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Story3

「ねぇ、最近バレエ団の人がよく見に来ると思わない?」

「あ、そういえば確かに・・・」

かれんがバレエを習い始めて、ちょうど1ヶ月が経過した頃だった。

麻衣がいえば、理子が辺りを見渡しながら頷く。

そんな2人の会話に、かれんは不思議そうに首を傾げた。

「バレエ団の人?」

「ああ、かれんは知らないわよね。あのグレーのスーツの人いるでしょ?」

「うん」

ちらりと視線をそちらに向けながら言う麻衣の視線を追うようにかれんもそちらへと視線を向ける。

そうすれば、確かにそこにグレーのスーツの体格なよさげな男性がいるのが目に映る。

「あの人、うちのバレエ団の振付師なの」

「へぇ」

「で、隣の黒いジャケットの男の人が、うちのバレエ団のプリンシパル」

今度は理子がその隣に立つ男性へと視線を向けて、そう説明をする。

だがその中にかれんには理解のできない言葉が混じっていて、かれんは首を傾げた。

「プリンシパル?」

「かれんは本当に何も知らないのね」

「男性の主役のことだよ」

バレエの知識に乏しいかれんに対し、2人はくすりと笑みを漏らしながら簡単に言葉の説明をする。

「なるほど」

かれんが納得したのを確認すると、理子が話を元に戻した。

「ちなみに前回のレッスンのときに、ピンクのワンピース着てた女の人がいたでしょ?」

「うん、そういえばいたね」

前回のレッスンのときのことを思い出せば、そんな人が見ていたような気もしなくはない。

おぼろげな記憶ではあるが、かれんは理子の言葉に頷いた。

「あの人がそこにいる男の人のパートナーで、うちのバレエ団のプリマなの」

「2人ともここのバレエ教室出身なのよ。だから私たちの先輩ね」

「そうなんだぁ」

2人の説明を聞いて、かれんは再度プリンシパルだという男性を見た。

先輩だと言われるとなんだか少し近い存在に思えて、さっきとはほんの少しだけ違うように見えた気がした。

「それにしてもここのところ、毎回誰か来てるわよね」

「そうね、どうしたのかしら。まさか団員を探してるとか?」

2人は腕組をし、考えをめぐらせる。

「まさか!それなら高校生の方を見に行くんじゃない?」

「でも、ほら、うちには凛ちゃんがいるじゃない」

「ああ、そういえばそうね。凛ちゃんなら中学生でも団員になれちゃうかもね」

「それか高校入学と同時、とか」

いつの間にか話題が凛のことに変わりつつあったところで、パンパンと音が鳴る。



音の主はバレエ教室の教師だった。

パンパンと手を叩き、教師は自分の方へと注意をひく。

そして、生徒たちは皆一様に教師の方を見た。

「ちょっと集まって!」

そんな声とともに生徒たちは教師のもとへと集まった。

「気づいた人もいるかと思いますが、今日はうちのバレエ団の振付師である梶原さんと、プリンシパルの日野さんがいらしています。お二人からみなさんにお話があるそうです」

教師はそれだけ言うと、どうぞと振付師の梶原に場所を譲った。

「知っている子もいると思うが、バレエ団で振り付けを担当している梶原です。実は今度のバレエ団の公演で中学生を3人使うことになりました。そのうちの2人はすでに決定し、本人たちに告知しています。1人は木原凛さん、もう1人は彼女のパートナーとして篠田ヒロくん」

