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あなたは乗っ取られ前ですか、後ですか?

ジャーン、ジャジャジャーン、ジャジャジャジャージャ

ジャーン、ジャジャジャーン、ジャジャジャジャージャ

AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!

OHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!

気怠い五月の休日の朝、心地よい惰眠はトム・アラヤの金切り声によって破られた。

アウシュビッツ収容所を歌ったキチガイじみた激音を吐き散らすスマホに手を伸ばす。

電話がかかってきたようだ。

千金にも値する日曜朝の眠りを妨げる極悪人の名を確かめようと目をこすって画面を見る。

そこに表示された名前を見るなり、電話にでたくなくなった。

いや、この着信音の時点で気付いてはいたのだが、精神がそれを認めたがっていなかった。

気付かなかったことにして二度寝を決め込もうというナイスアイディアが脳裡にひらめく。

しかし、後日追求され、叱責され、拷問され、折檻される恐ろしさを考慮すれば出ないわけにはいかなかった。なにせ彼女はこの騒々しい着信音の示すとおりの「死の天使」に他ならない。

俺のような中肉中背無知蒙昧虚弱貧弱無知無能の凡人に逆らえる存在ではないのだから。


「遅い!さっさと出なさいよハゲ!」

通話ボタンを押した瞬間、騒音のような着信音が止まると同時に、

騒音そのものと言った罵詈雑言がスピーカーから吐き出された。

俺はちょっとばかり世間の平均よりもおでこが広いだけだ。決してハゲではない。

俺はハゲない。昔のアイドルはオシッコしなかったらしいが、それと同じくらい俺はハゲない。

「ちょっと聞いてんの?ヘビメタ聴きすぎてついに鼓膜やぶれた?

男だったら破るべきマクはソレじゃないでしょ?

それともついに脳に寄生虫でも沸いて人語を理解すべき部分が喰い荒らされた?

