Story2
「見てみてかれん、あれが凛ちゃんよ、木原凛ちゃん!私たちより1つ年上で、このバレエ教室でNo.1の実力なの!」
「へぇ」
「で、一緒に踊ってるのが、今凛ちゃんのパートナーである篠田ヒロくん。凛ちゃんの幼馴染で、歳は私たちと同じよ」
「パートナー?」
「あぁ、バレエは男女で組んで踊ることがよくあるの。パ・ド・ドゥって言うんだけどね。その時に相手役のこと。凛ちゃんの相手はいつもヒロくんだから」
「そうなんだ」
2人の説明を受け、かれんはじっと凛をヒロを見つめた。
(レッスンのときには気づかなかったな・・・)
2人とも先ほど一緒にレッスンを受けていたはずなのだが、よほど自分のことで手一杯だったのが全く周囲が見えていなかったとかれんは思う。
バレエを上手く踊れたことにあまりにも驚き、他のことを考える余裕さえなかったのだろう。
「あの人素敵だね」
「あぁ、ヒロくん?でしょう、かっこいいわよねぇ」
「でもダメよ。ヒロくんは凛ちゃんのパートナーだもの」
「そうよね。あんなに素敵なペアなんだもの、私たちなんかに入る隙なんてないわよ」
凛とヒロのペアはよほど人気があるらしい。
でもそれは頷けなくもないことだった。
素人のかれんから見ても、今目の前で踊る2人は本当に素敵なのである。
そして、かれんはだからこそよけいにヒロにどんどんと惹かれていった。
「あ、君、今日入ってきた子だよね?」
かれんは目を見開いた。
なぜならヒロが凛と踊り終えるや否やかれんを見つけ、かれんのもとへとやってきたからである。
「はい、伊吹かれんです」
「オレ、篠田ヒロ。ヒロって呼んで、よろしくかれん」
かれん、そう名前で呼ばれたことにかれんは酷く喜びを感じた。
「よろしく、ヒロくん」
そうして今度は許されたヒロの名前を口にし、かれんはそれだけで幸せな気分になる。
「それにしても今日のレッスン、すごかったよな。とても初心者とは思えなかった」
屈託のない笑みを浮かべてヒロがかれんに声をかける。
そのことがかれんにとっては嬉しくて嬉しくて仕方がない。
(やっぱり素敵、かっこいい・・・)
間近で見つめればより一層その気持ちが強くなる。
これがいわゆる一目惚れというものなのだろう、頭の片隅でかれんはそう思った。
「あ、あの!」
「ん?」
「私のパートナーになってください!」
かれんは精一杯の勇気を出して、ヒロにそう言った。
しかし言われた方のヒロは突然の申し出に、きょとんとしている。
「え?オレ?」
「ちょ、ちょっと、かれんダメだって!」
「さっき言ったでしょ?ヒロくんは・・・」
ぽかんとしながらヒロが自分を指差して確認する中で、麻衣と理子はすぐに制止の声をあげた。
「ごめん、オレ今は凛のパートナーだから。それにかれんはまだパ・ド・ドゥとか踊ったりしないだろ?」
「じゃあ私が上手になったら・・・その人より上手くなったら、私のパートナーになってくれますか?」
断られてもなお、かれんはあきらめることなく言葉を重ねる。
だがその言葉に、ヒロは一度大きく目を見開いてそれからくすくすと笑いだした。
「凛より上手く・・・?あのさぁ、凛はこれでも去年のコンクールで優勝してるんだぜ?」
無理だろう、言外にそんな意味を含めてヒロがそう言えば、後ろから誰かの手がパシンとヒロの頭を叩く。
「ちょっとヒロ、『これでも』は余計よ!」
「うわっ、凛!聞いてたのかよ」
続けて聞こえた声にヒロは慌てて振り返る。
するとそこには先ほどまでヒロと踊っていた凛の姿があった。
「聞こえたのよ」
「言葉のあやだよ、気にすんな。ん〜、じゃあそこまで言うならさ、凛みたくコンクールに優勝したら考えてやるよ」
凛に軽く言葉を返してヒロはかれんへと向き直ってかれんに言葉をかける。
すると今度は凛がくすりと笑い声を漏らす。
「あら、そんなはじめたばかりの子にそれは酷ではないの?」
もう少し簡単にしてあげれば?
