参 愛玩用機械人形
「うぅ……」
「ふんっ」
「……?」
「……はぁ」
上から尹、瑞、クレイル、カイル。
「…なぁ、瑞?」
「話しかけないで変態」
一蹴される尹。
「まぁまぁ、そんな怒るなって瑞。尹だって、その、アレだ。男だからそういう気を起こすこともあるさ」
「カイルてめぇ、それ明らかに被害増える発言だぜ」
「…いいんです。兄がそういう人だってのはわかってましたから。でも、まさか、あんな小さな娘に劣情をもよおすなんて…」
「そら見たことか!あっという間に被害拡大だ。どう責任とるんだよ!」
「責任とるのは尹だろ?」
「カイルあとで泣かす」
「とりあえず兄が払う慰謝料については置いておきましょう。…それで?あの娘は?」
「ある程度の額を期待してるぞ尹。この娘はな…」
そうしてこれまでの経緯を説明するカイル。
「ふむふむ…それで、兄が検査にかこつけてクレイルちゃんをもてあそぼうと」
「もう引っ張らないで。兄ちゃん泣くぞ。クレイルだってネタにされて迷惑だろ、な?」
尹はぼんやり中空を眺めていたクレイルに話しかける。
「………?」
クレイルは無言で自らの体を腕で守る動作を不思議そうな顔をしながらする。意味は…わかってないだろうが、お約束ってことで。
「もう尹のネタはやめよう。話が進まない。」
「今ネタって言ったなカイル!?」
「兄さんは黙って、話が進まないわ」
「……ぐすん」
「……泣かない、で?」
尹を慰めるクレイル。
「…うん、ありがと、クレイルちゃん…」
「ナイスよクレイルちゃんっ♪そのまま兄さんの相手してあげてね。それで、この娘を精密検査するんでしたね?」
「あぁ。そのつもりだ」
「わかりました。それでは…カイルさんと兄さんは、席を外して下さいね」
「あぁ…て、ん?おいおい、尹ならともかく、オレも手伝うぞ?」
「ちょっと待てって。手伝いくらい俺もできるさ。てかセッティングしようとしてたの俺だし」
「…あの、これからクレイルちゃんを精密検査するんですよ?当然、服も脱がします。…兄さんはともかく、カイルさんまで見学希望?」
「「…外で待ってます」」
外に向かう男二人。
「それじゃクレイルちゃん、まずは服を脱いで、それから…」
「ん、わかった……」
男二人が外に出たのを確認し、検査の準備を進める瑞。
「いつまでも降ってるな…」
「あぁ…」
倉庫の外、せりだした屋根のおかげで雨が当たらない壁際。
「…尹は、あの娘をどう思う?」
「どう思うって…あの娘の目的は修理みたいだし、終わったら帰るんじゃないか?」
「………」
「睨むなよカイル…わかってる、どこから来たかの記憶すらないんだ。…帰る場所もわからないんだったら、クレイルにはここに居てもらった方がいいだろ」
「…ん、そうか。よかった。一応この土地の所有者だからな、意思確認さ」
「まぁ、検査結果がでない限りはなんとも言えないんだがな」
「だな。そろそろ検査終わっても良いころだと…お、来たな」
「お、お待たせしました…」
「瑞、結果は」
「あ、カイルさん…とりあえず、中でお話ししましょう」
倉庫に入っていく。
「…なぁカイル。瑞、顔色悪くないか?」
「あぁ。良くない結果だった訳じゃないと思うんだが…ん?クレイルは?」「今はちょっとあちらの方で休んでもらってます。それに、クレイルちゃんには聞いてておもしろい話ではないと思って…」
「…そうか」
瑞の雰囲気を感じ、尹も黙る。
「…ありがと、兄さん。それで、結果をまず。クレイルちゃんの機械化に関してです。クレイルちゃんは完全に全身機械です。ものすごく人間に近い特殊すぎる素材を使っていますが、間違いないです」
「ふむ…そうか。つまり、アンドロイドか?」
「おそらく、そうかと。でも、普通のアンドロイドにはない機構がありましてですね…えぇと…その、下腹部の…」
「…愛玩用機械人形」
尹が気まずい顔をする。
「あまり褒められた趣味じゃないな」
カイルも続く。
「今の時代、珍しい訳でもないですけどね…」
瑞は苦笑する。
「…で、だ。そのクレイルはなんだってここに」
「ふむ、確かに。クレイルちゃんはカイルを…いや、ここで修理ができることを知っていたようだったしな」
「確認している範囲で、記憶も自分の名前くらいしかなかったしな。尹が聞いた時はどこから来たのかもわからなかったようだし」