アンタの頭もとうとう外見だけじゃなく中身まで軽量化が進んできたのね!」

怒濤のような罵詈雑言とセクハラ発言が撒き散らされる。

仮にも花も恥じらう乙女がマクとか言うな。ヘビメタって言うな。

80年代のオッサンかお前は。あと、俺はハゲじゃない。

「聞こえてるよ、何だよ日曜の朝っぱらから」

「今、摩耶ちゃんと一緒に小学校にいるんだけど、今すぐ来て。

あ、黒いゴミ袋かなんか持ってきて、大きめのヤツ」

「はぁ?」

「じゃあ、そういうわけでナルハヤで!」

ブツッ ツーツーツー

あのアマ、一方的に用件だけホザいて切りやがった。

俺の都合とか聞こうともしやがらねえ。暴君だ。

今度からあいつの着信音はスレイヤーではなく、プリーストのTyrantにしよう。


さて、昼頃まで寝ているつもりだったが、こうあっては是非もない。

布団から身を起こし、延びをする。新しい朝が来た。絶望の朝だ。

暗澹たる気分になりながら布団をたたむ。枕元にはおどろおどろしい表紙の文庫本、

「暗黒神話大系クトゥルー 2」が転がっていた。

昨夜は寝る前にこれを少しだけ読もうと思ってドハマリし、結局寝落ちしたのだったか。

朦朧としながら部屋の電気を消したのは一体何時だったか。ひょっとして3時間も寝てないような気もする。

それもこれもラバン・シュリュズベリィ教授と若き同志達の活躍がおもしろ過ぎるからだ。

作者のオーガスト・ダーレスを悪く言うクトゥルー神話ファンは多いが、

彼の作り出した神話はラヴクラフトとはひと味違った味わいがあると思うのだ。

そもそも彼がいなければクトゥルー神話が後世に残されることもなかったはずだ。

いかんいかん、現実逃避している場合ではない。

遅れれば遅れるほど、地獄の顎は開いていく

。己の身の安全のためにもここは迅速に行動すべきだろう。

手早くパジャマを脱ぎ、部屋の片隅に丸められたジーンズに足を通す。

シャツはどうしようか悩んだが、ここはあえてブラック・サバスを選択。

アルバム「血塗れの安息日」のジャケットがプリントされていた。


台所にてゴミ袋を探すが、今どき黒のゴミ袋などありはしない。

あのキチガイ女のことだ、きっと「見られたらマズイ何か」を運搬する為に必要なのだろう。

この辺は以心伝心、昨日今日の付き合いではないのである。

もっとも、そんな胡乱な以心伝心はちっとも欲しくないのだが。

結局、半透明のゴミ袋の外側に大型の紙袋を被せるという事にした。

これで恐らく彼女の要求を満たすことが出来るであろう。

俺は踵の潰れたスニーカーをつっかけて家を出た。


ヤツの言う小学校とは、近所の市立神宮小学校のことだろう。

ヤツという悪魔を育んだという実績だけで、その教育機関としてのあり方には疑問を感じる。

もっとも俺の母校でもあり、5歳下の妹、摩耶が現在通っている学校でもある。

あの悪魔はこともあろうに俺の妹をたぶらかして一緒に小学校にいるらしい。

推測するに、飼育委員である摩耶が小学校で飼っているウサギやニワトリの世話をしに行くのに付いていったのだろう。

卒業生といえど小学校に関係者以外が近づけば変質者として通報されかねないこのご時世に、

あの女は平然と校内に乗り込んで子供達と戯れているのだ。

見る人によっては子供達と遊んでくれる優しいお姉さんであり、

見ようによっては子供しか遊び相手のいないイタい女子高生なのだが、

しかしてその実態は小さい子大好きな小児性愛者(ペドフィリア)同性愛者(レズビアン)で、

さらには加虐性淫乱症(サディスト)の三拍子そろった立派な変態である。

仮に俺が同じ事をしたら間違いなく通報されるというのに、

女だからということであの変態は野放しにされている。

悲しいかな、社会はいまだ男女同権を実現してはいないのである。

そんなヤツと妹が人気の無い休日の学校で二人きりとか恐ろしすぎる。

妹の貞操の為にも急がねばなるまい。いや、貞操ぐらいで済めば儲けものかもしれない。

俺は紙袋を手に歩調を早めた。


「遅い!グズ!ハゲ!」

校庭の片隅、フェンスで囲まれた飼育小屋の前で、俺は悪魔に接近遭遇した。

人間とは馴れるもので、そんな暴言を俺は軽くスルーして逆にツッコむ。

「お前、ナニ、そのカッコ?」

俺の前で腕を組んで仁王立ちしているのは(少なくとも俺の心中で)悪魔とも死の天使とも暴君とも呼ばれる、

俺の友人だった。身長152センチのチビのくせに、

やたらデカい胸が少々サイズの小さなTシャツをこれでもかと押し上げている。

顔立ちはまあ、悪くはない。美人と言うよりはかわいい系。

少し脱色した茶髪がいつもは肩口のあたりまで伸びているのだが、今日はポニーテールにまとめていた。

ここまでは、まあ、良い。しかしそのファッションセンスは最悪だ。

前述の小さめの黒いTシャツ、ダボダボの迷彩柄のカーゴパンツにジャングルブーツ。

左腕にはやたらゴツいGショック。もとよりかわいい私服など期待もしていなかったにせよ、これはない。

「この後男の子達も来てサバゲーすることになってんのよ。」

そうか、それでそんな格好か。

察するに足下に置かれたスポーツバッグの中身はエアガンやらBB弾やらゴーグルやらなのだろう。

バッグの全長には収まりきれなかったとおぼしきライフルか何かの銃口がにょっきり生えてる。

「いたいけな男の子達がBB弾に撃たれた時に見せてくれる苦悶の表情だけでご飯3杯はいけるわ!」

拳を握りしめて力説するチビ巨乳。近い近い。鼻息が荒くてうっとおしい。

少し前にコイツのことをペドでレズでサドだと言ったが、一部訂正しよう。

こいつはレズではなく両刀だ。

「そしてムキになってみんなでよってたかって私に襲いかかってきて、その粗末な鉄砲でピュッピュッて私に向かって撃ってくるのよ。ああ、快感」

自分の発言で興奮した変態がクネクネと身をよじらせる。

青少年の健全な育成にとって害にしかならない危険人物はひとまず放置して、

今までスルーしてきたこの場の有様を改めて観察することにする。

状況を簡潔に説明すると、日曜の朝の小学校の飼育小屋、

フェンスで囲まれた小屋の中は真っ赤な血にまみれ、濃厚な鉄錆のような臭いが小屋の外まで漂ってきている。小屋の隅には首を掻ききられて絶命したニワトリの死骸が横たわっている。