そんな風に言う凛を、ヒロはじろりと睨む。
「なんだよ、おまえ、かれんの肩を持つのか?それともオレをかれんのパートナーにしたいってわけ?」
不満げにヒロがそう言えば、凛はまたしてもくすりと笑う。
「そうね、あなたが私のパートナーをおりて、その子と組むっていうなら、私はあなたより上手い、素敵なパートナーを探すってだけだわ」
「ちょ、ちょっと待てよ!オレよりいいパートナーなんか、そうそういるはずないだろ?」
にこりと笑って言われた凛の言葉に、ヒロは焦ったようにそう言う。
だが凛の態度が変わる様子はない。
「そうかしら。案外その辺にいくらでもいるかもしれないわよ?」
「こ、この・・・っ!」
けろりと言われたその言葉に、ヒロは今度は怒りでふるふると肩を震わせていた。
(なによ、この凛って人、別にヒロくんでなくてもいいんじゃない!だったら私が・・・)
かれんもまた凛の言葉に怒りを覚えた。
といってもその怒りの種類はおそらくヒロのものとは随分と違っているだろうけれど。
そして、かれんは同時に凛からヒロを奪ってやろうと決意したのである。
「ねぇ、ヒロくん、そのコンクールいつあるの?」
「へ?まさか本気で?とりあえず2ヶ月後に控えてるけど・・・まぁいくらなんでもそれは無理だろ?今から準備して来年のにでもチャレンジしてみるか?かれんなら今日のレッスンのこともあるし、可能性はゼロじゃないと思うぜ?」
またもかれんの言葉に驚かされつつも、ヒロはコンクールについてかれんに教えてやる。
しかし、かれんの耳には最初の部分だけしか届いていなかった。
「そう、2ヶ月後ね」
かれんはそう言ってにっこりと笑う。
「あ、おい、だから2ヶ月後は無理だって」
全く自分の話を聞いてないらしいかれんに、ヒロはすぐさま声をあげた。
だが、それをそばに居た凛が制す。
「いいじゃない、本人がやるって言ってるんだもの。チャンスは1回でも多い方がいいものね。いらっしゃい、コンクールの申し込みに行きましょう?」
そう言ってかれんに自分について来るように促し、それからヒロの腕をぐっと引っ張った。
「あ、おい、ちょっと凛!」
「ほら、あなたも来るのよ。言いだしっぺはあなたなんだから」
「ってこら、引っ張るなよ!」
かれんはそんなヒロと凛のやりとりを眺めながら、ヒロを無理矢理引っ張る凛の後をついていった。
「いくらなんでも2ヶ月後のコンクールは・・・」
凛が教師に話を通せば、教師は困ったようにそう言う。
「伊吹さんはまだはじめたばかりだし、それにこちらもいろいろと手続きがあるから・・・」
おそらくは教師側の都合もあるのだろうと思うと、凛もかれんもそれ以上は何も言えなくなった。
「じゃあ、半年後の方は?」
そんな中、声をあげたのはヒロだった。
「あぁ、あれもあったわね」
凛が思い出したように声をあげる。
「コンクールって1つじゃないんだ・・・」
「あぁ、結構いろいろあるよ・・・って何も知らないんだな、かれんは。本当に初心者なんだな」
かれんの言葉にヒロはしみじみとそう言った。
レッスンを見たときには、本当はどこかで習っていたんじゃないかと思ったりもしたが、こういう発言をとれば初心者だと思い知らされるのである。
「凛はそっちのコンクールでも優勝してる。ちなみにオレも今年男性の部の方に出場して優勝予定」
にっと笑ってヒロがそう言えば、くすくすと教師や凛から笑い声が漏れる。
「あら、随分と自信があるのね」
「当然!」
くすりと笑って言う凛に対し、ヒロは自信満々にそう述べた。
「そのコンクールなら出場できるんですか?」
「そうね、期間は半年あるしそっちなら・・・」
「じゃあ、そのコンクールに出場させてください!」
かれんがそう言えば、教師は笑顔で頷いた。
「わかったわ。それではコンクールで踊る曲を考えないとね」
教師がそう言えば、ヒロや凛も教師とともに考えをめぐらせる。
「『ドン・キホーテ』のキューピットなんでどうだ?あれなら初心者向けだし」
「あら、初心者向けというなら『眠れる森の美女』のフロリナ王女でもいいんじゃない」
「そうね、そのどちらかくらいがいいかもしれないわね」
(初心者用なんて冗談じゃない!それじゃあ優勝できないじゃない!)