「やっぱりね」

「2人はレベルが違うものね」

発表は生徒たちにとっては予想通りだったらしく、生徒たちからは口々にそんな声があがった。

「そしてあと1人、ソロを踊ってくれる少女を探していましたが、今日主な団員たちの意見が一致し、決定しました」

「ああ、だから最近団員の人たちが見に来てたのね」

続いた梶原の言葉を聞いて、麻衣が納得したようにそう言った。

おそらくは最後の1人を誰にするか決めるために、団員たちがそれぞれ見に来ていたのだろう。

「誰だろう・・・」

「選ばれれば、バレエ団の舞台に立てるんでしょう?」

「しかもソロパートがもらえるのよ!」

「すごい!いいなぁ」

自分だったらいいのに、そんな淡い期待を持ちながら生徒たちはうっとりとした表情でそんな言葉を述べていく。

すると梶原はそこで、日野へと視線を送る。

すると日野はこくんと頷いて、それからとある方向へと歩き出す。

途端に周囲が酷くざわめきはじめた。

「伊吹かれんさん、僕たちと一緒に舞台で踊ってもらえますか?」

日野はかれんの前までくると足を止め、そう言ってかれんに手を差し出す。

「え・・・?」

「うそぉ、かれん、すごい!」

「やったね、かれん!バレエ団の舞台に立てるわよ!」

両隣で麻衣と理子がそんな風に騒ぐ中、かれんは呆然と日野を見つめている。

「かれんさん?」

「あ、はい、よろしくお願いします」

どうしたの?と顔を覗き込まれて、かれんは慌てて返事を返した。

すると日野はにこりと笑う。

「こちらこそ」

そうして2人が握手を交わせば、周囲から非難めいた声があがる。

「どうして、あの子が・・・」

「まだはじめて1ヶ月なのに・・・」

それは主にかれんより年上である2、3年生からのものだった。

はじめたばかりな上に年下であるかれんが選ばれたことがよほど気に入らなかったのだろう。

「かれん、気にしちゃダメよ」

「そうよ、みんな羨ましいだけなんだから」

かれんを気遣うように麻衣と理子が声をかければ、その2人に加わるようにヒロがかれんのもとへとやって来た。

「そっか、かれんも同じ舞台に立つんだな。梶原先生久々の新作だっていうし、お互い頑張っていい舞台にしような」

そう言いながら、ヒロは先ほど非難めいた声をあげていた生徒たちへと視線を向ける。

すると周囲は急に大人しくなった。

「うん!」

かれんはそれはそれは嬉しそうな笑顔をヒロに向けていた。






「それにしても1ヶ月後にはコンクール、その2ヶ月後にはバレエ団の公演、さらにその2ヶ月後にはまたコンクール・・・」

「あら、たくさん舞台に立てて幸せじゃない」

図らずもなんだか過密スケジュールになってしまったヒロに対し、凛はくすりと笑いながらそう言う。

「幸せ、ねぇ・・・まっ、そう思うことにするか」

ヒロは凛の言葉にそう返し、ふぅっと軽く息を吐き出した。



「でもかれんには本当に驚かされるわ」

くるりとターンをしながら凛が呟く。

するとすぐそばでヒロが高くジャンプをした。

「確かに。あと一人、バレエ団の人たちが探していたのは知ってたけど・・・」

「まさかかれんになるとはね」

2人は個々にレッスンをしながら、そうした会話を交わしていた。

「まぁ、実力を考えれば当然って気もしなくはないけど、1ヶ月でバレエ団の公演に出られるほどの実力があるってのがすごいよな」

「ええ、本当に。一番彼女を推していたのは、プリマの高橋さんよ」

アラベスク、アチチュード、ジュテ、ピルエット・・・バランス、ジャンプ、回転とさまざまな踊りを踊りながら、それでも会話は途切れることなく紡がれていく。

「へぇ・・・あ、そうだよな。だってかれんの役って」

ふと何かを思い出したらしいヒロが、ピタリと踊りを止めた。

すると凛も同じように踊りを止めて2人は向き合う形になる。

「そう、高橋さんの妹役だから。どういう振り付けかはまだ何も発表されてないから知らないけど、高橋さんと2人で踊る場面もあるらしいのよ。で、是非かれんと踊ってみたいって」

「なるほどね」

自分と踊る場面があるというなら、やはり気に入った子と踊りたいと思うのが普通だろう。

それならば、一緒に踊る場面がない他の団員たちよりも強く希望するのも頷ける。

ヒロは凛の言葉を受けて、そう思った。

「まぁ、他の団員の人たちも皆一様にかれんがいいって言ってたらしいけど」

「でも、梶原さんは反対だったんだろ?舞台経験のないかれんをいきなりバレエ団の舞台にあげるなんて」

団員たちがかれんを推していることはヒロもなんとなく知っていた。

だが、プロの舞台にバレエ教室の発表会の舞台すら踏んでいないような、舞台経験のない初心者を出すわかにはいかないと、振付師である梶原が強く反対しているのも知っていた。

