願いです、助けて下さい!殺されてしまうわ!」
「オチツイテクダサイ、ダイジョウブデスカ」
バチィッ
片言の日本語で彼女に話しかけたところで彼の意識は途切れた。
背後から忍び寄った俺が首筋にスタンガンを食らわせたからだ。
「上出来よ。うまく言ったわ」
自分でもこうもうまくいくとは思っていなかった。
歌恋が派手に動いて相手の注意をひいている間に、
そっと助手席から抜け出した俺が背後に回って不意打ちしたのだ。
それにしても恐るべきは歌恋愛用のスタンガン。
神経の集中する首筋を狙ったとはいえ、身長2m近い巨漢をこうもあっさり気絶させるとは。
あらかじめ打ち合わせたとおり、俺はMPの腰から手錠を取ると気絶したMPに後ろ手に掛けた。
さらに腰のホルスターから拳銃を抜き取って自分のベルトに差し込む。
その間に歌恋はMP車両の後部トランクを開けていた。
二人がかりで中に押し込んでトランクを締める。
車内にはショットガンが1丁備えられていた。
これで装備は整った。ピンクのポルシェはこの場に乗り捨てる。
MP車両も目立つことに変わりは無いが、どうせ目立ってしまうなら、運転が楽な方がいい。
俺達がMP車両で走り出してすぐに次の標的が見つかった。
歌恋は大型のタンクローリーを追い越すと、少し間隔をあけた場所で道を塞ぐように停車する。
「バカヤロー!」
運転席の窓から身を乗り出して叫ぶ運転手はいかにも不機嫌そうだ。
「すいませーん、大丈夫ですかぁ」
歌恋はスットボケた愛想笑いをしながら近づき、
運転席のステップによじ登ると隠し持っていたスタンガンを運転手の首筋に食らわせる。
他愛なく気絶した運転手の身体を二人がかりで座席後方の仮眠スペースに押し込んだ。
たまたま路肩に自販機があったので景気づけに缶ジュースで乾杯する。
二人ともコーラを一気飲みして空き缶を自販機横のゴミ箱に放り込んだ。
歌恋は時計をちらりと見て、俺の方を見上げた。
「準備に時間を掛けすぎたわ。そろそろ校外に出る奴が現れるかも知れない」
「そうだな。急いだ方が良い」
「お互い生き残りましょう」
そう言うと歌恋は背伸びして俺の頬にキスをした。
「続きがしたかったら生き残りなさい」
顔を真っ赤にして上目遣いに睨み付けてくる歌恋は可愛かった。
この変態にも照れたり恥ずかしがったりする事があるらしい。
反則だ。これから俺達は大量殺戮をしに行くというのに、
これでは歌恋を見捨てて一人で逃げることすら出来やしない。
ああ、俺はとっくにこの悪魔に取り憑かれていたのだったか。
ここは一つロマンチックでカッコイイ台詞でキメてやろうと思った。
「後で一発ヤラせろ」
うん、我ながら最低だった。ロマンチックどこ行った。
歌恋は苦笑しながらタンクローリーの運転席へ向かった。
あのチビにタンクローリーのペダルに足届くのか?という俺の懸念は杞憂だったようで、
タンクローリーは我らが学舎へと向けて発車した。
運転を歌恋に任せて俺は後部フェンダーに足を乗せ、タンクに設置された梯子を掴んでいる。
俺の役目は校内に突入したらバルブを開いてガソリンを撒き散らすことと、
敵がタンクローリーに取り付いた場合の排除だ。
そろそろ見慣れた通学路の景色だ。もう学校は近い。
俺はバルブの位置と、背中に背負った散弾銃の具合を確認した。
タンクローリーが速度を落とし、徐行で校門を通過する。
俺は3つあるバルブを次々と開けていった。たちまち鼻につくガソリンの臭い。
タンクローリーの背後にものすごい勢いでガソリンが撒き散らされていく。
自分の身体にガソリンがかからないよう、注意して足場を決める。
「よし、歌恋いいぞ!」
タンクローリーが速度を上げて校内を進んでいく。
通過した後はガソリンまみれ。
都合の良いことにバルブの一つにはホースが取り付けられていたので、
俺はそれを使って校舎の壁にもガソリンをかけていく。
両手でホースを抱える都合で梯子を掴めずにいるので、身体の安定にやや不安があるが、
歌恋はあまり速度を出していないので問題はない。
開け放たれた教室の窓からは狂った笑い声や悲鳴や怒号や意味の判らない叫びが漏れてきているが、
外に出ている者はいない。
なるべく中の連中を刺激しないように開いた窓にはガソリンが入らないように撒いていく。
この学校は4つの校舎と体育館、武道場、プール、部室棟から成るのだが、
