弐 驚きの連続
「…直せ、る…?」
抑揚の無い声で、全裸の少女は左手があるべき場所を差し出しながら言った。
カイルはしばらく絶句していたが、ハッと我に返り、発言。
「あ、あぁ、修理な。雨に当たるのは良くない、こっちで待っててくれ…」
カイルは作業台近くの椅子を示す。
少女は無言でトコトコと歩き出し、椅子にチョコンと座る。いや、冗談じゃなくて、そんな擬音がした。
「はいよ、お嬢さん。アイツのだけど、とりあえず着とけ」
修理に必要な道具を取りに倉庫の奥に行ったカイルと入れ替わり、尹がコートを手に少女の元へ。
「…ありが、と…?」
不思議そうに礼を言う少女。
「いえいえ。しかしよくこんなところまで来たね。お嬢さんはどこから?」
「…?」
少女は首を傾げる。
「…えーと、どこから来たの?」
もう一度聞く尹。
「………わからな、い?」
なぜ疑問系なんだ。
「まぁ、とりあえず詮索はいいって、尹。んで、お嬢さんー…名前は?」
「……クレイル」
「クレイルね、分かった。んで、クレイルはどれだ?」
カイルが聞く。
「どれって…?」
「あぁ、すまん。パーツは第何世代かってこと」
少女はしばらく思案し、首を横に振った。
「…わからない」
「なんてこった。お嬢さん、記憶は?」
尹は驚いた様子で聞く。
「……ん」
うつむくクレイル。
「ふむふむ…記憶は少なく、名前の情報はもってる、と。とりあえずパーツの世代を調べたいから…左手、見せてくれ」
カイルが言い、クレイルは言われた通り、欠損した左手を示す。
「欠損したのはごく最近だな。んー、素材は…!?」
まさに驚愕といった様子でカイルは目を見開く。それを見た尹。
「どしたカイル」
「このパーツ……すまん、クレイル。機械化している部分を知りたいんだが、調べていいか?」
「ん、いい…」
「おい、カイル…」
尹の声は全く耳に入っていない。
カイルは早速全身を確認し始める。
「なんか犯罪くさいな」
尹が呟く。
しかし、そんな呟きすら耳に入っていないカイル。
「両腕、両脚…人工皮膚、しかもこの質感…?」
カイルの様子がおかしいことに気がついた尹が声をかける。
「おい、カイル。どうした」
「…クレイルの体を構成するパーツ…配線の具合を見る限り第三世代なんだ、と思うが…素材が明らかに違う。恐ろしく強度が高く、それでいて超軽量で異常に薄い。人工皮膚部分の質感に関してはもはや人間と変わらないんだが、この強酸性の雨に打たれてなんの変質も起きていない…耐薬、耐毒を標準装備。コーティングの後も見当たらない…」
「…未発表の新世代、か?」
「いや、だとしたら第三世代の配線なのが気になる。今の配線ならもっと効率がいい。出力の配分に伝達速度、あらゆる効率がな」
「そうか…たしかに今さら昔の配線を行う意味がないしな」
「だろ?だから、驚いてるんだ。…なぁクレイル、精密検査していいか?」
「…かまわな、い」
「よし、そこの台に寝っ転がってくれ。尹、機材のセット頼む。これをクレイルの体に取り付けてくれ」
「了解。これを取り付けるんだな…」
…バシャッ!バシャッ!バシャッ!
雨が降り続く外から、水浸しの大地を走る音が聞こえる。
そして、倉庫の入り口付近で音が止まり、続いて大きな声を挙げる。
「すみませーーん!カイルさんの助手、瑞、遅くなりましたーーっ!」
短い髪を雨に濡らし、肩で息をする、女性にしては身長が高めの、瑞と名乗る少女が現れる。
「ひさびさの遅刻だよぉ~。兄さんは先に行っちゃったみたいだし、起こしてくれたっていいじゃ……」
「っ……」
場の空気が凍る。
状況を整理する。
・カイルは倉庫奥に
・クレイルは台の上で羽織っていたコートをはだけ、横に
・尹はクレイルに検査器具をセットしようとしている
事情を知らない第三者が見たら、男がいたいけな少女の服をはだけさせ台に寝かた上で、怪しげなことをしようとしている。しかも少女は頬を濡らしている(雨)。
「い、いや待て瑞。兄ちゃんは」
「きゃあぁぁぁぁぁぁあ!!」
…雷の音に負けず劣らずの大音量が倉庫に響き渡った。