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Story4

「ったく、凛のやつ!」

お守りなどと言われたことを未だに根に持っているのか、ヒロは凛が出て行った先を見つめて憎々しげにそう呟いた。

「仲、いいんだね」

「はぁ?」

かれんの呟きに、ヒロはどこをどう見てそうなるんだ?とでも言いたげな視線を向ける。

それがありありとわかり、かれんは苦笑を浮かべた。

「だって、いつも一緒にいるでしょう?今日だって・・・」

約束していた自分よりも凛は先に来ていた。

そして当たり前のようにヒロの控え室にいて、当たり前のようにヒロの代わりにかれんにお茶を出して。

いつもいつも当たり前のように凛はヒロのそばにいて、ヒロは凛のそばにいる。

「まぁ、小さい頃からずっと一緒にいたからな。口煩い姉みたいなもんだよ。たった1つしか変わらないのにいっつもオレのこと子ども扱いするんだ、あいつ」

そうは言うもののヒロの表情に嫌悪感は見られない。

その表情を見て、かれんはやっぱり2人は仲がよいのだと思う。

(やっぱりパートナーだからかな、なんかお似合いって感じ・・・)

かれんはふっと目を伏せる。

(それでも、コンクールで優勝すれば私にだって!)

優勝すればヒロはかれんと踊ってくれる。

優勝すればヒロはかれんのパートナーになる。

そうすればきっと自分にだってチャンスはあるはずだ。

かれんの心は数ヶ月先のコンクールの方へと向かっていた。

「かれん?どうかしたか?」

急に黙り込んだかれんに、ヒロが訝しげに声をかける。

「おーい、かれん?おーい!」

根気よくヒロが声をかけ続ければ、かれんはようやくゆっくりと顔をあげ、ヒロを見つめる。

「ヒロくん!私、絶対優勝するからね!」

「は?」

自分を見つめると同時にかれんから出てきた唐突な言葉に、ヒロは一瞬目が点になった。

「どうしたんだ?」

いったいどこからそうなったのかヒロはさっぱりわけがわからないと首を傾げる。

「いいの!今度のコンクール絶対優勝するんだから!」

「まぁ、それはいいけど、その前に何か大事なこと忘れてないか?」

気合ばっちりに言うかれんに、ヒロはそんな問いかけをする。

するとかれん首を傾げ、腕組をして考え出す。

「え・・・?あ、バレエ団の公演?」

コンクールの前にある舞台であるし、プロのものなので疎かにするわけにはいかないものだ。

だが、ヒロはその答えに首を左右に振る。

「まぁ、それもあるけど、もっと大事なことがあるだろ?」

「え?えーと・・・」

かれんはまた考え出すが中々答えが出てこない。

そんなかれんに痺れを切らしたようにヒロが口を開いた。

「かれん、今日何しに来たんだ?」

「え?もちろん、ヒロくんのおうえ・・・あ!」

そんなの訊くまでもないことだろうと答えかけて、かれんはようやく答えに気づく。

するとヒロはにっこりと笑った。

「やっと気づいたな!オレが優勝できるように客席でしっかり応援してろよな!」

「うん、まかせて」

ヒロにそう言われることはかれんにはとても嬉しいことで、かれんは胸を張ってそう答えた。

その答えにヒロもとても満足そうな表情を浮かべている。

「『ドン・キホーテ』を知らないかれんでも退屈しない踊りを見せてやるから、期待してろよ!」

「ふふ、楽しみにしてる!じゃあ、私もそろそろ客席に行くね」

そう言ってかれんは立ち上がり、扉の方へと向かう。

そしてドアノブに手をかけたところで、ヒロに後方から声をかけられる。

「ああ。そうだ、審査員席の近く探せよ!」

「え?」

かれんは立ち止まってヒロの方を振り返る。

そうして意味がわからない、と首を傾げてみせればヒロはさらに言葉を続けた。

「審査員席の近くが一番見やすい席なんだ。凛なら間違いなくその辺にいる」

「う、うん。ありがと。それじゃ」

どこかぎこちないながらもお礼を述べると、かれんは足早にヒロの控え室を後にした。

そして後ろ手にカチャンとドアを閉めると、深いため息をつく。

(『凛なら間違いなく』か。凛ちゃんのことなら何でもわかっちゃうんだ・・・)