ヒロと凛がそれぞれに初心者向けの踊りの名をあげていき、教師もまたそれに同意する。
そんな状態にかれんはムッとした表情を浮かべた。
「もっと難しいのにしてください!」
「え?」
かれんの言葉に教師はひどく驚いている。
「でも、はじめてのコンクールだし・・・」
「私、優勝したいんです。だから優勝できるような踊りでなきゃ・・・!」
教師の言葉に対し、かれんは必死にそう言った。
すると、凛が少し考えてから口を開く。
「なら、『くるみ割り人形』の金平糖の精のバリエーションは?」
「え?」
「ちょ、凛!?」
首を傾げるかれんのそばで、ヒロはすぐに焦ったような声をあげる。
しかし、そんなヒロを気にとめることもなく、凛は落ち着いた様子で言葉を続ける。
「去年のコンクールで私が踊った、私の十八番」
「凛、いくらなんでもそれは・・・」
「わかりました、それを踊ります」
「か、かれんまで・・・ちょっと待てって!」
ヒロは凛を止めようとする。
だがその言葉をかれんの了承の言葉に遮られ、自然と声が大きくなっていった。
「いいじゃない。そうと決まれば早い方がいいわね。踊りは私が教えてあげるわ。行きましょう」
そう言って凛はまたしてもヒロの腕を引っ張りながら、かれんについてくるよう促す。
「ほら、ヒロも早く。先生は手続きの方、お願いしますね」
「え、ちょっと2人とも・・・」
残された教師は小さくため息をつくと、かれんのコンクールの手続きの準備をはじめた。
そうして、かれんは半年後のコンクールで『くるみ割り人形』第2幕より、金平糖の精のバリエーションを踊ることとなった。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。もう知ってると思うけど、木原凛、中2よ。凛でいいわ」
「伊吹かれん、中1です」
「そう。じゃあかれん、まず私が踊ってみせるから少しずつでも踊りを覚えてね」
お互いに簡単な自己紹介を済ませた後、凛は踊る準備をしてスタンバイをする。
「ヒロ、音をお願い」
凛がそう言えばヒロが音楽を流し、スピーカーから軽やかな金平糖の精の曲が流れはじめた。
「わぁ、見て見て、凛ちゃんが金平糖の精を踊ってる」
「本当だ!」
「きれい・・・」
同時に生徒たちも自然と凛の踊りへと目を向けていった。
そんな中、かれんはじっと凛の踊りを見つめていた。
(お願い赤いトウシューズ、あの踊りをあの人より上手く踊らせて)
かれんは凛の踊りを見つめたまま赤いトウシューズに向けて、心の中でそう呟いていた。
「踊りはこんな感じよ。今度はひとつひとつ振り付けを説明していくから、踊りを覚えていって」
「その必要はありません」
「は?」
「今ので十分です。もう踊れます」
「へぇ、じゃあ踊ってもらおうか」
ヒロがそう言えば、今度はかれんが先ほどの凛と同じようにスタンバイする。
そしてヒロがまた音楽を流し、スピーカーから軽やかなメロディが流れはじめた。
「まじかよ・・・」
「経験者ならともかく、初心者が見ただけで踊れるなんて・・・」
踊れると言った通り、完璧に踊ってみせるかれんを目の前に、凛とヒロは揃って目を丸くした。
「しかも、なんかめちゃめちゃ上手いぞ。どうすんだよ、本当に優勝なんてしちまったら」
そうしたら自分はかれんのパートナーにならなくてはいけないではないか、とヒロは捲し立てる。
だが、対して凛はどこか落ち着いた雰囲気を放っていた。
「あら、あなたが出した条件でしょう?踊ってあげればいいじゃない」
「オレは今、おまえのパートナーなんだぞ!」
凛の言葉にヒロは間髪入れずにそう言った。
すると、凛はそうね、と頷きそれから笑う。
「ええ。だから、私とも踊って、彼女とも踊ってあげれば?」
