プロローグ
むかしむかし、数えきれないほどの大昔。
ハルモニアからずっとずっと東の小さな島に、大きな大きなお星様が
空から落ちてきました。人々は落ちたお星様を見ようと船に乗って東の島へと
向かいました。
見送った人たちはお土産にお星様のかけらを持ってきてねとみんなを
送り出しました。
けれども、船が出てから1年たっても2年たってもお星様を見に行った人は
だれひとり帰ってきません。
とうとう10年がたち、王様がお星様を見に行った人たちを探しにいくように
命令します。
王様の命令で軍隊の船がお星様の落ちた島に向かって、東へ東へと進みます。
けれども、あるところまでくると強い風が吹いて、海には大きな波が立ち、
船は進めなくなってしまいました。
軍隊の司令官は引き返そうとしますが、ある一人の勇敢な船乗りが自分なら
島へとたどり着いて見せるから船を与えてほしいと言いだします。
司令官は迷いながらも、その船乗りに船を一艘と乗組員を貸し与えます。
勇敢な船乗りが司令官に向かって手を振りながら荒れ狂う海を東に向かって
進みはじめます。
ところが、船乗りを乗せた船は突然にやってきた竜巻に飲み込まれて
こっぱみじんに砕かれてしまいました。
それ以来、ハルモニアの王様は水と風の精霊の怒りを買ってしまったと恐れ、
東ローレシアよりも先の海へ船で進んではならないとお触れを出したのです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝もやのなかに、小鳥のさえずりが聞こえる。
パン屋の煙突は煙を吐き出し始め、農夫は畑にでて水やりを始める。
やがて、遠くの山から日が昇り、鶏が朝一番の声を上げる・・・
「ふ、あぁぁぁぁ・・・、むにゃ・・・」
そんなありふれた農村の朝の光景が広がる中、
少年は自分のベッドの上で身を起こすと、大きなあくびをして、
のそのそとベッドから降りる。
寝ぼけ眼をこすりながら部屋の窓につけられた戸をあける。
差し込んで来る朝日に目を細めると、大きく伸びをして服を身につける。
最後に靴を履いて、少年は部屋の扉を開ける。
少年が階下に降りるとテーブルの上には朝食が並び始めていた。
「やっと起きたの、エド。サッサと鶏小屋から卵をとって来てちょうだい!
朝ごはんの準備が進まないじゃないの」
「うん。わかった」
少年はそう言うと、キッチンの脇にある裏口の戸をあけて、鶏小屋に向かう。
鶏小屋の戸をあけて中に入ると10羽程の鶏が跳ねまわっていた。
少年はそれをかき分けて奥に行くと、5個の卵を拾い集めて鶏小屋をでる。
家の中に戻った彼は、とってきた卵をキッチンの母のもとへと届ける。
「とってきたよ、母さん」
「はい、ありがと。お座りなさい」
「うん」
少年は朝食が並び始めているテーブルにつくと、
もう一度大きなあくびをする。
テーブルにはすでに彼の父親がついており、少年のあくびに顔をしかめる。
「エド。また昨日も遅くまで本をよんでいたのか?」
「うん。読み出したら止まらなくなっちゃって」
「ランプの油もただじゃないんだからな」
「わかってるよ」
少年は不機嫌そうにいうと、テーブルに肘をついて父親から顔をそむける。
そうこうしているうちに朝食の準備が整い、少年の家族が全員テーブルにつく。
「さ、じゃああなた」
少年の母親がそう言うと、彼女の夫である少年の父親は鷹揚に頷く。
そしてテーブルについた全員が手を組み合わせて目を閉じる。
「天におわします神と、大地におわします精霊たちよ。
我らにささやかなる糧をお与えいただきますことを感謝いたします」
一家の家長である少年の父親がお祈りの言葉言い終わると、全員が目を開ける。
「さ、食べましょ」
母親の声で全員が朝食に手をつけ始める。
テーブルについているのは、少年の両親と2人の兄、そして妹の計6人である。
全員が黙々と朝食を食べるなか、少年の父親が思い出したように口を開く。
「おお、そう言えば明日は父さんと母さんがこっちで夕食を摂ると言ってたぞ」
「え!?なら準備しないといけないじゃないですか。なんで早く言って
くれないんです!?」
「いや・・・忘れていたんだよ」
そんな両親の会話をよそに、少年は黙々と朝食を食べる。
そして、真っ先に食べ終わると、席を立った。
「ちょっと、まだみんな食べ終わって無いでしょ!」
「教会に行く準備をしないと」
少年はそう言って自分の部屋へと向かった。
部屋の片隅に置かれた机の上にある、布でできた鞄に
昨夜遅くまでかかって読み終えた本を入れる。
「おーい、エド!行くぞー!」
外から彼を呼ぶ声に彼は窓へと駆け寄る。
下を見ると、彼と同じくらいの少年が手を振っていた。
エドは、
「わかってるよ!すぐ行くからまっててよ、エル!」
と下にいる少年に向かって叫ぶと、階段を駆け降りる。
「エド!家の中を駆け回るのはやめなさいって何度言ったらわかるの!?」
「ごめんなさい!いってきます!」
エドは母親に向かって素直に頭を下げると、外に向かって駆け出して行った。