そして、それを知って確かにそうだよな、などと思ったことも記憶に新しい。

「ええ、いくら他の団員が薦めても、ずっと『No』といい続けていたらしいわ・・・今日かれんの踊りを見るまではね」

凛はヒロの言葉にこくと小さく頷き、そして梶原が今日まで反対していたという事実を告げる。

「かれんの踊りを見て気が変わったってわけね。でもどうしてわざわざ見に来る気になったんだろうな、反対してたにもかかわらず」

ヒロは首を傾げた。

ヒロには理解ができなかったのだ。

かれんが出ることが反対であるにもかかわらず、わざわざかれんを見に来た梶原の行動が。

「それは日野さんが誘ったらしいわ。一度かれんを見てほしいって。でも梶原さんは他の候補者を探すつもりで来ていたらしいけど」

そんな凛の言葉を受けて、ヒロはふと自分と凛がバレエ団の公演に出ることが決まった日を思い出した。

その日は、その公演に出る生徒を選ぶために団員の人がレッスンを見に来た最初の日だった。

そしてその日は団員の人が3人ほど来ていたが、その中に日野の姿があったように思う。

そして今日のことを考えると、おそらく最初にかれんを気に入ったのは日野だということなのだろうとヒロは考えた。

「結局は団員の人たち同様、かれんの踊りに惹かれたってわけね」

「ええ」

どれだけ団員たちがかれんを推しても、決して首を縦に振らなかった梶原のことである。

きっとかれん以上のよい候補者を見つけようと意気込んで来たに違いない。

しかし、そんな梶原までもかれんの踊りは惹きつけてしまったのだということを2人は確認した。

「でも、初舞台がバレエ団の舞台になるんだよな。大丈夫かな、あいつ」

いくら練習で上手く踊れても、必ずしも本番で同じだけの力が出せるとは限らない。

ヒロはどこかかれんを心配するように言えば、対して凛の顔には笑みが浮かぶ。

「どうかしら。堂々とした踊りを見せるか、あるいは緊張してガチガチになってしまうか見ものね」

「おいおい、楽しそうに言うなよ」

「だって、楽しみなんだもの」

本当に楽しそうに言う凛に、ヒロは深く深くため息をついた。

その笑顔の裏で、凛がかれんに対して脅威を感じつつあることはまだヒロの知るところではない。


会話が終了と同時に凛はすぐにまた身体を動かしはじめる。

それからやや遅れてヒロも身体を動かしはじめ、2人はまた個々に練習をはじめた。











「ヒロくん、いる?」

かれんはコンコンと軽く扉をノックする。

その扉はヒロの控え室のものであり、中には本日コンクール本番を迎えたヒロがいる。

かれんが中にいるヒロへと声をかければ、すぐにカチャっと音を立てて扉が開き、中からヒロが姿を現した。

「おっ、来たな、かれん!中に入れよ」

「うん」

促されるままに中に入れば、先にこの部屋を訪れていたらしいもう一人の人物と目があった。

「あら、かれんも来たのね」

「オレが応援に来いって言っておいたから、な?」

「う、うん・・・」

(凛ちゃんも来てたんだ・・・)