「え?」
予想外の言葉にヒロは首を傾げる。
「別に私は、あなたに私だけのパートナーでいろなんて言うつもりはないんだから」
「・・・・・・」
確かにその通りだ。
凛にそのようなことは1度も言われたことはないし、凛とかれん2人のパートナーを務めることだってできないことではない。
盲点だったなどと思い、ヒロは黙り込んだ。
「それに、踊ってみたいとも思っているんじゃなくて?」
「そうだな、確かに興味はあるよ」
ヒロはかれんの踊りを見ながらそう言って笑う。
本当はレッスンの様子を見てから、ヒロはかれんに興味を持っていた。
だからこそ自分からかれんに近づいたのだから。
「ふふ、だったら彼女が優勝したら、彼女とパ・ド・ドゥのコンクールに出てみるのもいいかもね。あなた、まだパ・ド・ドゥでは1度も出たことないでしょう?」
「なるほど。それ、いいかもな」
名案だ、ヒロは笑う。
そしてつられるように凛もまた笑った。
「まぁ、まだ彼女が優勝すると決まったわけではないけれど」
「でも、これはひょっとすれば、ひょっとするかもしれないぜ」
「確かに可能性はなくはないわね。今日はじめたばかりだってのに、怖い存在だわ」
「全くだな」
それだけ言うと2人は会話を止め、後はかれんの踊りを見ることだけに集中する。
そして2人の視線の先では、軽やかなリズムにのってステップを踏むかれんが、はじめての金平糖の精のバリエーションを無事に踊り終えようとしていた。
「すごい、すごいよ、かれん!」
「ホント、びっくりしちゃった!」
かれんが踊り終わると、すぐさま麻衣と理子がかれんのもとへと駆け寄った。
「もうトウシューズを履いて、バリエーションが踊れるなんて!」
「それも、すっごく上手だったよ!」
「これなら、凛ちゃんにだって負けてないかも」
かれんに対して2人は次々と称賛の言葉を述べていく。
もちろんかれんだって褒められて悪い気はせず、かれんの頬は自然と緩んだ。
「えへへ、ありがと」
「本当にびっくりだよな。とても初心者には見えなかったぜ、すげぇよおまえ」
照れたように笑うかれんのもとに、ヒロが近づいてくる。
声をかけられたかれんはヒロの方を振り向き、嬉しそうに笑う。
「ヒロくん!」
「コンクールの結果楽しみにしてるよ」
「うん!私、絶対優勝するから」
笑顔で言われ、かれんはヒロがなんとなく自分の優勝を望んでくれているように思えた。
そしてそれが嬉しくて、かれんは満面の笑みでヒロにそう宣言した。
「え?かれんコンクールに出ることになったの?あの、2ヶ月後にあるやつ?」
先ほど、凛やヒロとの会話を目の前で聞いてはいたものの、本当に出ることになるとは思わなかったらしい。
麻衣は酷く驚いた表情でそう訊ねた。
すると、ヒロがすぐに左右に首を振る。
「違う違う、かれんが出るのは半年後の方」
「あ、そっちなんだ。でもすごいじゃない。もうコンクールなんて」
「本当よね。私たちなんて自信ないから断っちゃったもの」
「そうそう、今年はまだ1年生だし、来年でいいやって」
「かれんなら本当に優勝できるかもね。私、絶対に応援に行くわ!」
「私も!」
「うん、2人ともありがとね」
そう言って3人できゃいきゃいとはしゃぐ。
そんな様子を眺めていたヒロは、ふとあることを思いつく。
「あ、かれん、おまえも応援に来いよ、オレの」
「へ?」
かれんはヒロの言葉に首を傾げた。
顔にはっきりと『私もコンクールに出るのに?』という問いかけが書いているような気がして、ヒロは苦笑を漏らす。
「オレは2ヶ月後の方も出るんだ。だからさ」
「うん、うん!絶対に応援に行くね!」
ヒロから誘われたことが嬉しくて、かれんはずぐに了承の言葉を返していた。