反対側の隅には数匹のウサギやニワトリが集まって同胞の無惨な死に怯え震えていた。

小屋の入り口付近には妹の摩耶が座り込んで泣きじゃくっている。

小屋の前には迷彩服着た巨乳チビが血塗れのコンバットナイフ片手にイヤンイヤンと腰をくねらせている。

つくづく慣れとは恐ろしいもので、こんなシュールな阿鼻叫喚地獄を見ても俺の心は冷静に対処方を模索した。この程度の修羅場はこの悪魔と付き合っていたらわりとよくあることだ。

まず、凶器をもった被疑者Aは妄想の世界へトリップ中のようなので、

逃亡の可能性なしとして対処は後回し。

まずは泣きじゃくる麻那をなだめすかして家に帰らせる。

本来なら送っていきたいところだが、この惨状をこのままにするわけにもいかない。

サバゲー男子や学校関係者などが来る前にすべて処理せねばなるまい。

用意してきたゴミ袋に惨殺死体を入れ、さらに紙袋に入れる。

いったん紙袋を小屋の外に置いてから中へ戻り、飼育小屋の片隅にとぐろを捲いているゴムホースを掴んで蛇口を捻る。

清き水が血の汚辱を洗い流し、赤く濁った水が排水溝へと流れこんでいく。

突然の水攻めに慌てふためいた群衆(ニワトリとウサギだが)がパニックを起こして逃げ惑う。

小屋の中を一通り洗い流した所で水流を弱めて小屋の外へと出る。

クネクネ踊りをやめた変態は上気した顔でポーと突っ立ていた。

別段抵抗もなくその手からナイフを取り上げ、血塗れの刃を水で流す。

濡れたまま放置はサビの原因なので、ボケッとしている変態女のダボダボのズボンで拭ってから、

スポーツバッグの上に置いた。ホースを片付け、飼育小屋の鍵を閉めれば、

血塗れの惨状は綺麗に片づいていた。

日曜の朝から飼育小屋が掃除されているという点と、

ニワトリが一羽減っているという点に目をつぶれば概ね証拠隠滅は完璧である。

現場の片付けが済んだのであれば、次は小屋の前にご丁寧にもまとまって存在している、

犯人と凶器と被害者の遺体の処理である。


ボケッと棒立ちになっている被疑者Aの背後にそっと忍び寄る。

身長の低い標的ににあわせてやや身をかがめつつ、そっと両腕を前に伸ばし、

たわわに実った果実を鷲づかみにする。

「ふにゃああああ!」

予想外の攻撃に狼狽したヤツは思いっきりのけぞった。

鉄板でも仕込んであるかと思われる後頭部が俺の鼻に直撃した。

「いきなり何すんのよ、スケベ!痴漢!変態!」

「……ッツ」

鼻を押さえてうずくまる俺をゲシゲシとコンバットブーツで足蹴にするチビ巨乳。

つーかお前に変態とか言われたくねえよ。

「この女の敵!強姦魔!変質者!犯罪者!迷惑防止条例違反!