ヒロに同意を求めるように笑顔を向けられ、かれんはこくりと頷く。

だが、凛も居たことでかれんの心中は複雑だった。

「そう、まぁとりあえずその辺に適当に座ったら?飲み物は紅茶でいいかしら?」

「え、あ、はい」

ここは確かにヒロの控え室であるのに、まるで凛のそれであるかのように凛が取り仕切っている。

かれんにはそう感じられた。

そして、そう思うと同時にかれんの中に不快感が募っていく。

それでもせっかく応援に来たのだから、となんとか気持ちを浮上させ、なるべく凛を見ないようにヒロへと目を向けた。



「ヒロくん、その服・・・」

「あぁ、これ?ドンキの衣装だよ」

キラキラとひかりものがたくさんついたヒロの衣装を指差すかれんに、ヒロは端的にそう言った。

するとかれんはことりと首を傾げる。

「ドンキ?」

「『ドン・キホーテ』のこと」

「『ドン・キホーテ』?」

省略して名前を述べたのがいけなかったのだと、ヒロは正式な名前を口にした。

しかしまたもかれんは首を傾げる。

「・・・おまえ、ほんっとうに何にも知らないんだな・・・・・・」

首を傾げて問うかれんを見て、ヒロは深く深くため息をついた。

「そういう名前のバレエ作品があるのよ」

「へぇ、そうなんだ・・・」

呆れたような凛の声に、かれんはよくわからないがそういうものがあるのだと自分を納得させる。

「かれん、『ドン・キホーテ』を知らなかったってことは、おまえオレが今日何を踊るかも知らずに来たんだな?」

「え、えっと・・・う、うん」

ヒロの言葉に、かれんは気まずそうに頷く。

すると、凛がくすくすと笑いだした。

「今日ヒロが踊るのは『ドン・キホーテ』のバジルのバリエーションよ、と言ってもわからないでしょうけれど」

凛は当然のように知っていたのだ、そう思うとかれんはますます気まずく居心地の悪さを感じて縮こまる。

そんなかれんを見て、ヒロは少し話題を変えようと口を開いた。

「かれん、バレエ公演を見たことは?」

「1度だけ、友達に誘われて・・・」

かつてかれんが見たことがあるのは、星羅に誘われて見たあの公演だけである。

「何見たの?」

今度は凛が問いかけた。

「えっと、確か眠り姫のお話の・・・」

「あぁ、『眠れる森の美女』ね」

作品名が上手く思い出せないらしいかれんに対し、凛はかれんの言葉から作品名を言い当てる。

確かそんな名前だったとかれんもこくりと頷いた。

「じゃあドンキは全然見たことないんだ?」

またヒロが訊ねる。

「うん」

かれんはさらに居心地の悪さを感じながらもこくりと頷いた。

そうしてゆっくりと顔をあげれば、ヒロがにっこりと笑う。

「じゃあ、今度一緒に見に行くか?」

「え?」

かれんは展開についていけず、パチパチと数回瞬きをした。

「それなら、『くるみ割り人形』に誘ってあげれば?」

そう言ったのは凛である。

かれんは今度、コンクールで『くるみ割り人形』の金平糖の精を踊るのだから、などと言いながら。

「あぁ、それもそうだな。よしっ、じゃあ両方行こうぜ、な?」

『くるみ割り人形』も見ておくべきだけど、『ドン・キホーテ』も見せたい。

よさそうな公演を見つけたらチケット取っておくから、チケットが取れたらどちらも見に行こうと、ヒロはにっこりと笑ってかれんを誘う。

「いいの?」

「ああ。チケット取れたらまた声かけるよ」

「ありがとう」

誘ってもらえたことが嬉しくて、かれんはふわりと笑う。

すると、凛がゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、後のヒロのお守りはかれんに任せるとして・・・」

「おいっ!」

お守りってなんだ!と、立ち上がると同時に凛が発した言葉に、ヒロは抗議の声をあげる。

だが、凛はそれをきれいに無視した。

「私はそろそろ客席に行くわね。早めに行かないと良い席で見られないでしょう?」

後ろの方で何がなんだか分からない状態で見るのはごめんだ、と凛は扉の方へと歩きはじめる。

「んじゃ、ついでにかれんの席も取っといてやれよ」

「はいはい。かれん、前の方の中央辺りの席を探しなさい。必ずその辺りにいるから」

ヒロが後方からかけてきた言葉に、凛はヒラヒラと手を振りながら振り返ることなくそう言った。

「は、はいっ」

「それじゃ」

かれんの返事を聞くと、凛は扉を開いて部屋を出て行く。

そうしてヒロの控え室はかれんとヒロの2人きりになった。

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