肆 着せ替え人形
「よし。完璧だ」
「「おぉ~」」
カイルが完了を告げるとともに尹と瑞が感嘆の声をあげる。
「……ん」
3人の視線が集まるその先に、純白のワンピースに身を包んだ少女がいる。いや、正確には少女の形をした機械人形、クレイルだ。
「…似合いすぎだ」
「…ホントねぇ」
いまだ感嘆の声をあげ続ける尹と瑞。そんな2人に見つめられるクレイル。
「……ありが、と」
「いや、オレが好きでやったんだ。礼はいいよ」
カイルは少し照れた様子で答える。
「…いや、にしても可愛い。カイル、貴様のセンスを舐めていた…」
尹がしみじみ語る。
「…ホントですよカイルさん。わたしの要らなくなった服達がまさかこんな変身を遂げるなんて」
瑞も心底驚いていた。
なにがあったかというと、時は少し戻る。
もともと服をまとわずに現れたクレイル。
精密検査の結果、アンドロイドであると分かったクレイルだが、見た目は明らかな少女。
「いつまでもオレのコートを羽織らせておくのは忍びない」とカイルが言い、それに同意した尹と瑞。
新たに服をみつくろうぞと意気込むが、カイル達が住むのは荒れた山奥の村。都市部には当然のように溢れている布や生地を新たに手に入れるのは困難だった。
どうしたものか…
悩んでいると、なにかを思いついた瑞が言った。
「あの…生地というか、昔わたしが着てた服なら家にありますよ。来ませんか?兄さん以外」
「ちょぉおっと待って!?あれ?行くのって俺ん家だよね?まさかの家主除け者!?」
「進んで兄を部屋にあげたい妹がいますか?いいえいません」
「断言された!?だがな、最近は妹萌えという文化が…」
「うちのジャンルじゃありません」
「ジャンル!?」
「よし、じゃあ瑞ん家に行くか。ほら、クレイルも行くぞ。尹、戸締まり頼んだぞ」
「戸締まりできる扉もないクセに!…て、待て!俺も行くって、待ってって、あの、すんません待って下さいお願い」
閑話休題。
「どうぞ、カイルさん、クレイルちゃん」
この荒れた村の中、まだキレイな外見をした家、尹と瑞2人の自宅に着いた一向。
「お邪魔します」
「………します」
「ただいま~」
「最後のあたりで不審者が侵入しましたね。今散弾銃を持ってきますので待ってて下さい」
「最後のあたり?やべぇ俺だ!さっきから扱いひどくね!?」
「だって尹の仕事だからな~」
「……ギャグ要員?」
「そうそう。クレイルはよくわかってるな。えらいえらい」
「……ぅん」
頭を撫でるカイル。
クレイルの長い髪の隙間から覗く目が細められる。
「…なんなんだこの2人は。てかカイルそんなキャラだったか?」
「カイルさんは…ちぃさい娘が…す、き…?」
「たぶんそうなんだろうな…て、瑞?なんかホントに持ってきてる!?散弾銃か!?」
「違います。服を持って来たんですよ服を。落ち着いて下さい兄さん。さて、カイルさん。いつまでクレイルちゃん撫でてるんですか…服、持って来ましたよ」
「ん、おぉ、悪い悪い。すごいキレイな髪だったからつい。…にしても、服たくさんあるな。ありがとな、瑞」
「……ありがと」
「い、いえ。そんなお礼は…クレイルちゃんのサイズに合うものがあればいいんですが…」
「まぁ、なんとかなるだろ。とりあえず…試着を、瑞」
「なんで兄さんが指示を?死んでください」
「この上なくストレート!?」
「尹のポジションだもんな。じゃあ…瑞、クレイルの試着、お願いしていいか?」
「はいっ!わかりました!さ、いこ?クレイルちゃん」
「ん、わかった……」
そしてしばらく。
「……見事に合わなかった……クレイルちゃん細すぎよ…」
「?…ごめん、ね?」
「あ、違うのクレイルちゃん。ただ単に、クレイルちゃんのスタイルがうらやましいだけ……」
「瑞は出るとこ出てて締まるとこ締まってるしな。逆に瑞のスタイルのがうらやましがられるんじゃ?兄目線でもそう思うぞ」
「え、やだ本気で気持ち悪い」
一気に声のトーンが下がる瑞。
「お願い。真顔で言わないで。結構へこむから」
「とりあえず瑞のスタイルは置いておこう。うーむ、そうだな…なぁ、この服達、もらっていいか?」
「わたしのスタイルが放置された…え、えぇ。かまいませんよ。もう着ませんし。なにか思いついたんですか、カイルさん」
「まぁな。瑞、裁縫具とかあったりするか?」
「はい、ありますよ?……あぁ、そういうことですね!わかりました、待ってて下さい」
「………?」
「なにが始まるんだろ?」
………ということがあって、話しは冒頭に至る。
「なるほどな。いらなくなった服を生地として使い、新しい服を作り上げたのか。とりあえず言えるのはカイルのその裁縫スキルにビックリ」
「不本意ながら兄さんと同意見です。すごいです、カイルさん!」
「…カイル、ありがと」
「そうか?いや、はは。好きでやっただけなんだがな。喜んでもらえてよかったよ。……んー」
クレイルの姿を確かめていたカイルが急に黙り込み、クレイルの顔をジッと見つめた。
「………?」
「…クレイル」
クレイルに歩み寄るカイル。そしてクレイルの顔を覗き込むカイル。……近い。
「え、おい待てカイル!?なにをするつもりなんだ!?なんかクレイルに対する態度がおかしいと思ったらやっぱりお前…!」
「見つめ合いすぎよっ!カイルさんダメェェ!」
そしてカイルの手がクレイルに伸び……長い髪を両端に持ち上げ、手にしていた髪止めでくくった。いわゆるツインテールに。
「うん、これでよし。ほら」
鏡をクレイルに向けるカイル。
「……?」
それを覗くクレイル。
頭を動かし、色々な角度から自分を眺める。
そして少しして。
「……ぁりがと」
ほんのり頬を染めながらクレイルが言って、カイルが笑顔で返し。
「はは、どういたしまして」
「「……っはぁ。なんか疲れたー!」」
尹と瑞が大きな溜め息をついた。
「カイル…俺は焦ったよ。色々始まっちゃうのかとヒヤヒヤしたぜ」
「右に同じ、です。なんか今日は疲れました…」
「2人とも手伝ってくれてありがとな。助かったよ」
「……ぁりがと」
「俺はギャグしかやらされてないような…」
尹がげんなりする。
「それが兄さんですから。諦めましょう。それはそうと、本題の手の修理ですね、カイルさん。どんなプランでいきますか?」
「あぁ。それなんだがな……」
仕事の話しを始めるカイルと瑞。そして話しに入る尹。
そこから少し離れたところ。純白のワンピースに身を包み、両端でくくった髪を揺らす。
その場でくるっと回る。
「………ぇへへ」
感情表現が薄いアンドロイドにしては珍しく、口角をあげ、照れたような笑顔を人知れず浮かべていた。
その表情は、まるっきり無邪気な、普通の少女の笑顔だった。