かれんはそのまま客席へと向かう。

だが、その足取りは酷く重いものとなっていた。






(ホントに審査員席のすぐそばにいる・・・)

かれんはとりあえず客席に入ると審査員席の方へと向かった。

するとそこからすぐ近く、視認できる位置に凛が座っているのが目に入ってきたのである。


「凛ちゃん」

「あら、かれん、早かったのね。もう少し遅いかと思っていたわ」

声をかければ凛はそんな言葉とともにかれんの方を振り返る。

そうして手招きをし、自分の隣へ座るようにかれんを促す。

かれんは誘われるままに隣に腰をおろした。

「すぐに見つけられないと困ると思って、少し早めに来たんです。でも、ヒロくんのおかげですぐに見つかったから」

「ヒロの?」

凛はきょとんとしてかれんを見つめる。

その瞳はかれんに説明を促していて、かれんは簡略的に説明をする。

「はい、ヒロくんが審査員席の近くを探せって」

「ふふ、しっかりバレてるのね、ヒロには」

そう言ってどこか楽しそうに笑う凛が、かれんはひどく羨ましく思えた。


「そういえば、ヒロくんはいつ踊るんですか?」

話を変えるようにかれんがそう訊ねると、凛は少しだけ驚いた表情を浮かべる。

「あら、パンフレット見てないの?」

「はい」

「ヒロは3番目よ」

凛の言葉にかれんがこくりと頷けば、凛はそんな言葉とともにほら、とかれんにパンフレットを見せる。

「このコンクールは誕生日の遅い順に踊るの。1年で出る子はすごく少ないから、ヒロの順番は早いのよ。ちなみに男子の部は今年1年生は5人だけだそうよ」

「へぇ、詳しいんですね」

すらすらと説明する凛に、かれんは尊敬の眼差しを向け、感心したようにそう述べる。

それに悪い気はしなかったらしい凛は、その表情に笑みを浮かべた。

「まぁ、去年私も出てるしね。それにずっとここに座ってるといろんな噂話も耳に入ってくるのよ。たとえば、この33番の子」

気をよくしたらしい凛は、かれんに他にも教えてやろうとパンフレットを指差しながら話題を提示する。

かれんの視線はそれを追うようにパンフレットへと向けられた。

「えっと、『ドン・キホーテ』より・・・ヒロくんと同じ踊りですね」

「ええ、そして今年の優勝候補らしいわ」

「ええっ!?」

優勝候補という言葉に、かれんは思わず声をあげてしまう。

だが、場所が場所だけにそれ以上大きな声を出さないよう、慌てて気分を落ち着けた。

凛はそんなかれんにくすりと笑みを漏らして、話を続ける。

「なんでも昨年まで外国にいたらしくてね、そっちで結構高い評価を受けてたみたいね」

「へぇ、そうなんですか・・・」

ということは、優勝を目指してるヒロのライバルになる。

そんな人がしかも同じ踊りで出場するなんて、ヒロは大丈夫なのだろうか、とかれんは頭の片隅でヒロのことを思う。

すると、凛がまたしてもパンフレットのある一点を指差しながら、話題を振ってくる。

「それからこの41番の子」

「あ、この人も『ドン・キホーテ』・・・」

指を差された先を見れば、また同じ名前が見られかれんは思わずそう呟いた。

「えぇ、こちらは昨年『白鳥の湖』の王子を踊ってこのコンクールで2位を取ってるの」

「ってことは・・・」

「ええ、彼も優勝候補の一人ね」

去年2位を取ったなら、次は1位しかないではないか。

そんな視線を凛に向ければ、凛はこっくりと頷いてあっさりとそう述べた。

「じゃあ2人ともヒロくんのライバルで、ヒロくんと同じ踊りを踊るんだ・・・」

ヒロが宣言通りに優勝するならば、優勝候補と呼ばれる2人は確実にヒロのライバルになるだろう。

そして、その優勝候補と呼ばれる2人と同じ踊りだなんて、大丈夫なのだろうかとかれんは不安を覚えた。

「そういうことね。さっき優勝候補が3人とも『ドン・キホーテ』のバジルを踊るって騒がれていたわ」

「3人ってことは、ヒロくんも優勝候補・・・」

凛の言葉にかれんはハッとする。

ヒロも優勝候補の1人に名前があがっているのなら、問題はない。

きっとヒロが優勝してくれるだろうと、かれんは思う。