「あ、そのことについても重要な結果が出まして…。クレイルちゃんの脳ですけど、スキャンできなかったんです」
「は?どういうことだ?」尹が何を言っているんだと言わんばかりの声をあげる。
「だから、言ったとおりクレイルちゃんの脳はスキャンしてもモニターに映らなかったの!あたしもなんでかわかんないよ…」
「……超高性能な電波・レーザー反射素材」
「「え?」」
兄妹揃って声をあげる
「おそらく頭蓋骨を高性能な電波反射素材で作ることで、脳を保護しているんだ。そしてその頭蓋骨に覆われた脳はレーザーが到達せず、映らない」
「え…いや、でも…そんな素材を一体どこで」
「…どこかの研究施設で作られたガイノイドかもしれない。日々新素材を生み出しているし、ありえる」
「でも、なぜそんな画期的な素材・技術を、ガイノイド…クレイルちゃんに?」
「あぁ、そうだ。どの世代も、戦力や労力の増強を最優先で開発されている。ある程度一般に実用化されたあと、ガイノイドに転用されるならまだしも、見たこともないような素材だらけだ」
「そうだな…まるで、クレイルのためだけに作られたような素材だ。」
「どういうことですか?カイルさん」
「あぁ。まず、ただひたすらに人間に近い。今まで見たことがないくらいに。加えて、アンドロイドやガイノイドには標準で頸部に接続端子が備えられる。だが、クレイルにはない。端子から侵入されないようにしているのかもな…頭蓋骨の反射素材にしても、結果的に電波の侵入を防ぐ役割を果たしている」
「どっかの金持ちが研究施設にオーダーメイドしたんじゃ?」
「だったらもっと大切にするだろ。一人で外には出さないだろ。いや、一人じゃなくても外には行かせない」
「うーん…謎が多すぎますよ…」
「だな…」
「まぁだとしても、うちの客なのは確かだ。おいおい聞いていけばいいだろ。おーいクレイル!ちょっと来てくれ」
「……?(コクコク」
椅子に座っていたクレイルを、カイルが呼ぶ。
「なぁクレイル。手の修理が終わったらどうするつもりだ?」
「?……わからない…」
「そっか。だったら、しばらくうちに居るか?」
「…いい、の?」
「あぁ。当たり前だ。汚い所だが好きに過ごしてくれ」
「なっ…おいカイル。そんな簡単に…」
「そうですよカイルさん!わからないことが多すぎますって!」
「だからなんだって?いいだろ。まさか、こんな娘を一人にしてさぁ出てけなんて言うのか?」
「そうは言ってない」「そうは言ってませんけど…」
「じゃあ問題ない。てかここはオレの店だしな。よっし、それじゃ改めて自己紹介。カイル・ロエンだ。ここでジャンク屋をやってる。よろしくな」
「カイル…よろし、く?」
「はぁ…まぁ、カイルが良いならいいや。俺は尹・尚英。カイルのダチだ、よろしくな。あ、と…さっきは悪かった、クレイルちゃん。別に居てもらうの反対なわけじゃないんだ」
「ん、大丈夫……」
「あたしからも、ごめんなさい…ただちょっと、クレイルちゃんのことよくわからなくて心配だったの、ごめんね?」
「いい…大丈夫、だよ?」
「うぅ~…クレイルちゃん可愛すぎるわ…あ、あたしは瑞・尚英よ。カイルさんのお店の手伝いやってます。あと、この変なのの妹です。よろしくね、クレイルちゃん」
「ん、よろしく……」
「よし、自己紹介はだいたい済んだな。それじゃクレイルの手をなんとかすぞ!」
「おう!…って、カイル、なんでそんな無駄にやる気なんだ?」
「あ、それはあたしも思ってました」
「………?」
「ん?あぁ…なんか知らないが、クレイル可愛いじゃないか。こう、守ってやりたくなるような…」
「「…………」」
「…おい。なぜ微妙な顔をする尚英達。別に他意は無いからな」
「だって…うぅ、でも、カイルさんが言うなら…」
「ふふふ…ついに変態の名がカイルに移るのか…」
「あ、いえ。兄さんの立ち位置は変わりません」
「なんでだよ!?」
「目立たなくなりますから」
「あぁ、そういう立ち位置でしか生きられねぇのな俺は!」
「はっはっはっ。賑やかなのはいいがさっさと準備して仕事にとりかかるぞ」
「ちょ、カイルてめぇ話しそらすなっ!」
「………?」
「はいはい、後で相手してあげますから、兄さんも早く準備して下さい」
「っ…納得いかねぇえ…!」
…そうしてジャンク屋カイルとその助手達、謎のガイノイド、クレイルの生活が始まった。