その様子を見て、母親は嘆息する。
「まったく。教会学校なんて何が面白いのかしらね・・・」
「いいじゃないか。エドはどうせ家を継げないんだ。
なら、手に職をつけておいた方がいいし、そのためにもいろんなことに
興味を持つことは悪いことじゃないと思うがね」
「それは判りますけど、あなたはあの子を甘やかし過ぎですよ」
「だが、エドが大きくなったら学者や役人になるかもしれないぞ」
父親の言葉に母親は大きく深いため息をつく。
「何を夢みたいなこと言ってるんですか!!」
ヒステリックな声を上げる妻に恐れをなしたのか、父親は小さく肩をすくめた。
「待たせちゃってゴメン、エル」
「いいよ。またおばさんの小言を食らったのか?」
エルと呼ばれた少年はエドに向かってそう言うと、にやりと笑う。
「そうなんだよ。うちの母さんはいっつもいっつも俺ばっかり・・・」
「それくらいならまだいいさ。うちの母ちゃんなんか、毎日ゲンコツだぜ。
昨日だって・・・」
そんな会話を交わしながら2人が歩くのは、畑の真ん中のあぜ道である。
ここはハルモニア王国の穀倉地帯と呼ばれるトレラント地方のカーリーという
比較的大きな農村である。
2人は、町の中心にある教会で開かれている教会学校に毎日通っていた。
教会学校は教会の教主やシスターが読み書きや計算、歴史などを教える学校で
高くはないとはいえ月謝が必要だ。
2人の少年の家はそれぞれに広い農地を所有する地主であり、幾人もの
小作人を抱える裕福な農家である。
であるがゆえに少年たちは悠々と教会学校に通えるのだ。
2人が畑の中を抜けて街道を渡り、町の中心に入ると、
両脇に商店が並ぶ町の目抜き通りに入る。
この町は、穀物の中間集積地であり、王都とは比べるべくもないものの
それなりに栄えている。
2人は、人々が忙しく立ち働く中をきょろきょろしながら通りを抜けて
町の中央広場に出る。
そこには、石造りの立派な教会と、王国の徴税所や王国軍の徴募所が
並んでいる。
2人の少年は、教会の前までくると入口に立つシスターに挨拶して
中へと入っていった。
一日の授業が終わり、教会の図書室に行こうとしたエドは後から肩を叩かれ
足を止めた。振り返るとエルがニコニコと笑っている。
「遊びに行こうぜ!エド!」
「いいよ。でも、借りた本を返しに行かなきゃいけないんだ」
「しょうがないな。じゃあ俺も一緒に行くよ」
エルの言葉にエドは目を丸くする。
「え!?いいよ。エルは外で待ってなよ」
「・・・お前。前もそんなこと言って、すっかり本に夢中になったこと
なかったか?」
ジト目で自分を見ながらそう言うエルに恐れに近いものを覚えたエドは
一歩後ずさる。
「う・・・あった・・・かも・・・」
「だろ?だから、お前が俺のことを忘れないようについて行くんだよ。
いいよな?」
「うん、わかった。一緒に行こう、エル」
そうして並んで教会の図書室に向かった2人は、本を返すとすぐに教会を出て
町はずれの野原に向かった。
その野原では町の子供たちが駆け回って遊んでいる。
エドとエルの2人もそれに混ざって夢中になって野原を駆け回り、
気づいたころには日は傾き始めていた。
他の子供たちと別れたエドとエルは野原から少し離れたところにある
小高い丘の頂上に立っていた。
「ねえ、エル。そろそろ帰らないと危ないよ・・・」
エドはそう言いながら心配そうに周りを見る。
町からいくらも離れていないとはいえ、夜になれば野盗や獣に
襲われることもある。だからこそ日が暮れる前には家に帰るよう
親は子供に強く言って聞かせるのである。
だが、エドの心配をよそにエルはエドに向かって笑いかける。
「まだ大丈夫だって!それよりさ・・・」
そこでエルの表情が真剣なものに変わる。
「エドは大人になったらどうするか考えたことあるか?」
「え!?大人になったら?・・・ううん、ないよ」
エドはそう言って首を横に振る。
「そっか・・・俺はもう決めてる。大人になったら王都に行って
騎士団に入るんだ!」
「騎士団かあ・・・エルはけんかも強いしきっとなれるよ」
「ありがとう!それより、エドは本当にないのか?なりたいもの・・・」
「え・・・うん。でも、僕も王都には行きたいな」
「そっか・・・行きたいな、一緒に!」
「・・・うん!」
「じゃあ、約束だ」
「約束?」
エドはエルの言葉に首を傾げる。
「そう。一緒に王都に行くって、約束」
「・・・うん、約束だ!」
2人はそれぞれの親指を突き合わせると、その手を空に向かって突きあげた。
「精霊様に約束したんだからな。絶対行くぞ、王都!」
「うん!一緒に行こう!」
丘に立つ2人を沈みかけた日の光がオレンジ色に照らしていた。
そして月日は瞬く間に流れ・・・
お読みいただきありがとうございます。
以前から温めていたネタをようやく形にできるめどがついたので
まずはプロローグを投稿させていただきました。
なかなか更新できないと思いますが、気長にお待ちいただければと思います。