そして、かれんのそんな期待に応えるように凛はこくりと頷いた。

「一応ね。ヒロも過去にコンクールでいろいろと賞を貰っているから」

「すごい!」

かれんは瞳を輝かせる。

先ほどまでの不安など、もうどこにもなかった。

かれんはただただヒロの優勝を信じていた。

しかし、そんなかれんを再度不安にさせるような凛の言葉がかれんの耳に届く。

「でも、今回は不利かもしれないわね」

「どうしてですか?」

かれんは首を傾げる。

ヒロも2人とともに優勝候補として名を連ねられるだけの実力の持ち主である。

ならば何も心配などないのではないかとかれんは思う。

だが、凛の表情はどこか堅いように見え、かれんは少しだけ不安に駆られる。

「だって3人とも同じ踊りを踊るわけでしょう?その中でも他の2人は3年生で、ヒロは1番年下。つまりヒロは1番最初に踊ることになるわ」

「それがどうして不利なんですか?後の方が比べられるから・・・」

かれんはむしろ先に踊ってしまった方がいいように思えた。

後になればおのずと前の人と比べられてしまうだろうと思ったから。

しかし、そんなかれんの意見に凛はゆるく首を振る。

「そうね、前に踊った人より下手なら、後の方が不利でしょうね。でも2人ともおそらくかなりレベルが高いわ。だから先に踊るヒロはかなりインパクトのある踊りで審査員たちに印象づけておかないと、後から踊る2人の踊りしだいでは印象がうすれてしまうこともあるわ」

確かに一理あるとかれんは思った。

後からすばらしい踊りを踊られてしまえば、前に踊った踊りのことなんて忘れ去られてしまうだろう。

かれんはまた不安になる。

「そ、そんなの、ヒロくんなら・・・っ!」

大丈夫、絶対に優勝できる、自分にも言い聞かせるようにかれんは声をあげた。

だが、その言葉は凛ののんびりとした冷静な声に遮られてしまった。

「まぁ、ヒロならそんなことにはならず、ちゃんと優勝するでしょうけれど・・・」

「えっ?」

声にも表情にも一切の不安など見られない。

先ほどヒロが不利だと言った人物と同じとは思えないその様子に、かれんは首を傾げずにはいられない。

「それにこのくらいのことで優勝を逃すようでは、私のパートナーは務まらないわ」

「それって、凛ちゃんのパートナーだから絶対優勝するってことですか?」

「あら、そう聞こえたかしら?」

そう言ってくすくすと笑う凛は無条件にヒロの勝利を信じているように思えた。

かれんにはそれがまた羨ましく思え、同時に自分と凛との間に大きな差を感じ敵わないとも思った。

きっとさっきのヒロが不利だという内容も、おそらくは噂話の1つだったのだろう。

そして、凛はきっとヒロが優勝候補でなくてもヒロの優勝を信じたのだろう。

かれんは、そんな風にはヒロの優勝を信じられなかった。

それがとても悔しく、そしてとても悲しかったのである。


「そろそろはじまるようね」

きゅっとかれんが両手を握り締めれば、凛からそんな声がかかる。

同時に客席が暗くなり、ステージが明るく照らされた。

そうして1人目がステージへと上がる。




「1番、2番、ともにたいしたことなかったわね」

「そうですね」

呆れたような凛の言葉にかれんもこっくりと頷く。

特に1番の子は酷かった。

最初だったために緊張したのか、ガチガチで今にも転ぶのではないかとハラハラさせられた。

2番の子はそれとは対照的にのびのびと踊っていたものの、足がきれいに伸びていなかったり、ポーズの形が歪んでいたり、と見た目にあまりきれいではなかった。

どちらも素人のかれんでもはっきり断言できるほど下手だったのである。


「次はいよいよヒロくんですね」

「そうね。どんな踊りを見せるか楽しみだわ」

凛がそう言うと同時に、舞台上にはヒロが登場し、『ドン・キホーテ』よりバジルのバリエーションの曲が流れ始める。

かれんはわくわくどきどきしながらステージへと視線を注いでいた。



“『ドン・キホーテ』を知らないかれんでも退屈しない踊りを見せてやる”