明らかに人のいないプールと武道場以外に一通りガソリンを撒き散らし終わり、
あとは脱出して着火するだけとなったところで異変が起こった。
突如火災報知器のベルが鳴り響いたのだ。
血走った目をした生徒や職員が次々と窓から身を乗り出しては意味不明な叫びを上げる。
「歌恋、脱出だ!急げ!」
だが、今タンクローリーは校門へ向けて後ろを向いている。Uターンする時間が無いと判断した歌恋はバックで校門を目指した。しかし、ハンドルを切り損なって校舎に尻から突っ込んでしまった。
激突の直前で辛くも飛び降りた俺だったが、
タンクローリーは校舎の壁を突き破って半分埋まってしまった。
「歌恋!車を捨てろ!」
なおも抜け出そうとする歌恋だったが、タイヤが空転するばかりでタンクローリーは動かない。
運転席に走り寄って歌恋を引きずり出す。。
周囲を見れば校舎からは続々とヤツらに乗っ取られた狂人たちが出てきては意味不明な叫びを上げている。
完全に囲まれてしまった。
とにかく脱出路を切り開くべく、左脇に歌恋を抱えながら右手でショットガンを前方に乱射する。
何人かが散弾を食らって倒れた隙間を強引に駆け抜ける。
あっという間に銃弾が尽きたショットガンを捨て、腰の拳銃を引き抜く。
とにかく前方に撃ちまくりながら走る。
その時、俺の撃った弾丸か、あるいは何か他の原因なのか、撒き散らかれたガソリンに火が着いた。
轟音と共に炎の舌が校内を舐め回し、一瞬にして校内を火炎地獄へと変えた。
気化したガソリンが爆発したのか、俺はかなり吹き飛ばされたらしい。。
部室棟の前で俺は横たわっていた。校門とは正反対の方向に飛ばされたらしい。ツイていない。
周囲では火だるまになった人間達が楽しそうにダンスを踊っている。
まるでオリジナルアレンジを加えた阿波踊りのようだ。
そこで俺は歌恋を抱えているのに気付いた。
どうやら歌恋を抱えたまま吹き飛ばされたらしい。俺はツイている。
気を失っているようだが、奇跡的に大きな怪我はなさそうだ。
俺は歌恋を一度立たせて自分の背中に乗せた。
身長に不釣り合いな豊かな胸が背中に当たる。
うん、いいじゃないかチビ巨乳も。
もはや校門は遙かに向こう側、炎の壁の彼方だ。
辿り着くためには灼熱地獄を通ってオリジナル阿波踊りを踊らなくてはならない。
俺は反対に裏山に向かった。たしかグラウンドの脇を抜けてテニスコートの奥から、裏山を越えられる山道があるはずだ。俵田の弁によればテニス部はたまに山岳トレーニングと称してその山道を走っているらしい。
あの男も今頃はあの煉獄のどこかで阿波踊りに耽っているのだろうか。
俺は背中の荷物を背負い直すと、山道に向かって歩いて行った。
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Epilogue
死者128人行方不明251人に及んだ未曾有の学校放火事件から三週間、
俺達は逃亡生活を送っていた。
俺達は行方不明という扱いになっているのだろうが、
この事件の場合行方不明とは〈遺体が見つからなかったが、事件後連絡がとれない〉か
〈死体は見つかったが損傷が激しく身元が特定できない〉の意味なので、
事実上世間では俺達は死んでいる事になっている。
まあたとえ生きていた所でMPからの武器強奪やらタンクローリー強奪やらから、
俺達の素性がバレているのは確実なので、
死んでいる事にできるならそれにこしたことはない。
両親や妹のことが心配でないと言えば嘘になるが、いたしかたない。
歌恋は「とうとう麻那ちゃんを犯罪者の妹にしてしまった」と言って落ち込んでいたが。
「ただいまー」
物資調達に行ってきた歌恋がやたら大きな包みを抱えて帰ってきた。
何だよその荷物は。
「次の行動に必要な道具よ」
そういって歌恋が包みから取り出したのは、
自動小銃、拳銃、手榴弾、プラスチック爆弾、各種弾薬その他いろいろ
なんだこれ
「いやー重かった。取り敢えず今回はこんだけ。次はアンタも来て。荷物持ち」
いや、何をするのか聞きたいのだが。
「もう関東はダメだわ。多分半分以上の人間がヤツらに取って代わられてるわ」
これは確かにゴツい装備だが、関東圏の半分の人間を殺せるわけじゃないぞ。
「だから関東を燃やし尽くせる武器を調達するためにこれが必要なんだって」
お前、何する気だ
「横須賀基地から戦略核を奪取する」
やっぱり、こいつは正真正銘の悪魔だよ。
FIN




