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猫の干物・・・とある思考実験の為に

http://sns.atgames.jp/bbs/thread/23017


上記は「常識を逸脱した個人の価値観」をテーマに、「常識と価値観」、「空気と自我」、「公と個」がぶつかった時にどう考えるか、終わりなき議論をする為に立てられた掲示板であるが、趣旨を理解出来ないうつけ者がいた為、議論の背景理解を目的に本作を執筆した。


本作では理解を容易にする為「二つの相反する事情」にテーマを変えている。


二つの相反する事情がぶつかった時に争いは起きる。

己の正義を振りかざす「国家・民族・宗教」間の紛争がいい例であろう。

事情や正義は、必ず共存出来るというものではない。


本作を読み、老人と婦人の事情を踏まえ、どちらが正しいか、どちらに同情するか、是非答えの出ない終わりなき議論をして頂きたい。


また、本作品は「牛島辰熊」氏と「あがさ・ぷぁげすてぃ」氏の発想を元に執筆されている。

尚、第二章『みかん箱と家族』は「あがさ・ぷぁげすてぃ」氏の執筆によるものである。


取り急ぎ編集したものである故、おかしな部分にはある程度目を瞑って頂きたい。

推敲を重ね、いつの日か一つの作品として成立させようと考えている。

第一章『夕日と猫の干物』 たいくんまん不正 作


70年連れ添った妻が病の床に伏している。

やせ細った体、落ち窪んだ眼窩、濁った瞳、生気のない声で妻が言う。

「あなた、もう一度故郷の夕日を眺めながら猫の干物を食べたい」


私達夫婦は共に山深い寒村の出身で、妻と二人、猫の額ほどの畑を耕し日々の糧を得ていた。

猫の額と言えば、当時はよく自家製の猫の干物を食べていた。

寒村の食料事情もあり、猫の干物は貴重なタンパク源として村では重宝されていた。

決して美味いものではないが、農作業を終え、夕日を眺めながら食べる猫の干物は、

その頃の私達には格別のものだった。


戦後、故郷はダムの底に沈み、それを機に私達は東京に出て来た。


東京に出ると全てが一変した。

ビル群に目を見張り、スーパーに並ぶ食品に目を輝かせた。

「故郷では私達は何も持っていなかった」

いつしか、そう思うようになった。

変化の無い退屈な山の風景、ただ昇って沈むだけの太陽。

貧しい寒村の食事、固くて不味い猫の干物。

故郷の暮らしには二度と戻りたくない。

ずっとそう思って暮らしてきた。


しかし今なら分かる。

あの頃、私達は全てを持っていたのだ。


病床の妻が言う。

「あなた、もう一度故郷の夕日を眺めながら猫の干物を食べたい」


故郷は遥かに遠い。


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第二章『みかん箱と家族』 あがさ・ぷぁげすてぃ 作


とある所に一人の婦人がいた。


その婦人、生まれ付いての天涯孤独。

孤児院育ちで世に出るも、そんな彼女を待っていたのは身寄りの無い自分を見る周囲の白い目・・・

そんな世の中をただ見返してやろうと、遊びにも恋にも目もくれず、ただ前ばかりを見て走り続ける事30余年・・・

努力の甲斐あり、興した貿易会社を成功へと導く。

だがそんな勝利の美酒に酔いしれるも束の間、

ある雨の日の朝、ベッドから起き上がった自分の体に妙な違和感を覚える。


『 左半身の感覚が・・・ 』


尋常ではない異変に自身の余命を悟る彼女。

もう私はどうなってもいい・・・

ただ、こんな私を今まで支え続けてくれた唯一の家族・・この猫ちゃん達だけは・・・・・


大粒の涙がぽたぽたと猫達の体を滑る。

婦人は麻痺する体を奮い立たせながら、

みかん箱の底にせっせと万札の束を敷き詰めるのであった・・・


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第三章『 続みかん箱と家族 』 たいくんまん不正 作


こうして札束を敷き詰めておけば、私の死後、発見した誰かが猫ちゃん達を引き取ってくれる。

そして動かない体をベッドに横たえ、朦朧とした意識で死が訪れるのを待った。


不意に意識がハッキリした。

まだ死は訪れていないようだ。

どれぐらい時間が経ったのだろう?

時計の音だけが部屋に響いている。

そしてハッと気付いた。

私は天涯孤独の身、忙しく世界を飛び回り会社に顔を出すのは月に数回。

今私が死んだとして、誰が気付くだろう?明日?明後日?一週間後・・・?

不審に気付いた社員がこの家を訪ねた時、猫ちゃん達はどうなっているだろう?


全身の力を振り絞ってベッドから這い出すと、電話に向かって少しずつ動いた。

床を這ってソロリソロリ少しずつ、時間をかけてようやく電話に手が届く位置までやって来た。

猫ちゃん達は不安そうな目で私を見つめている。

私が何とかしなければこの子達は。

しかし電話を手にとって愕然とした。

電話の使い方が分からないのだ。

体の異常と関係しているのか、私は何故か電話の使い方が分からなくなっていた。

どうすればいい?絶望し途方に暮れている時間は無い。

一度は死を覚悟したが、猫ちゃん達だけは何とかしなければ。


自宅の一軒家は都心にあり、周りにはオフィスビルが建ち並んでいる。

当然ご近所付き合いはなく、日曜日の早朝では外を歩く人もいないだろう。

そう言えば隣のオフィスビルの路地を入ると、裏に一軒家がある。

確か優しそうな老夫婦が住んでいた。

道で会えば会釈する程度の関係だが、あの夫婦に頼んでみよう。

ここまで移動出来たのだ、時間をかければきっと夫婦の家に辿り着ける。

それに救急車も呼んで貰える。


猫ちゃん達の入ったみかん箱を押しながら、

普段の喧騒が嘘のようなシンと静まり返った通りを這った。

やはり誰も歩いていない。

ズルズルと地べたを這って少しずつ老夫婦の家を目指した。

長い時間をかけてようやく老夫婦の家に辿り着くと、

老人が狭い庭で何かの作業をしていた。

どうやら魚を干しているようだ。


「助けて下さい」

何とか声を振り絞ると、老人が駆け寄って来た。

事情を話して猫ちゃん達を引き取ってもらい、救急車を呼んで貰った。

救急車を待つ間老人と少しだけ話した。

老人の奥さんは病気で寝たきり状態になっており、

何かの干物を食べたがっているが材料が手に入らない。

それで代わりに鯵の干物を作っていたらしい。


ようやく救急車が到着して病院に運ばれた。

治療の甲斐あって九死に一生を得ることが出来た。


私は何とか生きている。


猫ちゃん達に会いたい。

その思いだけで苦しいリハビリにも耐え、半年後の今日遂に私は退院する。

病院を出たら家に帰る前にあの老人を訪ねよう。

そして愛しい猫ちゃん達に頬ずりしよう。

今はそれだけが楽しみだ。


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最終章『寂しさと悲しみと』 たいくんまん不正 作


婦人が呼び鈴を押すと、程なく老人が出て来た。

挨拶もそこそこに、婦人は猫について切り出した。

すると老人は言った。


「猫は干物にして妻に食べさせました。お陰で妻は笑って旅立ちました」


長い時間、二人はその場に佇んだ。

老人は寂しさを、婦人は悲しみを抱えて。

当初、老人の妻は猫の干物を食べることで病気が回復したとしていたが、それでは議論の際に婦人への思い入れが増えると考え、老人の妻が亡くなる終わり方に変更した。

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