そんなヒロの言葉がふとよみがえる。

本当に退屈しない、とかれんは思った。

軽々と高くジャンプし、軽々とバランスを取り、そしてくるくると回る。

軽やかでいて、どこか迫力のあるそんな踊りだった。

それが見ていてとても気持ちよく、またヒロの表情が楽しそうでこちらまで楽しくなってくる。

「うわぁ、素敵だった」

ほんの一瞬で駆け抜けていったかのように短く感じられたひとときだった。

かれんはヒロの踊りが終わると同時に、自然と拍手をしようと手が動く。

だが、その手はすぐに隣にいた凛に腕を掴まれる。

「凛ちゃん?」

「本当に何も知らないのね。コンクールは拍手禁止よ」

「え、あ・・・」

言われてふっと自分の手を見れば、今にも手を叩きそうな勢いだった。

慌ててかれんは両手をおろす。

「ごめんなさい」

「わかればいいのよ。それに拍手したくなるほどいい踊りだったのでしょう。きっとヒロも喜ぶわ」

そう言って凛は柔らかな表情を浮かべた。

そうしてまたステージへと視線を注ぐ。

「ここから33番まで退屈・・・なんてことにならなければいいけれど」

「いくらなんでもそれはないんじゃ・・・、コンクールですし」

コンクールならば上手な人がたくさん出ているのが普通だろう、そんな意味を込めてかれんはそう言った。

だが返ってきたのは深いため息である。

「そうね、あなたが今度出る予定になっているコンクールなら、そうかもね」

「え?」

「このコンクールは規模の小さなものだから、あまり多くの人は出ていないし、さっきの1番や2番のような子が結構出場していたりするの。あぁ、次もあまり期待できそうにないわ」

凛は4番目の男子の登場を見ただけで、きっぱりとそう述べた。

どうやら登場の仕方を見るだけで凛には実力がある程度判断できてしまうようである。

まさか、などと思いながら見ていたかれんも、すぐに凛の言う通りだったな、などと思う。

「この子は少し期待できるかも」

「あぁ、この子はダメね」

「この子もイマイチ」

登場を見ながら一人一人に対し凛がそんな感想を述べていく。

そんな凛の言葉を確認するように一人一人のバリエーションを眺めていくのは、ただ見ているよりも退屈せず、かれんははじめて見るコンクールをそれなりに楽しめたようであった。






「33番はイマイチだったわね」

ふぅっとため息をつきながら凛が言う。

その言葉に凛は首を傾げた。

「え?そうですか?」

かれんとしてはヒロの踊りが好きだったけれど、決して彼も下手だとは思えなかった。

だが、凛の評価はかなり厳しいものだった。

「ええ。確かに上手かったけれど、騒ぎ立てるほどではないわ。期待はずれだったわ」

「でも、41番は素敵でしたよ」

ヒロに優るとも劣らない素晴らしい踊りだった、などと言えば凛もその言葉には同意を示す。

「ええ。彼はさすがね。去年は私も出ていたから見ていたけれど、今年は格段にレベルアップしていたわ。優勝候補に相応しい見事な踊りだった」

「じゃあ、33番の優勝はまずないってことですね」

「そうね、優勝はたぶんヒロか41番の彼、どちらかってとこでしょう」

「優勝はヒロくんですよ!」

「そうね。でもそうなると、きっと彼は2年連続2位になってしまうわね。ちょっとかわいそうだわ」

そう言ってかれんと凛は笑いあう。

コンクールを全て見終えたかれんと凛はそんな会話を交わしながら、ヒロの控え室へと向かっていた。

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