おっぱい星人!ノーパンシャブシャブ!おさわり無料!」

語彙が不足したのか、だんだん訳の判らない罵りになりつつある。

石頭の中身はわりと貧相かもしれない。

まあ、ともあれ彼女の精神が現世に帰ってきたようなので、なおも暴れるヤツの手をつかみ、

左手でスポーツバッグと紙袋を持って歩き出す。今は犯行現場から離れる事が優先だ。

しかしなんだ、こいつまた育ってないか?前に触ったときより大きくなっていた気が。

身長はちっとも伸びないくせに。


小学校を出て、歩いて10分ほどの公園に着く。

まだ八時前だ。公園に人影はない。

「で、なんだってあんな事になってんだよ?」

ベンチにスポーツバッグと紙袋を置いて事情聴取を開始する。

両腕で胸元を隠した彼女が上目遣いに恨みがましい視線を向けてくる。

ちょっとかわいいと思ってしまった。

「摩耶ちゃんが飼育委員の仕事があるっていうから、それに付き合ってあげてたのよ。

で、その後は男子達とサバゲーの予定」

うん、それは大体判っていた。ここらで解説しておくと、

このチビ巨乳の変態は我が家のはす向かいに住む涼城(すずしろ)家の一人娘、歌恋(かれん)さんである。

親の期待を裏切って歌とも恋とも縁遠く、可憐には100万光年くらいほど遠い変態暴力女に育ってしまった。

小学校4年の時に我が家が今の家に引っ越して以来の腐れ縁である。

はす向かいの家にこんな悪魔が棲み着いているなぞ、とんでもない不良物件を掴まされたものである。

この悪魔と小学校、中学校はともかく高校まで一緒とか、何かの罰としか思えない。

俺、実は前世でとんでもない悪人だったりしたのだろうか?

腐れ縁のよしみで日曜の早朝から呼び出されるのはたまったものではないが、

彼女の行状を省みれば呼び出される事自体は大した事ではない。

むしろ真の恐怖は呼び出された後に地獄が待ち受けている事だ。

いきなり血塗れ現場の処理を押しつけられたりとか。

この女、なぜか子供には人気があり(俺が親だったら絶対近づけたくない部類の人間だ)、

近所の小学生達に混じって遊んでいる。そしてこの女はそれに性的興奮を覚える変態だった。

特にお気に入りはうちの妹で、以前うちの親父(居合道三段)に向かって三つ指ついて土下座して、

「娘さんを下さい」とのたまったあげく、お互い日本刀を持ち出してチャンバラをやらかした実績がある。

まあ良い(ちっとも良くないが)、話を進めよう。

「小動物に餌をやって、糞とか片づけるだけの簡単なお仕事って聞いてたのに、

飼育小屋に入った瞬間、イヤな感じがしたのよ」

「イヤな感じって?」

コイツはこう見えて繊細で敏感な所がある。霊感が強いとでも言うのだろうか。

「なんかこう、胸の中がゾワってする感じ。なんというか、真っ暗闇の中で何か弾力があって柔らかいものをグニャっと踏んじゃったみたいな」

「それで?」

「最初はそのゾワっとしたのだけだったんだけど、とにかくヤバいのがいる感じだったから、摩耶ちゃんに小屋に入らないように言ったんだけど」

お前も相当ヤバい電波さんだよ、というツッコミを入れたいのだが、

麻那の安全を多少なりとも考慮してくれた事に免じて我慢する。

「そしたら急にガっときてバッなってウガーって。

頭の中というか、精神とか魂とか?そういうものをグチャグチャに掻き回される感じ。

あ、レイプ魔に無理矢理処女膜破かれて無茶苦茶に掻き回されたらあんな感じなのかな?」

知らねーよ。

「とにかく、ナニかが私の中に入ってきてメチャクチャに暴れまくって、その時突然閃いたのよ。

今、私の精神を侵略しようとしてる犯人は目の前のコイツだって。

そのニワトリの中にいる何かの仕業なんだって。

で、後は無我夢中でナイフを抜いてそいつに斬りかかったわけ」

こいつがナイフとか常に持ち歩いてるのは今更だからスルーする。

「で、気付いたらああなっていた、と」

「そういう事。正当防衛よ。アレを殺さなければ、きっと私の精神が殺されていた。

私が私でなくなっていた。私はアレはそういうモノだと認識して、

対処行動をし、辛くもやり遂げたのよ。」

どうだ、大したものだろうと言わんばかりにドヤ顔で胸を張る。いや、実際大したものだよ。その胸は。

「まあ、いいや。よいしょっと」

ベンチに乗ったスポーツバッグと紙袋を脇へやると、歌恋はどっかりとベンチに腰掛けた。

「ねえ、一本ちょうだい」

そう言って右手の人差し指と中指を立てる。

「たまには自分で買えよ」

そう言いながらポケットからラッキーストライクを取り出し、彼女に一本差し出す。

自分も一本咥えて100円ライターで火をつける。

「「…………ハァァァァ」」

肺いっぱいに吸い込んだ紫煙を二人同時に吐き出す。

「もう、あれから二年になるのか…」

「やっぱ、アレがそうだったのね」

「まさか今度はお前が遭遇するとはなあ…」

ベンチに並んで腰掛けた俺達は快晴の日曜の朝には不似合いな厭世的な目で空を仰いだ。


つづく



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